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2013年7月15日 (月)

猛暑のお盆に、乾いた熱風とともに50年来の知人の来訪。と故障したiPod touchへのMac銀座店の対応。13年7月15日

昨日も、午後に猛烈な夕立がやって来た。大きな雨粒が新河岸川の川面を波立たせているのが清々しい。驟雨は嫌な気分を洗い流し、涼しい大気を残して過ぎて行った。

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風向きがベランダ側からだったので、濡れずに玄関前から撮ることができた。橋の上は埼京線北赤羽駅。

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今日も猛暑だったが、乾いた風が心地よい。これから夏は盛りなのに、空に秋の気配を感じた。今日は大気が澄んでいて、写真には入っていないが、右手にくっきりとスカイツリーが見えた。

先週の土曜、iPod touchのヘッドホンジャックが壊れたので、修理に池袋のビックパソコン館へ持って行った。買ってから1年以内の保障期間中だ。故障しない丈夫な国産品に馴染んで来た世代なので、最近の外国産品の壊れやすさは嫌になる。品質のばらつきより低価格重視で、壊れたら取り替えれば良いとの設計思想によるものだ。このiPodは2代目で、初代も保障期間を過ぎてすぐに壊れた。初代は有料修理を考えたが、買い替えを予定していた最新Mac-OSに対応していないと聞いて、この iPod touch を買った。

地下にある修理受付は、銀行並みに番号札を取っての順番待ちだった。やっと私の番が来てiPodを示すと、「これはマックの修理工場へ送りますので、こちらからだと2,3週間は余分にかかります。Mac銀座店へお持ちになる方が断然早いですよ」とのことだった。久しぶりに銀座も良いなと思って、その足で銀座へ向かった。

Mac銀座店は連休初日で大混雑していた。修理を告げると、中国人女性店員がノートパソコンを差し出して、名前とメールアドレスなどを入れるように言った。画面タッチ式のキーボードは仮名入力なしで使いづらい。慣れないローマ字入力をしている間、店員は他のスタッフと英語で雑談していた。

バタ臭く薄っぺらな、この雰囲気はまったく馴染めない。若者なら、グローバル化を楽しむのだろうが、米国文化を一生懸命模倣しているアジア人は、私は好きになれない。

情報を入力し終えて示すと、
「1時間待ちですので、そこらで遊んで来てはいかがですか」と、女子店員は笑顔で言った。

修理を受け付けるためだけに1時間も待たせるとは、Macはそれほどに故障が多いのか。私のiPod touchの故障はヘッドホンジャックの接触不良で、店員とやり取りした短時間で確認できるもので専門家の説明は不要だ。その合理性に欠けるシステムに憮然として、銀ぶらで楽しむ気分は失せた。腹立たしかったが、「平日の暇な時間に出直します」と、そのまま持ち帰った。

iPod touchは毎日の散歩で音楽を聴くだけではなく、お客さんに画像を見せるのにも重宝している。故障が直るまでの間に合わせに、帰りに、クリップ式で最小のiPod shuffle 4800円を、ビックカメラで貯まったポイントで買った。この機種は選曲が面倒なので、よく聴く少数の曲目だけ入れて聴いている。気のせいか、ちゃちな製品並みに音も軽薄な感じだ。

昔は電気製品を修理に出すのに、順番待ちをしたことなどまったくなかった。昔の日本製は高かったけど、10年使っても故障しなかった。商品サイクルが短い今は、耐久性がなくても安い物が良い、と意識が変化したのだろう。しかし、この無駄遣いはどうしても受け入れ難い。


今日のお昼前に、Yさんから「お盆なので訪ねたい」と電話があった。Yさんとは50年来の付き合いで、母とも親しかった。

電話の中で、「寝起きなの」と聞かれたので、「起きてからは数時間は経っている」と答えた。多分、今日、始めて人と話したことと、営業の電話と勘違いしたせいで、ぶっきらぼうになっていたのかもしれない。

目覚めたのは6時だった。午前2時就寝なので眠り足らず、朝刊を読み、「あまちゃん」を見終えて政見放送が始まるころに二度寝していた。

夢の中に、久しぶりに母が出て来た。母は近所の人に、みんなの党の政策を滔々と話していた。二度寝した間の渡辺代表の放送が夢に混入したようだ。

その後母を、川沿いの道を散歩させた。実際の散歩は車椅子だったが、夢の中の母は普通に歩いていた。その光景は、これまで何度も夢に出て来る。土手の土の道が橋のたもとへ続いていて、橋から右手に行くと昔の商店街があって・・・それは過去に訪れた地方都市なのだろうが、どうしても想い出せなかった。

S_1ミント寒天にヤマモモリキュールをかけたもの。

寒天は、東京北社会保険病院屋上庭園で摘んだスペアミントを、寒天の熱い溶液に浸してミントの香りを移した。

生ミントは長く浸しておくと青臭い雑味が出てくるので、しんなりしたら素早く取り除く。

ヤマモモリキュールは東京北社会保険病院庭で摘んだ実を、たっぷりのグラニュー糖と強い焼酎に漬けて作ったもの。甘く爽やかな香りがして、とても美味しい。

Yさんは午後に車で訪ねて来た。車なので、アルコール抜きのキウイ入りのミント寒天と自家製の甘くないアイスコーヒーを出した。こちらも爽やかで、とても美味い。

彼の父親は日本橋育ちの江戸っ子で洒脱な感じの飾り職の職人さんだった。彼は2代目だが飾り職は衰退業種で彼の長男はデザインの仕事をしている。陶芸・機織り・漆と、工芸職人の家系は、子供がデザイナーになるパターンがとても多い。

彼と話していると、「三丁目の夕日」で描かれたような、高度成長期からの元気の良い東京が蘇った。話しは自然に、すでに鬼籍に入っているYさんの父親や、私の母や、関わりのある知人たちの思い出になった。そして、最後はいつものように互いの病氣の話しになった。

Yさんが帰った後、ふいに共通の知人と話したくなった。しかしすぐに、その人も死んでいたことに気づいた。そのような空虚感が、これからはますます増えて来そうだ。

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