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2013年5月 5日 (日)

Eテレ「奇跡の生還に導く声・守護天使の正体は」サードマン現象の癒し効果。13年5月5日

ブログの題名のように、私の生き甲斐は散歩だ。それさえ出来れば、貧しくてもかまわない。どうして散歩がこんなに楽しいのか考えたことはなかったが、昨夕、それを科学的に解明したEテレ番組があった。

NHK地球ドラマチック「奇跡の生還に導く声・守護天使の正体は」によると、多くの人が生きるか死ぬかの窮地に、不思議な誰かに助けられた。それはサードマン現象と呼ばれ、不安を抱えての散歩などの単調な運動時にも起きていた。

散歩については後述するが、危機から生還した人の逸話はどれも興味深かった。ワールドトレードセンター・テロから生還したフランチェスカの場合は・・・

彼が働いていたフロアーに2機目の旅客機が突入寸前、彼は友人からの電話で非常階段に逃れた。しかし、階段には炎が回っていて動けない。暗い非常階段では多くの人が酸素不足に陥っていた。

意識が朦朧として来た中で、誰かは分からないが、心の中に力強い声が聞こえた。
「起きて、自分について来なさい。君を家まで送り届けてあげよう」
彼はその声に導かれ、炎に包まれた階段を3フロァー、火傷をしながらくぐり抜けた。
千五百段の階段を下りて地上に到達して、彼が外へ出た瞬間にビルは崩壊した。彼は迫って来る灼熱の爆風を必死にかわして奇跡的に助かった。

女性海洋生物学者シュワーブの場合は・・・
いつも一緒にダイビンングをしていた夫と死別してから6週間後、バハマのブルーホールの海底洞窟に研究のために一人でダイビングした。調査を終えた時、彼女は帰り道を示す命綱を見失っていることに気づいた。彼女はダイビング歴25年のベテランだが、夫と一緒に潜っていたころは、夫が命綱に注意を払ってくれていたので、見失うことはなかった。

更に、20分残っていると思っていたボンベの空気残量が5分しかない。彼女は恐怖と孤独感でパニックに陥った。そして、もうダメと諦めかけた時に、突然、真っ暗な洞窟が明るくなって隅々まではっきりと見えた。その時、傍らに死んだ夫の気配を感じ、夫の声が聞こえた。
「落ち着いてステファニー。慌てなくていい。大丈夫だ」
夫の力強い優しい声を聞くと彼女は安らかな気分になった。そして、夫に導かれるように、一点を目指して泳いで行くと、そこに命綱があった。彼女は九死に一生を得て助かり、以来、守護天使を固く信じるようになった。

二人とも、窮地に陥っていた時に誰かが語りかけて恐怖を打ち消し導いてくれた。二人とも絶望的な孤独感が消え、一人ではないと安らかな気持ちになった。彼らは、それを守護天使だと信じている。

神経科学の研究者たちは、その現象をサードマン現象と呼ぶ。
古代の人には普通に備わっていた特殊なサバイバル能力で、右脳が起こす現象だ。現代人は左脳で論理的思考をし、右脳で空間認識や芸術的思考を行う。しかし、右脳のサバイバル能力は眠ったままだ。

古代の人々は、遭難などで危機的状況に陥ると右脳が働き始めて、実在しない何者かが現れ、励まして助けてくれた。古代人は、それを神々の導きだと信じていたようだ。敬虔な宗教家も、キリスト教、仏教に関係なく、苦行や危機的な状況で同じような神秘的な現象を体験している。

右脳は主として空間認識に危機的混乱が起きた時に、サバイバルシステムを起動させる。その現象は苦境に陥った自分を冷静に客観視することで、狼狽を防ぎ、冷静に生き抜く力を呼び起こす。

サードマン現象で現れる不思議な誰かは、伴侶・親・子供・親友と様々だ。キリスト教国の米国ではそれを守護天使だと信じている人が多い。近年の統計では米国人の55パーセントは守護天使を信じていた。

最初に書いた散歩とサードマン現象の関係について・・・
著しく老朽化したロシアの宇宙ステーション・ミールにロシア語ができない米国人宇宙飛行士一人が英語の話せないロシア人二人と五ヶ月間滞在していた。
コミュニケーションができない状況で、船内火災、補給船とのニアミスなど重大事故が次々と起きた。彼は心身共に疲れ切って、絶望的な孤独感に晒された。

彼にサードマン現象が起きたのは、火災などの危機的状況ではなく、厳しい現実や強い不安からランニングマシーンに逃避している時だ。

日課のランニングマシーンで走っていると、突然に死んだ父親がはっきりと現れ話しかけた
「ジュリー、お前は立派にやっているじゃないか。子供の頃からの夢を果たしたお前を誇りに思っている」
彼が父親の声を聞いた瞬間、孤独感が消えて不思議な安らぎに包まれた。その後、彼は閉鎖空間での宇宙生活を苦しむことなく続けられた。

科学者の彼は番組で、その現象を脳内のシステムを例に科学的に分析していた。しかし彼は、本当はもっと神秘的な守護天使の出現のような、人知の及ばない現象だと固く信じていた。

