大雪の日に思うホームレスの世代格差と、英語下手でも一流になれる日本。13年1月16日
大雪の成人の日、温かい炬燵に入って窓の雪を眺めていた。
ぬくぬくと暖かく過ごす私と比べ、野外の段ボールハウスで過ごすホームレスは辛いだろう。
TV関係者もそのように思ったようだ。早速、多摩川河川敷のホームレスを取材していた。
"寒さに震える気の毒な人たち"
それが取材意図だったが、段ボールハウスのしっかりした引き戸を開けると、中の暖気で、たちまちカメラのレンズが曇ってしまった。中は石油ストーブ完備で室温は25度と節電中の我が家より10度は高い。
「お宅は特別ですか」
記者が聞くと
「どこもこんなものでしょう」
初老の住人は胸を張って笑った。
前回、深夜営業の店を漂白しながら仮眠を取るマクド難民の若者たちのことを書いた。あのような劣悪な休息と食事を続けていては人間性も健康も失ってしまう。
若者たちと比べて、段ボールハウスの住人たちは力強く生きていた。
彼らは組織化して暴力的な10代たちからの攻撃にも備えている。元建設労働者が多く、住まいの作りもしっかりしていた。彼らにはセーフティネットが健在で、もし急病になれば仲間が携帯で救急車を呼び、救急病院に収容される。言い換えるなら、彼らは現代の狩猟採集民と呼んでも良いかもしれない。近未来の彼らは家族を持ち、自分たちの自治体を作り上げるまで進化するかもしれない。差別が伴ったが、過去に、そのような経緯で町に発展した地域は沢山ある。
そのようなことを考えながら、段ボールハウスの住人と、深夜営業の店を宿代わりにしている若者たちとの違いを思った。若者たちは段ボール暮らしまで落ちたくないのかもしれないが、それは貧しい日本を体験した世代と、豊かさしか知らない世代の生活力の違いかもしれない。
ホームレスの前職を調査した統計がある。
さすがに元医師、弁護士、大学教授、国会議員はいないが、それ以外は総てあった。それがなぜホームレスになったのか・・・共通しているのは家庭が崩壊していたことだった。
今日は乾いたベンチで昼寝をした。陽射しが温かくて心地よく、頭上に野鳥の声が聞こえた。
寝転んで青空を見上げていると、一瞬、ホームレスの気分になった。
先日の深夜、盲目のピアニスト辻井伸行氏が日本人として初優勝した2009年米国・ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールのNHKドキュメンタリーを観た。私が興味を持ったのは彼の天才的な技量ではない。彼が英語をほとんど喋れなかったのに優勝したことだ。
オーケストラとの打ち合わせでは、日本から同行した通訳と音楽の専門家が間に入って意思疎通は大変だった。対して、他国のピアニストたちは総て英語が流暢だった。殊に中国、韓国の若者は10年以上米国の有名音楽学校留学し、関係者たちと親しげに英語で会話していた。
先進国を除いて、母国語で高度な学問が出来る国は少ない。日本は欧米以外で唯一、英語下手でも超有名校出身でもなく世界一流になれる国だ。私が興味持ったのはその点だった。
受賞時の辻井氏が在学していたのは上野学園大学。去年のノーベル賞の山中教授は神戸大と共に有名校ではない。更に、英語下手としてはノーベル賞受賞の益川敏英氏が有名だ。
世界一英語下手の日本人と比べて、韓国では低学年から英語教育がされ英語堪能な人が多い。サムソンなどが国際競争力が強いのも、そのような語学力の下地があってのことだ。
韓国の大学での科学教育は英語でなされる。それは経済的には有利だが、原子物理学などの高度な学問が母国語で出来ないことは大変なマイナスだ。母国語で自由自在に思考してこそノーベル賞に繋がる革新的思考が産まれる。
しかし、科学を韓国語に訳するのは民族感情のために難しいかもしれない。なぜなら漢字表記の科学用語の殆どが明治維新前後に日本で考えられた和製漢語だからだ。例えば、陽子・素粒子・電子・光子・質量・半導体・どれも和製だ。偏狭な民族主義を捨てなければ、韓国人ノーベル賞は生まれないかもしれない。
成人の日、公園の雪景色を撮ろうとしたら、柴犬のはなちゃんに見つかって飛びつかれてしまいまった。寒いのが大好きな彼女は雪に足跡をつけるのが楽しくて、広い雪原をグルグル駆け回っていた。
蛇足だが今日は68歳の誕生日だ。メザシの尾頭付きを焼いて一人で祝った。
夕食後、買い物へ出ると雪解け水が凍り始め、外灯にキラキラ光っていた。
誕生日はいつになく母を思い出す。母は私が65歳の時に死んだ。年々、母の歳に近づいて行くが、母の97歳を追い抜くことは絶対にないと思っている。
誕生日 黙して歩く雪の道
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