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2013年1月26日 (土)

SF映画「プロメテウス」は人類創造の意味を問う壮大な宇宙神話だった。13年1月26日

リドリー・スコット監督「プロメテウス」2012年米国をレンタルで見た。監督作品「エリアン」は1979年第一作からシリーズ総てを見ている。スイス人画家、H・R・ギーガーのエアーブラシで描いた美術は衝撃的で大きな影響を受けた。

「プロメテウス」はエリアンが生まれる前の物語だ。科学的な検証を加えずに宇宙を舞台にした壮大な神話として見ると、とても良くできた素晴らしい作品だ。

冒頭、太古の荒々しく寂しい地球に巨大な円盤が現れ、修行僧のような、人そっくりの宇宙人が地上に降り立った。彼は広大な瀑布上の岩に立ち、苦悩と決意の表情で黒い液体を飲み干した。すると彼の体は粉粉に分解して激流に落ちて行った。

水中でその一つ一つは細胞分裂して成長し始めた。「神は自らに似せて人を創った」旧約聖書創世記の一節がこの作品の骨格になっている。描かれてはいないが、冒頭で人はそうやって生まれたと暗示していた。

舞台は現代から70数年後の近未来。考古学者たちが35000年昔の洞窟で古代人のメッセージを発見した。人は宇宙から来た創造主によって創られたとの仮説を、彼らはその壁画で確信した。仮説に共鳴する大企業の経営者がいた。彼は莫大な資金を投じて宇宙人探査チームを作り、人類創造の解明のために宇宙へ旅立たせた。

経営者は高齢で余命幾ばくもない。彼はその宇宙人が創造主なら救世主でもあると信じた。創造主なら自分を死から救ってくれるかもしれない。そして、何故人は生まれ死ぬのか。死後の世界はあるのか、その答えを教えてくれるはずだ。彼は巨大な探査船に特別室を設けて、密かに乗り込んで同行した。チームと老経営者はアンドロイドが管理する休眠装置の中で2年以上眠り続け、創造主たちが拠点にしている惑星に到着した。

彼らの期待に反して、創造主たちはその惑星で人類を抹消する生物兵器を作っていた。しかし、生物兵器は人類と同じ構造の宇宙人にも寄生して殆どは殺された。その中でただ一人が生き残った宇宙人は、地球へ向かう予定の宇宙船で数千年間眠り続けていた。

探査チームによって目覚めさせられた彼は、人の代わりにメッセージを伝えるアンドロイドの首を引きちぎり、経営者とそのメンバーを一瞬で殺した。そして、当初からの目的だった人類抹殺のために地球へ向かおうとした。

宇宙人たちが人を創造したように、目の前にやって来た人類はアンドロイドの創造主になっていた。創造主の宇宙人はその負の連鎖を知って人類絶滅を決意したのだろう。その感覚は、我々がゴキブリやドブネズミを容赦なく殺す感覚に近いかもしれない。

殺害を免れた女性考古学者の知らせで、人類が滅亡させられると知った船長らは探査船で自爆攻撃をして創造主の宇宙船を撃墜した。初回「エリアン」の冒頭、霧の中に浮かび上がった鎌形の不思議な宇宙船がそれだった。

宇宙人に会う前に、女性考古学者は生物兵器を身ごもり、母体が破壊される前に自ら幼体を摘出していた。幼体は短時間で成長して、撃墜された宇宙船から生き残った宇宙人に寄生して破壊した。あのエリアンはそのようにして生まれた。

一人だけ生き残った女性考古学者は首だけになったアンドロイドの助けで、もう一機残っていた創造主の宇宙船に乗って惑星を離陸した。向かうのは地球ではなく、創造主たちが住む惑星だった。彼女はなぜ彼らが人類を創り、そして消滅させようとしているか、真実をどうしても知りたかった。

宇宙の幻想的な立体像や惑星での嵐のシーンと、CGだけでも見る価値がある。殊に冒頭シーンの巨大な円盤が厚い雲の中へ去って行くシーンは感動する程に美しかった。

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今日の緑道公園。日中も寒く日陰の雪は凍ったままだった。この雪があるうちは寒い。

去年10月に直木賞作家の藤本義一氏が中皮腫で死んだ。私には作家としてより11PM大阪制作のキャスターとしての印象が強い。中皮腫の原因はアスベストとされている。それについての記事が朝日新聞にあった。

彼の生活環境にアスベストを扱う工場はなかった。彼は西宮市の住まいで1995年1月の阪神大震災に遭っている。西宮市も被災し建物の倒壊も多く千人が亡くなった。主治医の推定だが、その時、大量のアスベスト粉塵を吸い、17年を経て発病したと考えられるようだ。中皮腫は肺機能を失わせ、常時酸素吸入が必要になり大変に苦しい病気だ。彼は亡くなるまで、大変に辛い思いをしただろう。

アスベストは今も古い建物には大量に使われている。古い駐車スペースなどの鉄骨に防音断熱のために石綿が吹き付けてあるのは今もよく見かける。それらは1980年あたりから石綿の危険性が問題になり、安全なロックウール吹き付けに変わった。しかし、岩石を溶融して繊維化したロックウールはもろくて耐久性がない。それで、近年まで比較的危険性が少ない白石綿を少量加えて強度や粘着力を調整してあった。だから、今も危険なロックウール吹き付けは多く残っている。

84年に開店した池袋東急ハンズ天井の剥き出しの鉄骨と天井板にもロックウールが吹き付けてあった。私は東急ハンズ好きで、池袋店はよく通っていたので気になっていた。当時の浮遊アスベストは極微量で健康には問題ないが、一日中働いている店員たちは別かもしれない。ちなみに、剥き出しだった天井と鉄骨は今は化粧板で覆われ問題ない。

石綿(アスベスト)は中皮腫だけでなく肺ガンの原因の一つだ。昔、石綿は理科実験用具に普通に使われていたので理科教師も肺ガンや中皮腫の罹患率が高かった。昔はボイラー技士、鋳物屋、鉄工所と、火を使う職業の殆どは石綿を扱っていた。昔、彫金職人だった私も普通に石綿を扱っていた。だから同業者で肺ガンで亡くなった方は多い。一般人の100倍は吸っている私の発症予防方法は、タバコを吸わないことぐらいだ。

彫金で火を使う時、石綿は大変重宝した。指輪は納品前に、お客さんの指サイズに合わせて切ったり間に割金を入れ、ロー付けしサイズ直しをする。指輪の宝石はロー付けの熱から守る為に水で練った石綿で包んで保護した。だから、サイズ直し専門の職人は朝から晩まで、大量の石綿を吸うことになった。

昔は道具屋や雑貨屋で、石綿と石灰を混ぜ5ミリ厚ほどに加工した板を売っていた。そのまま使うこともあるが、大抵はちぎって水で練って使った。北国育ちの初老の人なら、石炭ストーブの煙突と壁の隙間を水で練った石綿で塞いだ記憶があるはずだ。石綿は乾くとフエルト状に固まり、断熱性と弾力があって大変丈夫だった。

これからはNY同時多発テロ時に大量に舞ったアスベスト粉塵を吸った被害者が問題になりそうだ。

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