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2012年11月 6日 (火)

年末年始が嫌になったのは、華やぎが消えて労苦だけになったからだ。12年11月6日

今朝の地上は細かな雨に乳白色に煙っていた。室温18度で肌寒く、水を飲むとのどの奥が少し痛い。風邪の前兆かもしれないので葛根湯を飲んだ。昨日から一気に冬へ近づいて行く感じで、タンスから厚手のセーターを出して羽織った。そろそろ、インフルエンザの予防注射の申し込みをしなくては・・・年賀状の注文受付も始まっているし、絵柄も考えなくては・・・
若い頃はクリスマスから正月への慌ただしさを楽しんでいたが、今は年々陰翳が深くなるばかりだ。

先日、冷蔵庫の整理をしていると、野菜入れの底に今年の正月に使った丸モチの残りとお供えをしまった袋があった。モチは真空パックされているのでカビてはいず、まだ食べられそうだ。

昨日、散歩道で知人に出会った。
「一年が過ぎるのは早いですね。年賀状とか正月準備とかでいやになる」と話した。
餅の話題になったので「うちは去年から準備している」と話すと
「腹を壊したら大変だから、食べるのは止めときなさい」と笑われた。
しかし、食べ物を捨てるのは抵抗がある。一個だけ食べてみて、とても不味かったなら思い切り捨てようと思っている。

大家族の頃の正月準備は大掛かりだった。
その一番の行事は大掃除だ。障子の張り替えは子供たちは大っぴらに破くことが出来るので楽しかった。紙をはぎ取った障子は裏の川まで運んで行って水に浸し、桟に固く残った糊をたわしで洗い落とした。
そう言えば畳も上げて外へ出してトントン叩いてホコリを出していた。私たちは畳の下に敷いた古新聞紙のマンガ欄などを読んでいて叱られた。

今は住まいから障子はなくなり、物だらけの部屋では畳を上げることは難しい。それどころか外へ出してトントン叩くと近所から苦情出るかもしれない。

餅つきは近所総出での大行事だった。
ちぎってもらったつきたての柔らかな餅は美味しかった。
南九州では餅にフカシイモをつき込むことがあった。フカシイモをつき込むと冷えても固くならない。こちらは日持ちがしないのできな粉をまぶして、二三日で食べ切った。

昭和40年後半までは赤羽でも餅つきの習慣があり、近所で餅つきがあるとお裾分けをもらった。その頃、東京では餅つきの音が聞こえる範囲に配ると聞いたが真偽は分からない。
年々、年末年始が嫌になって行くのは、そのような華やぎが消えて労苦だけが残ったからかもしれない。一人世帯に正月は、殊に似合わない。

画像「おじいちゃんのバス停」

部屋に入ると ネコや リンゴや いろんなものが うかんでいた
かべには 若いころの おじいちゃんや
子供のころの お母さんの写真が かざってあった

おばあちゃんと おじいちゃんは
楽しそうに 話していた

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