« NHK神の数式・古代ギリシア人が神としてあがめた完全数496は現代物理学のキーワードでもあった。13年9月24日 | トップページ | 母の手編みの絨毯は我が家の歴史。中国バブル崩壊の足音。13年9月30日 »

2013年9月27日 (金)

眠れない夜にやってはいけないこと・もの思う秋。13年9月27日

私は若い頃から長年、不眠症で悩んでいる。先日のためしてガッテン「極上の熟睡感・グッスリ朝まで眠る術」でも、同じように3000万人が不眠に悩んでいた。番組では、不眠にまつわる常識の間違いを指摘していた。

「7,8時間眠らないといけない」
これは若い人の睡眠時間で、熟年以上なら実質6時間で十分だった。

「横になるだけでも体は休まる」
大きな間違いで、床の中で眠れずに悶々とするのは絶対にやってはいけないことだ。それを続けると寝室は眠れない場所だと意識に刷り込まれ、いつまでも眠れなくなる。眠れない時は寝室から出て、眠くなるまで違うことをするのが正しい対応だった。

他に午前中の光を浴びる。殊に膝の裏に光をあてると目覚めと眠りのリズムが正常化する。
毎日、表に眠っている時間と起きている時間を書き込み、自分の睡眠の実態を客観視する。
上半身の腕、肩、背筋、腹筋、に力入れて緊張させて5秒。その後、力を抜いて15秒リラックス。その心地よい開放感を記憶しておくと良く眠れる。早速、その体操を実行してみると、確かにすーっと楽に眠れた。

眠くなるまで床に入らない、起床時間を守る、その二つは実行しているが、言われるほどに簡単ではない。しかし、母の介護をしていた頃は、睡眠4,5時間と過労気味だったので寝付きは良かった。十分に疲労していたら誰でも簡単に眠れる、が不眠症克服の一番の方法のようだ。

M_1

昨日午後の奥秩父遠景。
太平洋上の台風へ大陸の冷気が吹き込み、急に秋が深まった。ベランダからの雨上がりの風景にデジャブのような懐かしさを覚えた。

20年近く昔、雑誌に詩と絵を連載していた。

 雨上がりの町は 思い出が透きとおって見える
 すみずみまで よく知っていると思っていたのに
 失くしたものに 何度もつまずいてしまう

雨上がりの風景を眺めていて、この詩を思い出した。

一人暮らしになって、人と話さなくなってから、ふいに先に逝った者たちが話しかけて来ることがある。「虫が鳴いている」とか「彼岸花が綺麗だ」とか「〇〇さんは亡くなったんだね」とか日常のできごとだ。私は独り言のように受け答えしているが、会話が仕事や生活の邪魔にならないのが、却って寂しい。

最近、テレビ番組も週刊誌も、老後と死の話題が増えた。私も最期の迎え方だけは真剣に考えている。

終末期に絶対にやって欲しくないことは、胃瘻、輸液、人工呼吸器などの延命治療だ。在宅で看取った母のように、短い寝たっきり期間の後、すーっと自然死したいと思っている。しかし、今の住まいは必ず出なければならず、一人暮らしだし、私ほどの介護能力のある身内もいないし、在宅で最期を迎えるのは絶対に無理と思っている。

死に対する恐怖は、祖母と両親を介護して看取ったおかげでまったくない。限界まで精一杯生きたら、自然な死を迎えられることを肉親を看取って学んだ。葬儀についても考えが変わった。本当の別れは生きている内に済ませることで、介護することが一番の別れになると思っている。


S_1S_2今年の彼岸花は、秋分の日に合わせるように見事に咲いた。

雨しずくを纏った花は色鮮やかで美しい。

散歩帰り、公園の椎の木の下に椎の実が沢山落ちていた。

拾っても拾っても、風が吹き抜ける度、パラパラと落ちて来た。

黒くて尻が白い新鮮な実を選んで拾った。

10分ほどでビニール袋が一杯になったので止めた。

水洗いの時、水に浮いたのは虫食いがあるので捨てるが、今年は殆どなかった。

炒っても弾けない虫食いの実もまったくなかった。

今年の椎の実はとても質が良いようだ。

香ばしくほの甘い実を噛み締めると、1年前に食べた記憶や、母が元気な頃、初物を美味しそうに食べていた姿を、昨日のことのように想い出した。


夕暮れにはEテレの若者番組「Rの法則」を仕事をしながら見ている。
公募などで選別された10代の可愛い男女を集め、高校生が抱えている身近なテーマをワイワイやっているトークバラエティで、見ていて、とても楽しい。

10代の彼らを見ていると、フランコ・ゼフィレッリ監督1968年「ロミオとジュリエット」のテーマ曲の歌詞を想い出す。テーマ曲はニーノ・ロータ作曲で、映画と同じように大ヒットした。

・・・バラは咲き やがて朽ちる
 若さも同じ そして 乙女の美しさも
  あの甘い微笑みは 時が来れば消える・・・

この歌詞が出演している若者たちに重なる。彼らは若い瑞々しさをあまり自覚していない。贅沢なくらいに若さを無駄遣いしている姿は、若い頃の私たちもそうだったので、見ていてちょっと切なくなる。

映画では、ロミオはレナード・ホワイティング、ジュリエットはオリビア・ハッセー。シェークスピアの設定ではジュリエット14歳でロミオはそれより少し年長だ。演じたオリビア・ハッセーの実年齢は17歳、レナード・ホワイティングは18歳で、歴代作品の中で一番設定年齢に近い。

14歳と16,7歳との恋と結婚は、今なら若すぎるが、シェイクスピアが書いた16世紀末は平均寿命は40歳ほどで、決して幼いとは言えなかった。ジュリエットの母親は28歳で父親は30代前半。作品中の彼らは成熟しきった風貌をしていた。

それほどに短命な時代に、絢爛たる文化を今に残しているのは驚くべきことだ。当時の建築・工芸・芸術を担っていた職人や芸術家たちは30歳前後で、現代なら下働きをしている年齢だ。そのように早く技術が成熟したのは、10歳前後で弟子入りし、20歳で一人前になり、30歳前後で親方になっていたからだろう。

当時は、14歳のジュリエットの青春は残り2,3年で終わり、後は子育てと家事で死ぬのを待つばかりの人生だった。物語では二人の出会いから死に至る期間は1週間程だ。その短い間に濃密に愛し合い、結婚し、手違いで死んでしまったのは、そのような時代背景があってのことだ。

当時は、時間を惜しむように恋をして、仕事をしないと人生は一瞬に終わっていた。だから、ロミオとジュリエットは必死になって熱い恋に突き進んだのだろう。

当時と比べると、現代人は長い人生を無駄に怠惰に過ごしているように思える。激しい恋いを知らず、可もなく不可もなく老いて、緩慢な死を待つばかりの人生になってしまったら実に寂しい。だから、いつ人生が終わっても良いように、今日1日を全力を尽くして生きようと思っている。

Ma_3

Ma_4

Ma_5

|

« NHK神の数式・古代ギリシア人が神としてあがめた完全数496は現代物理学のキーワードでもあった。13年9月24日 | トップページ | 母の手編みの絨毯は我が家の歴史。中国バブル崩壊の足音。13年9月30日 »