« 東京オリンピック決定に老人は過去へ若者は未来へ思いを馳せる。13年9月8日 | トップページ | 1日刻みの幸せと、日本のもの作りの強さはオノマトペにあった。13年9月15日 »

2013年9月12日 (木)

世俗と比べると、宇宙で起きることは壮大過ぎる。13年9月12日

米国の同時多発テロから12年が過ぎた。あの時は、ツインタワーに突入して行くボーイング機を「ああああ」と信じられない気持ちで見入っていた。あの一連の報道は昨日の事のように記憶している。

あの時、吹雪のように舞う断熱材のアスベストやロックウールの粉末に、逃げまどう人たちは灰色にまみれていた。12年過ぎて、粉末を吸った人たちに症状が出る頃で、不安は今も持続しているだろう。あれは世界最強の国の、生活も命も保護されているエリートでも、いつどうなるか分からないと知った事件だった。

あとどのくらい元気で生活できるか、個人差・世代差はあるが、漠然とした確信は誰にでもある。若者なら10年くらいは元気で生活できると確信し、私の世代なら生活は一生安泰ても、健康への自信はせいぜい2,3年先までだ。その一方、私の確信は短く、後3ヶ月生活できるなら幸せを感じる。

地球の世俗と比べると、宇宙は壮大過ぎて想像を絶している。
先日、北見工業大チームがオリオン座の1等星ベテルギウスが、70年代の観測より3倍に膨らんでいるとの観測結果を発表した。ベテルギウスは今、星の一生の最後の段階で超新星爆発が近い。ただ、終末期でもこれほど急激に膨らむことは理論的に考えにくく、観測チームは星から噴出したガスが光って大きく見えたと推測している。しかし、それだけでは説明がつかない何か大きな変化が起こったのは確かで、現在究明中のようだ。

ベテルギウスは冬の大三角形の頂点の一つだ。もし太陽の位置にあったとすれば、今、木星の軌道ほどの巨大な赤色超巨星に膨張している。

仮に大爆発寸前だとしても、天文学での寸前は1万年単位の幅があり、我々の世代が体験できる可能性は小さい。ベテルギウスは640光年離れているので、640年前に爆発が起きていないと今観測できない。もしかすると、既に大爆発は起きているかもしれない。それを確かめることは、光より早いものはないとされている現代物理学では不可能だ。

大爆発が起きるとベテルギウスから25光年の範囲は焼き尽くされ総ての生命は消滅する。その大爆発は人類が経験する最大の超新星爆発になり、二つの太陽が輝く壮大な天体ショーが見られる。その時、2週間は太陽のように強く輝き地球上から夜空がなくなる。

古代に起きた6000光年離れた超新星爆発では大量のガンマー線が地球を直撃してオゾン層を破壊し、大繁栄していた三葉虫が絶滅した。ベテルギウスまでの距離は640光年なので更に強烈なガンマー線が到着する。幸いにもガンマー線はベテルギウスの自転軸方向に狭く放射され、地球はその方向から20度ずれているので実害はない。

1054年に起きた超新星爆発は藤原定家の明月記や中国の歴史書に記述されている。その時は23日間、昼間でも眩しい星の輝きが見え、22ヶ月後に見えなくなった。かに青雲がその超新星爆発の残骸で、幅は6光年で中央に回転する中性子星(パルサー)がある。この残骸のガスは現在も毎秒1100kmの速さで膨張を続けていてる。

中心の中性子星の質量はとてつもなく大きく、角砂糖ほどの重さが5億トン以上あるものも発見されている。もしそのかけらを手にしたら、一瞬で掌も鋼鉄の床も地殻も絹ごし豆腐のように抵抗なく突き抜けて落ちて行くはずだ。

宇宙の話題はどれも壮大過ぎて、地上の悩みも私の悩みも、総て些少に見える。我々の太陽も最後は膨張して地球を飲み込み超新星爆発を起こす。広大な宇宙ですら最後はダークエネルギーによって素粒子にまで破壊される。

それらのダークマターやダークエネルギーは我々の体を含めどこにでもあり、宇宙全体の96%を占めているのに現代科学で観測できない。我々が触れたり見たりできるものは、宇宙のたった4%だけだ。

総てのものは永遠ではなく、いずれ滅びてしまう。その一方、世俗の些細なことから宇宙まで認識している自分はもう一つの宇宙の中心と言える。だからこそ、しっかりと生きることが大切なのかもしれない。

M_7

都営桐ヶ丘団地の公園。
ベンチもブランコも夏草に埋もれている。
遊んでいる子供には滅多に出会わない。

先日の深夜放送でETV特集「ガタロさんが描く町・清掃員画家のヒロシマ」を見た。番組予告では「社会の底辺で骨太の絵を黙々と描き続けるホームレス風の画家」との先入観を与えていた。

ガタロ氏63歳は広島の爆心地近くにある基町商店街で30年間清掃員を続けながら絵を描き続けている。画材は総てゴミとして捨てられていたものを使い、画題はモップや雑巾など自分の掃除道具だ。
「汚れたトイレを文句一つ言わずに磨く道具たちほど、美しいものはない」と彼は話していた。
他にも、被爆二世、朽ちた原爆ドーム、商店街で見かけたホームレスなど、人々が顧みないものを画題にしてきた。番組は被爆地で生まれ清掃員をしながら黙々と描き続ける底辺の画家として描いていたが、彼は豊かで幸せな家庭人で番組の意図とは違っていた。

彼は午前4時から商店街が開く9時前まで5時間ほど働き、週休二日で給与は15万。63歳の時給としてはとても良い。先日、近所の幼稚園で用務員を募集していたが、5時間労働で月8万5千円と彼の半分ほどだった。

彼の愛する妻は精神病院の看護師をしていて、二人の収入を合わせると高額になる。息子は成人して家を出ている。彼は作品集を自費出版していたが、カラー刷り本は高額で貧乏人では負担は無理だ。自宅での彼は小綺麗な服を着て芸術論を能弁に語り、決して底辺の人ではなかった。

彼の作品は骨太で力強く画家としての魅力もある。番組で取り上げられたのをきっかけに日本のルオーとして絵が売れるかもしれない。底辺の画家とか、被爆地とか、ありがちな先入観を与える手法はガタロ氏に失礼だと思った。堂々と、才能ある画家として番組は取り上げるべきだった。

Ma_3

Ma_4

Ma_5

|

« 東京オリンピック決定に老人は過去へ若者は未来へ思いを馳せる。13年9月8日 | トップページ | 1日刻みの幸せと、日本のもの作りの強さはオノマトペにあった。13年9月15日 »