「NHKドキュメント72時間」人生は出会いと別れを繰り返す旅だった。13年4月5日
2006年後半から2007年前半までの半年間のNHKドキュメント72時間の再放送と、今夜の「新ドキュメント72時間、歌舞伎町の花屋」を見た。
再放送分の最初の放映から7年の間に、大津波に原発事故が起き、私は母と死別して内外共に環境が大きく変化した。
6,7年前のドキュメントなので、ファッションにやや古くささを感じる。しかし、全体に明るい雰囲気があるのはリーマンショック前で、欧米はまだバブルに湧いていたからだろう。アップルのiPhoneが登場したのはこの頃だった。
それから7年の間に世界最強だった日本の電気機器メーカーは次々と敗退し、物作りの海外移転は加速した。政権は自民党から民主党、そして自民党は復権してアベノミクスがスタート。尖閣国有化に普天間問題と日本外交の大混乱。ヨーロッパのユーロ危機。世界も日本も激動の7年だった。
長回しできるビデオ記録は、フイルム撮影と比べてリアルな再現性があり、あたかもタイムマシーンに乗って、様々な人生を遡って行く感覚だった。
「東京駅の高速バスターミナル」
早朝、大阪からの長距離バスから82歳の元特攻隊のおじいさんが80歳の妻を連れて東京駅に降り立った。おばあさんはパーキンソン病を発病していて、おじいさんは元気なうちにあちこち見せてあげようと思っている。新幹線ではなくバスに決めたのは、おばあさんの希望だった。
今回の旅は、東京育ちのおばあさんの身内の法要のためだ。二人は法要の前の身支度にお風呂を探していたが、東京駅近辺では見つからない。でも二人は、笑顔で楽しそうだった。その仲睦まじく並んで去って行く後ろ姿を、7年を経て見ると、とても遠く切ない。夫妻は健在なら89歳と87歳。画像の中の元気さを保つのはとても難しいだろう。
---その頃、深夜のバスターミナルに友人を見送りに行ったことがある。若い恋人たちの別離、長距離バスを待つ疲れた熟年男性、そこでは様々な人間模様が繰り広げられていた。バスターミナルには、駅のホームより濃密な人間ドラマを感じる。
「山谷 バックパッカーたちのTokyo」
この撮影の頃、山谷の安宿、通称「ドヤ」は外国人バックパッカーたち向けの安ホテルに商売替えして賑わっていた。
カメラが追った一人はデザイナーを目指して来日して4年目の英国人。日本でのデザイン職は叶わず、英語教師で収入を得て、毎夜六本木で遊んでいる。30歳を前にした彼は、このままで良いのか、人生の選択に迷っていた。
カメラマンを目指すアフリカ系フランス人は4度目の来日。当時は1000万画素を越えるプロ用デジカメはとても高価で、彼のカメラは銀塩フイルムだった。彼はホームレスなどの底辺の人々を撮っていた。
---昼間から飲んだくれているホームレスたちは、どこかのどかで切迫感はない。そのように見えるのは時代が良かったからかもしれない。
ノルウェーからゴスロリなどのファッションに憧れて来日した女の子はファッション誌を大量に買い込んでいた。ノルウェーでは日本の女の子のような自由奔放な格好をすると口うるさく陰口を叩かれると言う。彼女はそれが嫌で日本に来た。我々が思っている以上に外国人には日本は魅力がある国のようだ。彼女は買い込んだファッション誌の付録の型紙で自分の服を縫製すると、楽しそうに話していた。
----先日、ファッション誌の多くは、売り上げが半減したと報じていた。彼女が買い込んだ中には廃刊した雑誌が含まれているはずだ。
山谷の安宿では自分探しの多くの外国人若者たちが交錯していたが、原発事故の後、被爆を恐れたバックパッカーたちは山谷から一瞬で消えた。今は回復しているが、このドキュメンタリー時の水準には及ばない。
「旅立ちのフェリー」
名古屋から仙台港を経て苫小牧へ航行するフェリーの船中。
