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2012年12月 3日 (月)

残りの人生は友人知人を大切にしたい。12年12月3日

喉が痛く、横になると咳が酷くなって気管支が焼けるように痛む。鼻水も止まらない。常備薬の漢方の小青竜湯を飲んだ。証が合っているようで少し緩和した。証とは体質や病気にその処方が合っているかどうかの漢方用語だ。漢方は効くのに時間がかかると思われているが、証が合えばすぐに効果が現れる。それでも、あと三日は苦しみそうだ。

先日は長く連絡していない友人に電話をした。
彼のかみさんが出て「あら、元気してる」と聞いた。
「元気じゃない、死にそうだ」と答えると「またそんなこと言って」と屈託なく彼を呼んだ。

「珍しいな。どうした」
彼は尋ねた。
「寿命が残り少なくなったし、後悔しないように電話しているんだ」
答えると「えらく素直になったな。俺の方だって、どっこいどっこいだ」と明るく笑った。

彼はサラ金会社の社長をしていた。時折、絵を買ってくれたりして随分助けて貰っている。昔は職業柄、傲然としていたが今は孫ができてすっかり好々爺になってしまった。
とりとめもなく小一時間雑談して、年末か年始に会う約束をして電話を切った。

その後、長く電話していない父違いの兄に電話をした。
以前ブログに書いた「死を間近にした患者が抱く五つの後悔」の一つに
「人生最後の数週間に友人の本当のありがたさに気がついた。様々な経緯で連絡が途絶えてしまったかっての友達をしきりに思い出す。もっともっと、友達を大切にしておくべきだった。」
とあった言葉を思い出したからだ。
兄の話すことは墓のことと病のことばかりで楽しくはない。しかし、その煩わしさが必要なのかもしれない。

昨日は母違いの姉からウニが送って来た。
彼女は近年、二度脳梗塞で倒れた。二度とも軽症で後遺症は少ない。私のことをいつも心配していて、夜に電話を入れるととても喜んでいた。

もう一人、弁護士に嫁いだ母違いの姉がいる。先日、彼女は息子が千葉にいるから電話してくれと言っていた。しかし、50代の甥に電話するのは変な気分だ。結局、かける気にはなれずそのままにしている。
一人暮らしではただ生きる為に生きている感じになる。しかし、身内や友人と話していると人間らしい気分が戻って来る。

選挙間近で、今日は朝から3組の公明党の運動員が来訪した。危機感は分かるが、何度も入れ替わり立ち替わり来る必要はない。勧誘は一度だけで十分だ。前回の選挙の時は、まったく記憶がない九州の同窓生が親しげに「公明党をよろしく」と電話して来た。今年も彼はかけて来そうだ。

画像は東京北社会保険病院下公園。とても静かで、時折、親子連れが紅葉を楽しんでいるだけだ。

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テレビは笹子トンネルの崩落事後の話題ばかりだ。日本のトンネルの耐用年数は75年だが、内装の備品などの耐久性はずっと短い。原因は天井の吊り金具を止めたボルトが緩んだせいだった。目視での点検はしていたが、金槌で叩く検査はしていなかったようだ。そうだとすると人災だろう。

専門家がドイツでは日本の数倍費用をかけて100年メンテナンスなしで耐えられるものを作ると話していた。そのように頑丈に作るとメンテナンスが不要で結果的にはずっと安上がりらしい。しかし、この計算の善し悪しの判断は難しい。

今回の三陸の震災では、100年は保つと言われた建造物の多くが破壊された。どんなに頑丈に作っても大地震に対しては万全とは言えない。むしろ、壊滅的に壊れない程度に作り、壊れた箇所を簡単に作り直せるように軽く作る方が日本向きだ。きめ細かくメンテナンスを繰り返すのはコスト高になるが、それで潤う業者もいて、投下資金の流通に役立つ。

ヨーロッパの大都市で今回のような大地震が起きたら、殆どの建造物は倒壊するはずだ。100年前の建物に済み続けられることは羨ましいが、日本では到底無理だ。日本人は気づいていないが、知らず知らず大地震に対応する家作りをしている。

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