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2013年3月13日 (水)

春一番の猛烈な風に転んだ老人や自転車。13年3月13日

猛烈な風で、玄関前へ出ると風圧で体が揺れた。地上は煙霧で眺望がきかない。
公園には折れた無数の大小の枝が落ちていた。もし直撃されると危険なので、頭上に気をつけながら急いで公園を抜けた。

赤羽駅前のイトーヨーカ堂へ行くと、玄関前で80歳程のおじいさんが転んでいた。ビル風が強い所なので、風に倒されたのかもしれない。連れのおばあさんと一緒に立たせていると、近くのバス停で待っていた大勢の人が手助けしてくれた。

老夫婦は桐ヶ丘都営団地へバスで帰る所だった。怪我はなく、何処も痛くはないと言う。しかし、ショックで足が萎えて歩けなくなっていた。
「その様子ではバスは無理ですから、タクシーが良いですよ」
と言ったがバスで帰ると言う。私に余裕があればタクシーを拾って来て送り届けるのだが・・申し訳ないと思いながら、手助けしてくれた大勢に二人を任せて店へ入った。

買い物を済ませて外へ出て来ると、同じ場所におじいさんとおばあさんが取り残されていた。危惧したようにバスには乗れなかったようだ。

急いで店内に戻り、店員におじさんが倒れているからと保安部の応援を頼み、木箱を見つけて持って行っておじいさんを腰掛けさせた。5分程待つと保安部から係員が5人やって来た。転んだ場所を聞かれたので、店の敷地を示した。転んだ場所が店の敷地と道路では後の対応が違って来るので、明確に話しておいた。

係員は車椅子を持って来て、救急車を呼ぶと話した。
「ご迷惑をおかけしまして・・」
老夫婦はしきりに謝っていた。
「私だって五六年もすれば、転ぶようになります。お互い様です」
私は二人を慰め、次の買い物へ向かった。

老人は転ぶことをきっかけで寝たっきりになる。まして、桐ヶ丘都営団地は50年前の古いタイプで車椅子の出入りが出来ない。もし、世話をするのがおばあさん一人だけなら、とても大変なことになる。今も二人のことが気になって仕方がない。

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玄関前から煙霧の地上風景。
散歩帰りでも、風で倒される自転車を目撃した。

先日のNHKニュースでマグネシウム電池を取り上げていた。それは今のリチウム電池の10倍の容量だ。スマホを毎日充電している人では、10日間使い続けられる計算だ。ただし、充電できない乾電池のみなのが欠点。

使い切って酸化されたマグネシウムは太陽光の高熱で還元して再利用する。そのあたりは「戦艦大和探照灯で太陽光を集束し、再生可能エネルギー用のマグネシウム精錬。11年12月14日」に詳しく記入した。

心をとらえられたのは、番組に戦艦大和の探照灯の反射鏡が登場したことだ。宮崎の日向市の実験場には産総研から借りた探照灯の反射鏡がある。直径150センチと巨大なのに焦点は2,3ミリと小さく、大変精度が高い。70年前の仕事が今も通用する日本の職人仕事の見事さに感動した。

ちなみに、マグネシウム電池が実用化されたら、オーストラリア、サウジ半島、アフリカの砂漠地帯などで太陽光精錬をすればコストは安い。試算では1キロのマグネシウムで一般家庭の1日分の電力が賄える。昨日のメタンハイグレードの採掘成功と合わせて、気分が明るくなるニュースだった。

M_3M_4M_5風は強いが暖かい。

アジサイの新芽。

赤羽はこのタイプのスミレがあちこちに沢山自生しているが、今年見つけたのはこの一株だけだ。ちょっと心配だ。

木瓜が満開になった。

このところ、多く取り上げられていた福島第一原発の廃炉完了は40年後。この数字は技術革新が起きない前提での計算だ。40年あれば、高性能の遠隔操縦ロボットが完成したりして、実際の廃炉作業は早まるはずだ。

しかし、スリーマイルから供与されたメルトダウンした燃料デブリの固さには驚いた、ダイヤモンドの刃先のドリルでも歯が立たない。戦車の装甲を貫通する劣化ウラン弾にもウラン廃棄物は使われているくらいだから、その固さは尋常じゃない。それに対してはレザーを使った破砕方法を紹介していた。いずれにしても、廃炉はとても難しい作業になりそうだ。

一方、現在のメタンハイドレードの採掘費用は1立方メートルあたり40〜170円。対して、今話題のシェールガスは10円。だから商用化は無理との論評があった。しかし、シェールガスも以前はコストが高すぎると言われていた。技術革新を惜しまなければ、日本のエネルギーの安全保障に大きな力になりそうだ。

ストリートビュー紀行は「デンプスター・ハイウェイ カナダ」
出発点はゴールドラッシュで歴史に名を残したドーソンシティの手前。この町は19世紀末ゴールドラッシュ時には人口は4万人を越すほどだったが、終焉とともに人口は減り、今は2000人ほど。

極北の町だが、芝生や花壇のある落ち着きのあるたたずまいだ。今は観光が主な産業でホテルが数軒ある。砂金の採掘は今も続いていて、郊外の沢沿いには延々と掘り返された跡が残る。

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「デンプスターハイウェイ」はドーソンの手前40キロほどの所から分岐する。分岐点にガソリンスタンドがあるが、そこから370キロ先のイヌヴィックまでガソリンスタンドはない。そこまでは原野の未舗装の悪路で、もし事故を起こしたら、長時間、助けを待つ覚悟が必要だ。

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橋がない川は渡し船を利用。
このような未開の道を延々と行くと、突然に舗装道路や飛行場が現れ極北の近代的な町イヌヴィックに到着。

イヌヴィックはカナダ・ノースウエスト準州にある人口3500人ほどの街。マッケンジー川下流近くにあり、北極圏観光で訪れる人が多い。総合病院から大学まである近代的な街だ。永久凍土の地なので、建物は総て、凍った地中に立てた杭上に立てられた高床式。

外部から町への人のアクセスの殆どは飛行機利用。物資はデンプスター・ハイウェイを通して往来する。このハイウェイは10月末から12月中旬の間、川が厚く凍結するまで閉鎖される。そして5月中旬から6月中旬の間、氷が緩むので閉鎖される。その間は飛行機のみのアクセス。

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イヌヴィックを出るとすぐにストリートビューは終わる。終点にイヌイットの住居が1軒あった。
極北の住居には必ず衛星放送用のパラボラアンテナと暖房用の大きな燃料タンクがある。紅葉しているが8月の撮影だ。極北の秋は早い。

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Goof

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