« 父と母は陰陽対照的だが、ペットとアート好きは共通していた。12年11月16日 | トップページ | ただ生きていることはとても難しく、生きる目標は必要だ。12年11月21日 »

2012年11月19日 (月)

がんワクチン開発に平行して死の恐怖をなくす薬を。12年11月19日

まだ実証実験段階だが、NHKスペシャル「がんワクチン・夢の治療薬・への格闘」を見た。
今、日本ではすい臓がんワクチンが治験の最終段階にある。番組で治験を受けていた二人の片方はやや効果があり、もう一人は効果がなかった。前者が属していた治験グループ7人のうち延命効果があったのは3人。この様子では完治はまだまだ遠い先のことだ。更に危惧するのは、今は治験で負担なしだが、認可されても健康保険が効かなかったら相当高額になりそうなことだ。

一昨年、アメリカではデンドレオン社開発の前立腺がんワクチンのプロベンジが認可された。その治療システムは患者から取り出した白血球とリンパ球に前立腺特異抗原PAPを加えて前立腺がんワクチンを生成する。それを再び患者の体に戻すと前立腺がんを攻撃する免疫細胞が誘導されてがんを攻撃し始める。

それは4ヶ月以上の延命効果が認められている。ただし、プロベンジの開発期間が長期に渡ったため、その間に免疫学が進歩して、今はプロベンジが最新最良の治療法とは言えない。

更に問題なのは、開発期間が延びたことで開発費を莫大になったことだ。そのためプロベンジの価格は3回投与で9万3000ドルと高額だ。円高の今でもそれは750万円ほどで、4ヶ月以上の延命効果のためにそれだけ支払える人は稀だろう。

何れにしても、がんワクチンは完成にほど遠い治療法だ。高額な治療費を支払っても生き残る人は少なく、大半は効果なく抗がん剤治療に戻り、今までと同じ経過を辿って死に至る。

このような番組を見ていつも思うのは、生き方の哲学が無視されていることだ。上述の治験を受けた女性患者は膵臓がんが治るかもしれないと希望を持つことで食欲が増し元気になった。しかし、がんが治ったとしても、再発の恐怖がなくなる訳ではなく、やがて必ず死ぬ。

むしろ、根本的に生き方を変えることを提案する。治療法を開発することは重要だが、新治療でも救われない大半の患者のために、死への恐怖を払拭する方法を研究する方が真に役立つはずだ。患者が何故に新しい治療法を探し求めすがるのか。それは死の恐怖によるものだからだ。

死に瀕した時の激痛、吐き気、呼吸困難。そして、家族すら救えない強烈な孤独感。精神科の治療薬にはそれらを緩和する薬物がある。がん治療の開発は重要だが、平行して精神科医の支援のもと、救えない大半の患者に多幸感を与える方が現実的だ。

たとえば、笑うことでがんを克服する治療法があるくらいだ。薬によって気分が明るくなれば、もしかすると自力で免疫力を高められる可能性がある。

M_1

画像は日曜日の夜明け前の空。土曜の雨は去って素晴らしい青空が広がっていた。
今日月曜日は再度冷たい曇り空。室温は16度。好天の昨日より3度は低い。暖房はまだ入れていない。電気は努めて使わないようにしていたのに、去年より2割は高い請求書が来ていた。東電の値上げ発表の数値より実際は割高な気がする。これではますます暖房が使いづらい。

がんワクチンの番組を見ながら、つくづく人は荒野を歩くものだと思い知らされた。動物なら、起きている時間の大半を餌探しに使う。しかし、人は進化によって多くの余暇を得た。その余暇の多くは漠然とした不安を忘れるための暇つぶしに使われる。パソコン、テレビ、旅行、飲み会、と多彩に暇つぶしがある。もしそれらを突然に止めたとすると人は荒野を歩いている孤独な自分をそこに見いだす。その究極の荒野を歩く人たちこそ今回のテーマのがん患者たちかもしれない。

しかし、荒野は時として壮絶なまでの美しさを伴うことを忘れてはならない。その一瞬の感動があるだけで人は不安や辛さに耐えて、心の荒野を死へ向かって歩いて行ける。それが何であるかはまだ私には分からないが微かな光は感じている。

人は裸になると醜い動物だ。体毛がなく頭など一部だけに毛の生えた不格好な動物だ。人はヒョウのようなしなやかさも、極楽鳥のような華麗さもない。しかし、動物の中で唯一美を感じることが出来る。人はその不完全さ故に美を作り認識できる能力を身につけたのかもしれない。その能力にこそ人類の未来の希望がある気がしてならない。

下画像は日曜朝の新河岸川と富士遠望。

M_2

Ma_3

Ma_4

Ma_5

|

« 父と母は陰陽対照的だが、ペットとアート好きは共通していた。12年11月16日 | トップページ | ただ生きていることはとても難しく、生きる目標は必要だ。12年11月21日 »