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2013年2月10日 (日)

土曜9日は王子稲荷の初午へ出かけた。13年2月10日

土曜9日は初午だった。好天の土曜なので大混雑が予想される。2月21日の二の午なら混雑はないが、例年、王子稲荷の初午にお詣りしているので縁起をかつぎ、意を決して出かけた。

予想通り大混雑だった。王子駅から続く縁日の人ごみをかき分けながら歩いた。王子稲荷の社殿は急階段の崖上にある。事故防止に規制がかかって参詣者の長い列は進まない。20分ほど待ってやっと社殿に辿り着いた。

お詣りした後、いつものように願い石へ向かった。こちらも長蛇の列だ。小さな社殿に置いてある石の重さは25キロほど。願い事を思いながら石を持ち上げ、軽く感じれば叶うと言われている。

去年夏に重い鉄アレイを不自然な形で持ち上げて右肩腱板を損傷した。今も右腕を上げると激痛が走る。整形外科の医師は即効性のある治療法はないと診断した。
いつものなら、願い石は顔まで上げていたが、今年は脇を締めて胸の高さで諦めた。願い事は重く、更に努力せよとの啓示と解した。並んでいる多くは老人で石は10センチも上がらない。いつか皆と同じになると思っていたが、今回、それに一歩近づいたと感じた。

母の車椅子を押して毎年初午に連れて行っていた。今回は死別から3度目の初午だ。月日が過ぎるのは本当に早い。死の5ヶ月前の初午では「今年もお詣りできて本当に良かった」と、母は何度も感謝していた。

帰りは縁日の混雑を避けて、崖上の中央工学校前の静かな道を通った。100年以上の歴史がある田中角栄氏も在籍した専門学校で、彼は一時期校長をしていたことがある。校舎は王子一帯に23号館まである。

写真--境内へ入るのに規制がかかっているので混雑はしていない。崖の北斜面なので早く陽射しは隠れ薄暗い。

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生活再建中なので夢中になって絵を描いている。描いたからと言ってそれが売れる訳ではない。しかし、努力をしていると不思議に幸運がやって来る。そうやって、今まで幾度となく危機を乗り越えた。

幸運を確信できるのは良い作品が描けた場合だ。この数日は思ったように描けず滅入っている。そのような不安な気分で家の中に籠っていると更に落ち込むので散歩は欠かせない。殊に、今日のような好天の日の散歩は晴れ晴れとする。青空に枝を広げた冬梢は本当に素晴らしい。

写真--桐ヶ丘団地のこの公園は都公園課の荒っぽい剪定が及んでいない。

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今日は暖かく、柳は早くも新芽の淡い緑に覆われていた。緑道公園で馥郁とした香りを辿って行くと蝋梅が満開だった。今月末にはジンチョウゲが開花する。

昨夜、寝る前に「めざせ会社の星 新エネルギー開発社員SP」を途中から見たがとても面白かった。
新エネルギーと言っても太陽光や風力発電ではない。藻類のミドリムシや、植物と同程度の炭酸同化作用をする人工物質や、ゴキブリの体液で発電するシステムだ。

M_132102殊にゴキブリ発電はユニークだ。何故と疑問符が幾つもつく研究だが説明を聞いて納得した。彼らの目的は血液中の糖分を使って発電する電池だった。

現在、心臓病のペースメーカーは2,3年毎に電池を取り替えなければならない。もしその電池が実用化できたらその必要がなくなる。開発部員の研究オタクぶりを見ていて、日本の将来は明るいと思った。

見終えてから、テレビを消して床に入った。
以前は仕事部屋に寝ていた。母が死んでからは、母が使っていた手作りのベットに寝ている。死んだ後、処分しようとしたが、大きくて分解するには頑丈過ぎるのでそのままにした。ベットと言っても20ミリのベニアを張った台で、畳表が貼ってある。来客があると布団を片付け、小さなちゃぶ台を置いてお茶をするのに重宝している。

仕事部屋で寝ていた頃は毎晩絵の道具を片付けるのが大変だった。今はそのまま寝られるので楽だ。しかし、母のベットに寝ると死んだ日のことを想い出す。

母は最期の頃、テレビを止め部屋を暗くするのを嫌がっていた。今、その意味が理解できる。床に入りテレビを止め暗くすると、息苦しいような静寂に包まれる。母も同じ気分だったのかもしれない。

今午後5時。夕日は奥秩父連山の少し上にある。随分日が長くなった。

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