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2012年11月 8日 (木)

逃れられない不幸は敢えて予感する必要はない。12年11月8日

朝から好天、洗濯などの雑用を朝食前に済ませた。最近、疲れやすく、食後、日溜まりの手作りベットに横になった。
陽射しの暖かさが心地よい。ベットは母が介護ベットに変わるまで長い間使っていた。母が死んだ後、捨てようと思ったが頑丈に作りすぎて分解が大変で、今は私が使っている。

横になって天井を見上げていると、これまでのことが走馬灯のように想い浮かぶ。
それほど悪い人生ではなかったと想い返しながら「まぁいいか」と独り言をつぶやいた。
最近、この独り言が増えた。

いつも、生活と健康の不安を重く抱えている。生活は努力すれば改善するが、健康では奇跡は起きず、最善を尽くした後は考えないことが一番だ。

先日の寒い雨の中、食材を買いにイトーヨーカ堂へ行った。
地下食品売り場の一角にたい焼き屋がある。5歳程の可愛い男の子がたい焼きを一個買おうと、手にした50円玉を一生懸命延ばして「下さいな」と声をかけている。

しかし、売り場のカウンターは子供よりずっと高く、売り場の女性はお金を差し出す手にも声にも気づかない。
そのうち、後から来た老人がたい焼きを先に買ってしまった。

買い終えた老人はやっと男の子が先客だったのに気づいて「ごめんごめん」と笑顔で謝っていた。

男の子はやっと気づいてもらって、たい焼きを手に嬉しそうに母親のいる辺りに戻って行った。
一連の出来事を眺めていて、なぜか心がポッと温かくなった。そして同時に、いつも心に重くたれ込めていた不安が消えた。

考えてみれば、今すぐに生活と健康が急変して痛めつけられる訳ではない。
まわりを見渡せば温かいものに満たされているのに、それを見ようとしないから苦しいのかもしれない。

逃れられない不幸は敢えて予感する必要はない。それは貴賎の区別なく、時がくれば嫌でも意識し感じさせられることになる。

今朝も美しい富士が見えた。
この清澄な姿を見ると、日本人がなぜこの山を愛するのか理解できる。

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画像「おじいちゃんのバス停」

時間が過ぎて バスが むかえに来た
「霧が晴れそうだ
お母さんたちが 目を覚まさないうちに 帰ろう」
キツネは ぼくたちを山バスにのせて 風のように 急いだ

「お母さんたちに 今朝のことを話したらだめだぞ」
おじいちゃんが 言った

お母さんたちが 目覚める前に家に着いた
長い旅だと 思っていたのに 出かけてから10分も過ぎていなかった

それから暑い日がつづいた
山バスで出かけた 朝から おじいちゃんは ドングリ山へ帰ると言わなくなった
散歩にも出かけず
おじいちゃんは いつも 庭で いねむりをしていた

ある日 キツネが ピョンと やって来た
そして いねむりしている おじいちゃんを
ホオの葉で あおぎはじめた
おじいちゃんは とても 気持ちよさそうだった

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