研究者によると、不安を感じながら、散歩などの単調な運動をすると、右脳が刺激されて、サードマン現象を起こしやすいようだ。私もそうで、散歩していると、死別した親しい人たちが現れて話しかけて来ることがある。母や兄たちと会話した後は不安が消えて、不思議なくらい安らいだ。

サードマン現象は10人に1人は生涯に一度は経験するようだ。神経学者の実験では側頭頭頂接合部や右脳へ電気刺激を加えると、多くの人がそれに似た幻覚を見ることができる。

シルクロード紀行集に、名前は忘れたが欧米の探検隊がタクマラカン砂漠で遭難した記述があった。
・・・飲み水が底をつきて乾きで死を覚悟した時、記述者の耳に小鳥の鳴き声と水のせせらぎの音が聞こえた。彼は最後の力を振り絞って辿って行くとオアシスがあった。

彼はたっぷり水を飲んだ後、長靴をバケツ代わりに水を汲んで、足跡を辿って仲間の元へ引き返した。すると、驚いたことに仲間までの距離は10数キロあった。死にかけた時、彼の右脳のサバイバル能力が起動して、非常に微細な音を聞くことができて助かった訳だ。

サードマン現象で発揮された潜在能力は、元々、その人の記憶や知識や能力にあったものだ。だからと言って神を否定する必要はない。神を信じられるなら、敬虔に生きた方が合理的で、楽に生きられる。だから私は、努めて信じるようにしている。信仰心が篤い人ほど、このサバイバルシステムは起動しやすく、守護天使は現れやすいからだ。多くの宗教儀式や修行は、古代から人々が無数に体験したサードマン現象の経緯を集大成し、導きだされたものだ。

右脳が刺激されると通常の空間認識感覚を失い、あたかも自分の肉体から離れたもう一人の自分や誰かが存在し、自分を客観視しているように錯覚することがある。この部位は、そのような体外離脱を感じさせる働きがある。

体外離脱とは、臨死体験で魂が抜け、下のベットに横たわっている自分が見えた、などの現象がそれだ。ちなみに、人の脳は死亡後も、脳神経レベルで数時間は働いているとの研究がある。死後も、聴覚、触覚、が生き残っていて、奇跡的に生き返った人が自分の遺体の回りで交わされた会話を覚えていたりして、この「神秘体験」を補強することになる。

しばしば、右脳の起こす神秘的な現象は新興宗教などに空中浮遊などとして利用されたりする。しかし、科学で説明できることだと、常に念頭に置くべきだ。
ただし、生きるてだてとして、神秘現象を信じることが間違っているとは思わない。人の命は限りがあり、科学では絶対に人生の苦悩は救えないからだ。科学では死への恐怖から救われない以上、神や神秘的な現象を信じることは合理的だと思っている。

この研究は、TLS(閉じ込め 症候群)患者への朗報になるかもしれない。TLSは、意識は明瞭なのに、総ての筋肉が力を失い、話すことも目を動かすこともできず、暗闇の生き地獄に閉じ込められている恐怖の世界だ。その患者の右脳を刺激することで守護天使か誰かが現れ、苦しみから救ってくれるかもしれない。

この番組を見てから終末期への考えが変わった。
2010年の4月30日に絵描き仲間のM氏が死に、7月1日に在宅で母を看取った。M氏の未亡人は、彼が死ぬ前に涙を一筋流したと話していた。それを聞いた時、それはこの世との惜別の涙と思った。

しかし今は違う。その時、先に逝った大切な人がサードマン現象として現れて、彼は涙を流していたのかもしれない、と思っている。
母も死の2日前、ハラハラと涙を流した。その時、母は大好きだった祖父か、早世した長兄が現れたのかもしれない。だから私は、自分の終末期には、先に逝った母たちが現れて、苦しみを和らげてくれると信じている。

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「おじいちゃんのバス停」3番目シーン。
おじいちゃんが昔住んでいたドングリ山の思い出。

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新緑の散歩道。

こどもの日はちまきを想い出す。私の育った南九州では生のクマザサの葉で餅米粉を枕型に包んで蒸したものだった。私は、できたて直ぐより、日を経て固くなったのを焼いたのが好きだった。クマザサの緑色と香りが移った、焼きたての香ばしいちまきをこの季節になると必ず想い出す。

九州の柏餅は柏の葉ではなくガメの葉-サルトリイバラの葉-を使っていた。特有の良い香りがして私はこちらの方が好きだ。東京では季節限定で、物産展やアンテナショップで売られている。

4日の午前中、ぼんやりテレビを見ていたら渡辺正行氏が出ていた。劇団七曜日の宣伝美術をしていたころは、年に数回は会っていたが、辞めてから20年以上会っていない。最近はテレビ出演が減って、久しぶりに見た気がした。

昔はエネルギシュに尖っていたが、久しぶりの彼は老成して穏やかに見えた。番組では屋久島の縄文杉を尋ねる旅をしていた。体を鍛えているようで、以前よりスリムになり、バテずにレポートしていた。

その後、Eテレで「羊のショーン」を見た。ニワトリの鳴き声で目覚めるシーンがあったが、そう言えば子供の頃は、ニワトリの朝鳴きで目覚めていた。今の田舎には、放し飼いのニワトリは殆どいないので、そのような目覚めはないかもしれない。


Ma_3

Ma_4

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Goof

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