郷里の北海道へ帰る若者は、苫小牧で失業して愛知に職を得た。しかし、人間関係に疲れ、再び苫小牧での再就職を目指している。就職難の地方で彼が定職を得るのは難しい。今、彼は再び本州に戻っているかもしれない。
福島県在住の88歳のおばあさんを連れた娘がいた。遠回りして名古屋から乗船し、船上から福島を見せて北海道旅行へ行く予定だ。彼女たちは福島のどこに住んでいたのだろうか。大津波と原発事故から無事に逃れられたとしても、今、おばあさんは95歳。平穏を祈るばかりだ。
船客の奈良の置き薬屋の67歳の三代目は仙台港で下船した。彼は置き薬を待ちわびている東北のお客さん宅を回る。今、彼は74歳。今も現役なのか、東北のお得意さんたちは無事だったか気になる。
やがて到着した仙台港は大津波前の光景だった。仙台港はいち早く復興したが、画面とは大きく違うだろう。
フェリーは最終目的地の苫小牧へ近づき、明るく晴れ渡った広大な裾野の、冠雪した樽前山が見えた。
---ふいに若い頃の冬の北海道旅行が蘇った。青函連絡船が津軽海峡を北上して函館港へ近づくと北海道は明るく晴れ渡っていた。青森まで重い雪景色が続いていたので、躍動するような感動があった。
苫小牧から引き返すフェリーでは、福島の女子大生と北海道の自衛官の遠距離恋愛の別れがあった。二人の関係が順調に進んでいたら、今は結婚して子供がいる歳だ。仙台港で寂しそうに下船して行った女子大生が、震災と原発事故をどう過ごしたか気になる。
番組は総て旅と人との出会いを記録していた。見終えて、人生は人との出会いと別れを繰り返して行く旅だと深く感じた。家にこもっていては人生は寂しく過ぎて行くだけだ。
今夜から「新ドキュメント72時間」が始まった。
場所は新宿歌舞伎町の深夜営業の花屋。クラブのショーや開店祝い。退職するホステスへ贈る花。お客がホステスへプレゼントする花。600円の薔薇を一輪だけ買うホスト。それらの裏に甘く苦い人生模様が垣間見える。
一人で持てないほど大きな花束をと、注文したお客がいた。彼は高給外車の運転手脇に大きな花束を無理に押し込んで、好きなホステスのいる店へ走り去った。
深夜仕事をしている漫画家は妊娠した婚約者にプレゼントするために来店した。
歌舞伎町で働く若者には重い事情を抱えた者がいる。
老父母を介護しながら看護学校を卒業した田舎の実母に、感謝を込めて花を贈る若いホステスがいた。
定時制高校を退学したホステスは、かって親身に相談に乗ってくれた恩師に贈る花を求めた。
毎夜、自転車で訪ねて、花を見て帰るだけの水商売の熟年女性もいた。
花の一つ一つに物語がある。
明け方に来店した男女は、かって大学の同級生だった。彼は女性に10年越しで恋していたが実らなかった。その夜、彼女は他の男との婚約を彼に報告した。彼は想いを押さえて、彼女の好きな薔薇の花束を贈り、長い青春は終わった。
花は人生の門出と別れに、一瞬の輝きを添える。
花が愛されるのは、人の想いを純化する力があるからかもしれない。
番組は花の季節にふさわしく、心に残った。
今後、NHKに撮って欲しい「72時間」はディズニーランドだ。あの夢の世界に、一瞬浸って、現実に戻って行く多くの人間ドラマをぜひに見てみたい。
3日の暴風雨が過ぎた後の雲取山。
まだ積雪が残っている。この日の夜は、東京では珍しい美しい星空だった。
満開の山吹。
姫リンゴの白い花。
10年前に東京都老人総合研究所が高齢者4000人を調査したデータを見た。
それによると、2002年の76歳の体力は1992年の65歳と同じだ。それから10年を経た今は更に若返っているかもしれない。
このデータを見ると、65歳から高齢者とした政府の少子高齢化の政策は大幅に見直す必要がある。
現代の65歳の身体能力は昔の50代レベルだ。
そのような元気な老人たちに仕事を与えずに放置するのはいたずらに老化させてしまうだけでもったいない。
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