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2013年5月 2日 (木)

人の世には、一人で生きられなくなっても長生きする不幸がある。13年5月2日

夕暮れに、アブラコウモリが新河岸川に舞っている。夕空をバックに虫を追う様はいつまで眺めていても見飽きない。街の明かりに集まるユスリカなどが豊富なようで、コウモリたちは1時間程で満腹してねぐらに帰る。

アブラコウモリはとても小さく、1.5センチの隙間があれば棲家にできる。都会は、鉄橋、ビル、工場と、彼らの棲家に適した場所は多い。

日本のコウモリは、他に自然の森を棲家にする中型のオヒキコウモリがいる。
4年前の春、藤原紀香と陣内智則が離婚したころ、スペースシャトル・ディスカバリーの断熱材にしがみついて一緒に飛び立ったのがオヒキコウモリだ。観測者たちは打ち上げの振動で逃げると思っていたが、彼はロケットにしがみついたまま、宇宙まで行ってしまった。その話しは何となく哀れで可笑しく、コウモリを眺めていると想い出す。


先日、NHK番組で一人暮らしの認知症高齢者を取り上げていた。
その一人、一人暮らしの彼は病気入院から回復して、区の係員に連れられて帰宅した。

彼の自宅はゴミが散乱していて、付き添いの係員は一人暮らしは無理と判断した。係員が連れ帰ろうとすると、彼はどんなに不自由でも我が家で死にたいと涙を浮かべた。

散らかった部屋の隅にはステレオセットなどがあり、認知症が始まる前までは、静かな充実した生活があったのだろう。
「何もしないで、このまま死ぬのはいやだ」
彼は何度も訴えていたが、施設へ移送されて行った。

自然界では能力が落ちれば死に直結し、そのような不幸は生まれない。
しかし、人の世には一人で生きられなくなっても長生きする不幸がある。と言っても、どんな金持ちでも権力者でも必ず死ぬのだが・・・

北朝鮮には、首領様が永遠に生き続けられるための専門病院がある。そこには首領様と同じ体質の者が多勢揃えられていて、新薬や最新治療法は彼らを使って治験され、問題がなければ首領様に施される。

そこまでしても、初代首領の金日成は82歳で死んだ。彼が予定より早く死んだのは、その少し前、盟友のルーマニア大統領チャウシェスクが革命で処刑され、そのショックで心臓が急速に弱ったからだ。

蛇足だが、金日成の首の後ろには巨大なコブがあった。常にカメラマンが撮影角度に気を使っていたので、それが写った写真は少ない。良性の腫瘍だが、見栄えが悪いので手術で取り除くことが検討された。

しかし、新聞写真の首領様を子供がうっかり踏んづけたために、一族が強制収容所送りになるような国だ。どの外科医も後難を恐れて尻込みした。医師団が頭を抱えて困り果てていると、知恵者が現れた。
「偉大な首領さまのコブは、天から授かった福コブでございます」
知恵者に褒め称えられて首領様は大満足し、そのままにしておくことになった。

そこまで神格化されては、最高権力者でも息苦しくて不幸だろう。独裁国家で、一番良い目に会うのは目立たないナンバー3以下だ。もし、革命が起きれば真っ先に海外へ逃げて、内幕を書いて稼ぐのはこの辺りの者たちだ。

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今日は風が冷たく、初秋のような空だった。

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写真1。散歩道のスズラン。

とっても小ちゃくて可愛い。
カメラを近づけるととても良い香りがした。

写真2。シラン。

写真3。タンポポの穂ワタ。

高校1年の美術の時間、デッサンで穂ワタを描いたら、教師が絶賛した。

それまで、理科系に進もうかなと漠然と考えていたが、その瞬間、眠っていたものが目覚め、以来勉強は一切止めて、1日中絵を描いて過ごした。
おかげで、学科の点が取れず芸大は落ちた。

写真4。散歩道のツツジ。

このツツジの紅色が母は嫌いだった。
「この花の色は品がなくて嫌い」
母は横を通る都度、そう言っていた。

ある日、
「もって生まれた姿を嫌いと言われたら、ツツジは辛いだろう」
と言うと、
「ほんと可哀想ね」
と、母はそれから悪口を言わなくなった。

このツツジが咲くと、母の悪口を想い出して、傍らを通り過ぎながらクスリと笑ってしまう。


今日の散歩で、知人から認知症の老親の介護の相談を受けた。この問題は答えがない程に深刻だ。知人もそのことはよくわかっていて、ただ、誰かに聞いてほしいだけだった。

30分ほど、話しを聞いて別れた。その解決方法は老親が速やかに死んでくれることだが、彼の親への愛情は深く、死別すれば、更に喪失感で苦しむことになりそうだ。

時折、「もし、母や兄や姉が生きていれば何歳だろう」と考える。父が生きていれば110歳でありえない数字だ。兄は80歳ほど、姉は74歳ほどで、日本では元気でいても当たり前の歳だ。そして母は100歳で、少し無理な歳だ。

母が死んだ年の7月から9月は記録的な猛暑で絶対に忘れることはない、と、そのころは思っていた。しかし、僅か3年で忘れてしまった。その忘却はまさしく「無常」だ。

無常とは・・一切のものは生滅変化して常住ではない。それを理解し受け入れられれば、死や病苦も、どのような苦難にも耐えられる。生きている喜びも素直に味わうことができる。無常は真っ白な紙のように、何でも描ける自由な世界だ。

その考えは今の自然主義にとても近い。ブッダが説いた究極の理想は、永遠の安らぎである涅槃(ねはん)に入ることだ。涅槃は、無常を知り、現実を見据え理解することで到達できる、もし涅槃に至れば、あらゆる苦難も死も怖くなくなるらしい。

受験や仕事で成功するとか、恋が成就するとかの良い変化なら、誰でも努力なく受け入れられる。しかし、失業や失恋やガン宣告など、悪い変化をすんなり受け入れるのは至難のことだ。やはり、常人にはブッタの言葉を実践するのは難しい。

しかし、考えるだけで、ほんの少し気持ちが楽になるのは不思議だ。これは仏教を身近に育った日本人の感性なのかもしれない。

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