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2013年1月13日 (日)

人の作った荒野は醜いが、自然の原野は人を強くする。13年1月13日

人は荒々しい原野を歩いているが、それに気づくことはない。もし、私たちがパソコンやテレビなどを止めた時、人は原野を歩いている孤独な自分をそこに見いだすはずだ。しかし、原野を荒々しいからと言って荒野と見るのは早計だ。安易さに慣れた現代人には居心地が悪く、荒野に見えるだけのことかもしれない。恐れずに入れば、そこには安らぎが満たされているはずだ。

そう思ったのは、昔、アウシュビッツのドキュメンタリーを見た時だった。
「自分だけの為には強くなれないが、家族のため、同胞のため、人類のためなら、人は強くなれる」
極限を生き抜いた人たちのその言葉でそれを知った。人が作った荒野はとても醜い。しかし、本当の原野は美しく、尊厳を奪われた収容者たちを絶望から救ってくれたのだと思った。

住まい下の新河岸川を鴨の群れがのんびり浮かんでいた。日中は暖かく、吹く風に春を感じた。ふいに遠く青くかすむ故郷の早春の山並みを思い出した。

 分け入つても分け入つても青い山

山頭火の好きな句だ。季節の変化を待つ心は、人に希望を与えてくれる。母が元気な頃、冬枯れの公園に連れて行くと土筆や辛夷の話しをしながら楽しそうだった。

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朝日で深夜営業のマクドナルドで夜を過ごすホームレスの若者たちを取材していた。
大阪では彼らをマクド難民と呼んでいる。彼らは簡易宿泊所と化したネットカフェで過ごす金すらない。スーパーで格安の総菜を買ってビルの片隅で食べ、最後はマクドナルドのテーブルにうつぶせになって午前2時の閉店までウトウトと眠るだけだ。まだ若いからそれができるが、40歳を過ぎたら体力は保たず病に倒れる者が続出するだろう。これは歪んだ社会が生み出した希望のない醜い荒野だ。

この現実を見ると、若者減少が社会を崩壊させるとした少子高齢化への警鐘は無意味に思える。減少している若者にまともな職場を与えられず、結婚して家庭を持つ希望まで奪っているのに、更に若者を増やして、どのような職場を与えるつもりなのだろうか。

一生懸命働けば何とかなる時代はすでに終わっている。経済のグローバル化は遠い外国の労働者まで競争相手にしてしまった。仮に、政府の計画通りに出産が増加しても、若者たちは海外の安い労働力と競争しなければならない。結局は深夜営業の店から店を漂流するホームレスの若者を増やしてしまい、正社員と非正規社員の格差を深めるだけになってしまう。

政府が目指すのは真面目に働けば家庭を持ている社会を作ることだ。環境が整えられれば家庭を持つ者は自然に増える。・・・しかし、大量生産で一人勝ちしている企業は社会の破壊者でもある。企業が押し進めた省力化によって、社会の主人公であるべき多くの人間は排除されている。大企業は若者たちの受け皿にはならない。これからの社会は創造的な中小企業を育成して、若者の職場を確保すべきだ。日本はそれができる国だと思っている。

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桐ヶ丘団地のポプラの梢。

雪に覆われた山から沢山の野鳥たちが都心に来ている。
公園の斜面ではまるまると太ったツグミが餌探しをしていた。サザンカの茂みではウグイスがチッチッと虫探しをしていた。よく誤解されているが、花の蜜を吸っているウグイス色の小鳥はメジロで、本物のウグイスは茶色の地味な色で虫を食べる。

野生動物たちは素晴らしい。彼らは今を生き生きと生き、黙って死んで行く。自然を畏敬し、自然と一体になって暮らしていたインディアンたちは、そのような自然の生き物たちから生死の意味を学んだのだろう。

桐ヶ丘団地のヒメリンゴが楽譜の音符のように楽しげに見えた。

桐が丘団地は老人ばかりで、みんなソロソロと足取りが重い。私も彼らの老いにかなり近づいて来た。肩は相変わらず痛く、うっかり手を後ろに回すと激痛が走る。老いとは戦ってはならず、早く慣れて仲良くするのが一番の対応法だ。

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第二月曜の明日は成人の日だ。街へ出れば晴れ着姿を沢山見かけるだろう。成人の日は昔の15日がしっくり来る。翌16日が私の誕生日なので覚えやすかったからだ。

48年前の私の成人式は式典へは行かず友人と平林寺へナンパに出かけた。
快晴で人出が多かったことを覚えている。本堂にお参りしてから境内の林の中を歩いていると、若い女性二人がスケッチをしていた。

ごく自然に声をかけて仲良くなったが、それから後のことは覚えていない。多分、池袋辺りでお茶と食事をして別れたのだろう。私はそれっきり連絡しなかったが、友人はその一人とまじめに交際を続け幸せな結婚をした。

人の運命は些細な出来事で変わるものだ。もし、私たちが境内で違う遊歩道を歩いていたら友人の人生は違ったものになっていたはずだ。

 夕陽 寒風に独り逆らう

山頭火風に作った自作の句。

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