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2013年5月16日 (木)

抱え込んでいる余分なものを捨て去れば、新しい人生が始まる。13年5月16日

今日の買い物は赤羽台団地を抜けて赤羽駅前へ出た。僅かな間に長年見慣れて来た建物が壊され、跡形もなく整地されている。醜い光景が美しく変化するのなら、心地よく受け入れられるが、この変化には深い喪失感を覚える。

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2年前の夏の終わりに撮った赤羽台団地。作りは頑丈で、どこも痛んでいない。緑地も十分にゆったりと作られていた。この建物も含めて、効率化のために箱のような味気ない高層アパートに立て替えられる予定だ。

赤羽台団地近くにあった旧居に28年間暮らし、その間に祖母と父を看取った。目を閉じると、昭和40年代の子供で溢れていた団地の活気が目に浮かぶ。当時の住人は有名人が多く、平幹二朗も母親とこの団地で暮らしていた。時折、NHKの山川 静夫アナウンサーが、トレードマークの黒縁眼鏡で颯爽と出勤する姿を見かけたこともあった。

ここは団地萌えの聖地で、公団住宅の殆ど総ての原型があった。公園の遊具も総て手作りで、同じものはない。姪たちが小さかった頃は、我が家に遊びに来ると団地の公園へ出かけ、コンクリート作りの動物たちで遊んでいた。

団地住人の、お茶の水女子大で中国学を教えていたNさんと母は親しかった。彼女は戦後東大が女性に開放されてから初入学した3人の才媛の一人だ。中国育ちの彼女は北京大学を卒議した後、東大中国文学科を卒業した。

彼女は中国料理にも造詣が深く、中国の珍しい食べ物が手に入ると、母と私を呼んでごちそうしてくれた。腐乳の中でもっとも臭い臭豆腐を食べたのも彼女宅でだ。彼女の友人が、ドブのような色と臭気のそれを中国から持ち帰る時、臭気が漏れないように飛行機に持ち込むのに苦労したと聞いた。しかし、味はウォッシュタイプ・チーズのような濃厚な旨味があった。

Nさんは妹さんと二人暮らしだった。大変思いやりのある方で、訪ねて帰る時、建物前の通路に立ち、私たちが見えなくなるまで見送ってくれた。深い木立の下にたたずむその姿を、今も夢のように想い出す。

当時、彼女は食通の会のオブザーバーをしていた。彼女の紹介で母と私も月に一度、会に参加して珍しい料理を堪能した。会の主なメンバーは中華料理店・料亭・レストランなどの主人と料理人たちだった。参加者には、料理研究家や、大阪の料亭「吉兆」の創業者・故湯木さんもいた。魯山人の器や、満漢全席のクマの手などの珍しい料理もこの会で知った。若くして接した、最高の料理は私の大きな財産になった。

料理人ではなかった私に、料亭の板前さんたちは様々な裏話を気楽に話してくれた。総理や大臣クラスの偉い政治家でも、おふくろの味が大好きで、芋の煮っ転がしなどを喜んで食べていたとか、大企業のトップは貧しい食事で勉強に打ち込んだ人が多く、味覚は全くダメだったとか、とても面白かった。

Nさんに最後に会ったのは私が絵描きに転向した頃だった。
「画家はとても生活が大変ですよ。大丈夫ですか」
彼女は母のことを心配していた。大陸から日本へ引き上げ、焼け野原の東京で大変な苦労をした彼女は、生活のことが真っ先に気になったようだ。その後、彼女は練馬に家を建てて引っ越し、会うことはなくなった。

今日、彼女が住んでいた辺りを工事塀の間から眺めると、建物も鬱蒼と茂っていた木々もなくなっていた。数年後には、その空き地に味気ない高層住宅が建つのだろう。その納得し難い喪失感は、ただ、強引に慣れる他ない。

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東京北社会保険病院庭のクローバーの花。

料理の記憶を辿っているうちに、芝公園の高級中華料理店「留園」を想い出した。中年以上なら、テレビCMの「♪リンリンランラン留園・・♪」で記憶している人は多い。30年程前に「留園」は閉店して、跡地には「留園ビル」が建っている。

創業者は中国の実業家・盛毓度で、戦後、亡命して華僑になった。その時、戦前所有していた大陸の鉄鉱山との関係で、旧財閥系の有力者に支援してもらい、高級中華料理店「留園」を開業した。盛毓度は中国人として誇れるものを後世に残そうと、当時の最高の伝統技術を駆使して「留園」を建てた。

「留園」の個室で知人たちと食事をしたことがある。TVCMで受けていた派手な印象とは大きく違い、調度品から内装まで総てが趣味の良い本物で、大変に落ち着いた印象を受けた。

広い個室の10人は楽に腰掛けられる円卓に4人が腰掛け、窓からの柔らかな自然光の中で食事をした。部屋の隅には中国の透かし彫りのつい立てがあり、その影に給仕係がいて、小さく合図すると、すぐにやって来て世話をしてくれた。あの、静かでゆったりした贅沢な時間を今も懐かしく想い出す。

店は80年代に閉店した後、解体されて中国へ移築された。あれほどの内装は、今再現するのは難しく、頂点を極めた一つだと思っている。経営者はその後、文筆家として名を成した。

S_1S_2クローバーの群落で五つ葉を見つけた。
調べると大金が入るとある。
信じることにしよう。

下はエゴノキ。
見慣れた花だが、よく見ると清楚で美しい。

三陸被災地のNHKドキュメンタリーで、仏教の説教師が被災したお年寄りたちに「般若心経」の「色即是空 空即是色」について、話していた。

改めて聞くと深い言葉だった。
「この世にあるすべてのものは因と縁によって存在しているだけで、その本質は空である」までは知識としてある。

しかし、その先があった。
後半の「空即是色」は、「空」であると知った時から、新しいことが始まる、と言う意味だった。世間では、「空」の虚しい響きだけが強調されているが、本当は希望を持たせるための言葉だったようだ。

捨てることで新しい物事が始まる。確かにその通りだ。近年、「断捨離」が注目されているが、「抱え込んでいる余分なものを捨て去れば、新しい人生が始まる」と言う深い意味があるようだ。

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