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2013年7月24日 (水)

下関の塩ウニと、故障したiPod touchの交換と、涼しい銀座。13年7月24日

昨日は暑かった。午後に夕立が来たが、熱い舗道を濡らしただけで通り過ぎ、大気は蒸し風呂のようになった。

今日は小雨が時折落ちていたが、最高気温28度で汗はかかなかった。東北の梅雨前線が南下した雨で、今週中は続く。東京は水不足なのに、からりと晴れた日が少ない変な夏だ。

九州の姉から、下関の老舗の塩ウニが届いた。今は輸送方法が発達して、世界中何処でも生ウニを食べることができるが、昔はウニと言えば、塩ウニか蒸しウニなどの加工品ばかりだった。

塩ウニは塩漬けして水分を抜いて、少量のアルコールを加えて固く練ったものだ。私はこれを、ご飯のお焦げに塗って食べるのが好きだ。他に、イカの細切りとあえても美味い。以前、来訪した酒に弱い友人に塩ウニを供したら、その微量のアルコールで酔っていた。

蒸しウニは東北以北では一般的だ。20代の頃、三陸へ旅行すると、小型のアワビの殻に山盛りに詰めた蒸しウニを何処の魚屋でも売っていた。値段は1個300円と安いので、5,6個買って腹一杯食べ、濃厚な旨味を堪能した。今は1個1000円以上はするので、そうはいかない。東京では珍味コーナーで缶詰にした蒸しウニを売っている。缶詰はやや水っぽくて味は落ちる。

昔は、生ウニは生産地に近くないと食べられなかった。海辺で育った私は、子供の頃は磯へ行って海中からウニを拾い、穴をあけ、スプーンで生ウニをすくって食べた。波が打ち付ける磯は危険なので近づけないが、波のない岩棚の水路にもウニはたくさんいたので、子供でも魚取網で簡単に拾えた。

姉にお礼の電話を入れると、最近、朝ドラの「あまちゃ」の大ヒットで、ウニの売れ行きが良く、手に入りにくいと話していた。

姉の主人、私の義兄にあたる人は島根の宍道湖近くの旧家の出だ。その老夫婦が久しぶりに実家を訪ねた。実家と言っても、築400年の空き家で、住む人は居ない。しかし、屋根がしっかりしているので、内部は傷んでいなかった、と話していた。

昔、姉がその家で婚礼の式をあげたこと。近くに小泉八雲の家があったこと。前に宍道湖、後ろに大山と風光明媚なこと。旅行で疲れ果てて帰って、今は横になって休んでいたこと。姉は嬉しそうに次々と話した。そして、合間合間に話している内容や地名がおかしくないか、私に確かめた。
「大丈夫だよ。どこも間違えていない」
答えると姉は嬉しそうだった。姉は数年前に軽い脳梗塞で倒れた。幸い対処が早くて後遺症は殆どない。それでも、記憶が衰えたのではと気にしている。

「マーちゃん。絵を描くのに広い場所が必要でしょう。
空き家になっている実家を使ってくれると嬉しいんだけど」
最後に姉はそんなことを話した。

貧乏絵描きには嬉しい提案だが、私は東京が大好きだ。
もし、今より20歳若ければ考慮するかもしれないが、老いてからの田舎暮らしは厳しい。病院も少なく、冬の雪下ろしも大変だ。更に嫌なのは、ディズニーランドにも、銀座での知人たちの個展にも行けなくなることだ。そんなことを話して断ると、姉はがっかりしていた。

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今日の緑道公園。この百日紅の下に母の車椅子を置いて、毎年、写真を撮っていた。
私にはこの石畳の歩道に、いつも母の笑顔を感じる。

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月曜は、新橋の姉の店へ届け物に出かけた。
ついでに有楽町で下車して、iPod touchの修理にMac銀座店へ寄った。写真はソニービル前の交差点。右ビルの電光表示板に28度とある。今年の夏は涼しい。

先々週の土曜のMac銀座店の修理相談は1時間待ちだったが、今回の月曜は待ち時間無しだった。修理コーナーは4階にあった。広いスペースに10脚ほどの丸テーブルがあり、それぞれ3,4人の客が修理相談のために腰掛けていた。

私の故障はイアホーン・ジャックの接触不良に寄る簡単なものだ。担当の女の子から色々質問があった後、1年の保障期間内なので新品と交換すると言われた。

既に市販していない旧型で在庫は豊富なようだ。それなら修理するより交換の方がコストは安い。担当者は奥に行って、すぐに新品を持って来た。Mac銀座店へ持って行ったのは二度手間がなく正解だった。

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写真は有楽町辺りの高架下の焼き鳥屋。

姉の店で夕飯を食べ、雨が降る前に辞した。
再度、銀座方面へ歩いた。この界隈は大人の街で落ち着く。

駅前のビックカメラに寄って、お中元に貰った商品券でプリンターインクと用紙を買った。
赤羽に着く頃には、雨は本降りになっていた。

S_2S_3S_1散歩道のカンナ。

この南国的な花は好きだ。
昔はどこにでも咲いていたが、最近少なくなった。

仕事部屋の掃除をしていたら、古い桜並木の写真が出て来た。

40年昔の、ピンぼけの銀塩フイルムの写真で、桜の幹は細く、若木ばかりだ。
なぜこんなピンぼけを残したのか分からない。
多分、捨て撮りの写真を間違えて紙焼きしたのだろう。

今日、同じ道を通ったので、同じ桜並木を撮った。
上写真と比べると、左手の柵が錆び付き、右の桜並木は太く大きく成長している。

錆びた柵の内側は古い都営団地。
今、住んでいるのは老人ばかりだ。
当時、彼らは50歳前の働き盛りだった。

他にも、そのころの若くてノーテンキな自分の写真も沢山出て来たが、懐かしさはなかった。今よりずっと豊かで生活は安定していたのに、その時代に戻りたいとはまったく思わない。貧乏でも、やりたいことができる今の方がずっと良い。しかし、40年の年月は長い。その間に旅立った親しい人たちを想い出すと、やりきれなく寂しい。

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