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2013年2月 1日 (金)

スマホとPCの未来と・・映画 「モーターサイクル・ダイアリーズ」13年2月1日

FBを止めてから自分の時間が増えた。そのように書くとFBは自分の時間ではないことになるが、ある意味でその通りだ。SNSは始めると麻薬のような魅力がある。自分の考えを表明すると、リアルタイムに"友達"から「いいね」やコメントが寄せられる。まるで、大家族の中にいるような居心地の良さだ。しかし、それは現実生活とは違う。それは時には虚構のコメントと「いいね」のやり取りであったりする。しかし、それは現実生活でもあることで、取り立てて否定するほどのことではない。

生活再建中なので、自分の時間が増えたのは良かった。PCはメールとニュースのチェックと、ブログの書き込みだけに使っている。しかし、何となく物足りなさを感じているのも事実だ。

私がそうなのだから、スマホ中毒が蔓延している現実は理解できる。交差点の信号待ちで、公園のベンチで、列車の中で、歩きながらや自転車に乗りながら、中にはデート中の二人がそれぞれにスマホをしていたりする。あれでは、自分の時間も、恋している時間も、SNSやネットゲームに奪われてしまいそうに思える

スマホはそれほどに普及しているのに日本製スマホはマイナーだ。Macとサムソンが市場を制してしばらくは二社の牙城は崩れないだろう。しかし、5年10年後では端末の重要さは著しく後退すると予想されている。スマホがなくなるのではなく、むしろ更に増えるのだが、電池の消耗が早い、重くて高価、機能の限界などが見え始めているからだ。

その問題点を解消するためにスマホは通信機能に特化して、PC機能はクラウド方式の通信会社の大型コンピューターが取って代わる。クラウドとは通信会社の大型コンピューターが端末から送られて来る総ての情報を処理して送り返す方式で、端末がアプリを装備する必要はない。地図検索や外国語翻訳などではすでに一般化されている。

スマホを擬人化したCMがある。可愛い女性が若者の質問に何でも答えてくれていて、あんなのがあれば良いなと思ってしまう。あれがクラウドを進化させた近未来の姿だ。アプリ機能の大部分はクラウドで処理し、端末はクラウドとのやり取りを行うただの通信器具に変わる。そうなれば端末はカード並みに薄く軽くなり利便性は増す。そうなれば端末のコモディティ化は著しく進んで、端末製造メーカーは儲けを出せなくなって行く。

これから利益を独占するのは通信会社だ。ソフトパンクが米国の通信会社を2兆円近くで買収しようとしているのも、将来を見据えてのことだ。Amazonはキンドルで広告と通販の利益を拡大させ、Googleも広告だけでなく通販にも力を入れるだろう。この二つの巨大企業は更に通信事業にも手を延ばして、流通通信の制覇を狙うだろう。

クラウドは総ての家電、車、産業に大変革をもたらす。メイドインジャパンの復活は、その分野を視野に入れなければ絶対に成功しない。逆に言えばそこに日本復活のチャンスがある。

クラウドの進化によってスマホだけでなくPCの機能も大きく変わる。私の使っているPCのアプリには一生使用しないものや数年に一度しか使わないものも含まれている。そのような無駄なソフトに高額の代価を支払わされているのは不合理だ。それらのアプリをクラウド任せにすれば、ソフトメーカーは無断コピーの違法ソフトがなくなり使用料収入が着実に得られる。

そうなると、多くのアプリを装備している現在のPCは極めて特殊なものになるだろう。家庭用PCはスマホ同様に通信機能と表示機能と汎用性の高いアプリと記録機能に特化して極めて安価なものになる。たとえば、現在の画像処理ソフトはPC本体の数倍の価格だが、それをユーザーが買い求める必要はなく、クラウドでソフトを使う都度、使用料を支払うことになる。

今、PCとスマホとTVが合体したスマートテレビが実現しつつある。そこでも通信会社に利益が集中し、端末製造のコモディティ化は避けられないだろう。

M1321

2月に入り陽射しが増して冷たさが緩んだ。
新河岸川と枯れ芝生に、命の芽吹きを感じる。

2004年 英/米・映画 「モーターサイクル・ダイアリーズ」を見た。作品の音楽はアカデミー歌曲賞を受賞した。青春ロード・ムービーやNHK「世界ふれあい街歩き」などが好きな人には大変魅力的な映画だ。

作品は医学生だったゲバラと親友のアルベルトが1952年1月4日からおんぼろバイクでベネズエラへ旅した日記を映画化したものだ。使ったおんぼろオートバイは第二次大戦で英国陸軍が使用した名車ノートン500のポデローサ(怪力)号。ゲバラと家族が住んでいた出発地ブエノスアイレスの古い町並みが美しい。

出発するとすぐに広大なアルゼンチンのパンパの大草原。そしてパタゴニアの荒涼とした雄大な風景からチリへ。チリの港町バルパライソは「世界ふれあい街歩き」で見たことがある。街の急斜面に作られたケーブルカーのアセンソールが懐かしかった。

それからペルーのクスコ・マチュピチュと名前を羅列するだけで胸が躍る。しかし、淡々と続く風景に興味がない人には退屈な映画だろう。映画で描かれていた小さなエピソードはゲバラの誠実さをよく伝え、彼が革命家になった軌跡がよく分かった。

映画を見ていて、とても懐かしくなったのは、昭和27年を舞台にしているからだろう。その頃、私は小学1年生。朝鮮動乱で日本は軍事特需に湧いていたが、資材が高騰して港湾工事を受注していた父は大損して倒産した。我が家には大変な時代ではあったが、家族はみんな若く元気が良かった。あの逞しさが苦難の時代を懐かしくさせているのだろう。

陽はうらら 枯れ木の影に 遠い日々

散歩道の公園ベンチに腰掛けて詠んだ。

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