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2012年12月27日 (木)

人生最期の迎え方と漂流する終末期の老人たち。12年12月27日

毎日のように、どこかのメディアが「人生の最期の迎え方」を取り上げている。肉親や親しい人の死。そして、自分の死を考えることはとても大切なことだ。しかし、戦後教育では死についての教育はタブーで、死を忌避する考えが蔓延した。それは戦前の死を恐れない軍国主義教育への行き過ぎた反動だった。今ようやく各メディアが、死を冷静に語るようになったのはあるべき姿だ。

医療現場で働く人の7割は、延命治療はせずに住み慣れた自宅で死ぬことを望んでいる。それは病院での死の現実を熟知しているからだ。延命治療するしないは他人がとやかく言うことではない。しかし、死に行く人の気持ちが無視され、周辺の思惑で苦しみを長引かせているケースは猛省すべきだ。

穏やかに看取ることを目的にしたホスピスは例外として、通常の病院では医師や看護師は多忙で細やかな世話は望めない。殊に患者が意識がある場合、病室に一人置かれた孤独感は耐え難いだろう。病院は病気を治す所で、穏やかな死を提供する場ではない。

寝たっきりの世話は長く大変だが、在宅での危篤状態に陥ってから看取りまでは一瞬で終わる。病院なら3ヶ月延命させるケースでも、在宅ならせいぜい1週間ほどで終わる。そして、死に行くものは安らぎ、見送った者には充実感が残る。ある終末医療の医師は急変しても救急車を呼ぶことは避け、家庭医に相談するのが正しい対処法だと語っていた。

人は必ず死ぬもので、どの死も平等に同じだ。問題は死に場所と死に至る過程だろう。私のように一人暮らしの老人が終末期に至る場合、病院や介護施設に入ろうとしてもとてもできない。仮に高齢者が施設に短期入所しても、数か月おきに移り漂流し続けなければならない。

既に超高齢社会を迎え、一人暮らしの高齢者は今年500万人を突破している。住まいを追われ、死に場所を求めて漂流する高齢者があふれ出ている。

そのような高齢者が殺到している一つがNPOが運営する無料低額宿泊所だ。元々はホームレスの臨時の保護施設だったのだが、自治体は相次いで高齢者を斡旋している。しかし、このような施設は認知症老人は受け入れない。もし、入所者が認知症になれば精神病院へ移送される。そのように、終末期の老人たちは病院と無届け施設の間を延々と漂流し続けて行くことになる。これは家族がいても人ごとではない問題だ。そのような一人暮らし老人の多くには家族がいるのに放棄されている。

しかし、解決策はある。老人イコール弱者の考えを捨てることだ。若者同等は無理でも、元気な年寄りは介護や料理などの家事能力はある。高額な費用で立派な施設を作るのではなく、普通の民家を改造した低予算の介護施設を大量に作り、元気な老人が弱った老人を介護するシステムだ。そして、働ける老人には賃金を支払う。何もさせず生活保護を与えるだけより、遥かに老人の尊厳を守り、福祉予算の節約になる方法だ。

それには障害になる規制を取り払う必要がある。
老いた者同士が助け合い、人としての尊厳を守って看取る施設は民間にある。
どんなに立派でも無機質な施設で最期を迎えるのは悲惨過ぎる。私は絶対にそのような死を迎えたくない。

先日、老後をフィリピンで過ごす老人たちを追跡したNHK番組「真相ファイル・海外での老後をなぜ選んだのか」を見た。今、生活費の安い海外に長期滞在するシニア層が増えている。殊に、低料金の日本人向け介護施設が多くあるフィリピンは人気がある。

しかし、海外での老後には危うさがあった。人気のフィリピンは年々人件費が高騰して将来にわたって低料金で過ごせるとは限らない。それ以上の問題は健康保険のない医療費の高さだ。番組で語られていたケースでは膵臓がん治療に日に10万以上かかっていた。

M1212273

寒い日が続く。御諏訪神社の境内にも霜柱が立っていた。写真は緑道公園。

今日も公園の日当りの良い石垣に寄りかかって、葉の落ちたエノキの影を眺めていた。桜並木の車が途絶え静かである。小鳥の声と、桜並木を歩く若い母親と子供の会話が可愛い。

この冬の陽射しは何度も眺めた記憶がある。60年近く昔の小学校の校庭、鎌倉の古刹の境内、旅先で列車待ちをしていた駅前広場、次々と昔の光景が蘇った。このデジャブ感は一瞬だけ現実の虚しさを忘れさせてくれた。

どの政権も出生率の増加を公約に掲げて来た。しかし、子供を預けて睡眠4時間で夜昼働いている若いお母さんのケースを知ると憤りを覚える。そのように自助努力して頑張っているのに、その収入は生活保護費より低いからだ。どの政権も出生率増加を声高に言って来たが、この現実を知っている若い人たちは子供を産む気が起きず公約は意味をなくして行く。

世界中、何処も生活は大変になった。生活が大変になったのは、富裕層と一般の所得格差が大きく開いてしまった結果だ。私たちが若い頃の日本は総中流と言われ、世界でも稀なくらい平等な国だった。それが大量生産に成功した僅かな企業が富みを独占し、失業者が増えて所得格差が広がった。

それを打破するには一人一人が個性的に生きることだ。誰もが同じような生活を目指した結果、多様な職場と労働者が失われた。総ての人が自分にしか出来ない道を追求し、真に欲しい商品を求めるようになれば、社会は再びダイナミックに動き始めると思っている。

K121226冬枯れのカラスウリ。

書きながら以前見た番組を思い出した。それは久留米の老舗鑞メーカーで、その熟年社長はCDやDVDの素材に僅かに蜜鑞を加えると音飛びが少なくなるとか、コピー機のトナーに使う鑞の話とか楽しそうに話していた。

彼の話しではトナーに使う鑞は中国奥地のカイガラムシが分泌する天然鑞が一番優れているそうだ。その鑞メーカーはそれを発見して以来、寄生樹木の植林を進め、中国政府から表彰された。

個性的とはそのようなことだ。安い均質な商品ばかり追求するのではなく、考え方に独自性を持たせると生き残る道が開けて来る。


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