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2013年10月28日 (月)

久しぶりの好天。現代アートと「朝まで生テレビ」での原発処理。13年10月28日

仏壇の水を替えに母の部屋に行くと、朝の光りに溢れていた。外気は冷たく、陽射しの温かさに懐かしさを覚えた。先週は雨雲に覆われた日々が続いたので、この明るい陽射しは本当に心地よい。陽光の中の散歩も最高に良かった。幸せはそのような日常的なことにある。

ワイドショーの今日の話題はみのもんたの次男・元日本テレビ社員の窃盗未遂事件だった。いつもは糾弾している側の彼が俎上に載せられるとは夢にも思ってもいなかっただろう。彼の住まいは鎌倉の高級住宅街の2000坪の豪邸だ。年収は50億。朝のワイドショーのギャラは1本で600万。局側は遥かに多くの利益を得られるから彼に高額ギャラを支払らう。しかし、年収200万以下の貧困層には気が遠くなりそうな額だ。

みのもんたの財産は、今の人生を幾度となく繰り返せる額だ。しかし、ストレスだらけで血糖値に弱点のある彼の余命は良くて20数年だ。健康な生活となるとその半分にも満たないだろう。

彼を見ていると、先日書いた、アフリカの狩猟採集民のハッザの人たちを思い出す。彼らに将来への希望について聞くと、「朝起きたらそれだけで幸せだ。明日の幸せは明日にならないと分からない」と答えていた。彼らが言うように、今日が幸せなら明日はどうでもよい。明日のことは明日になってから考えれば良い。その単純なことが現代人には難しい。

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公園の陽射しに照らされた柔らかな草原を眺めていると何かが足にタッチした。下を見るとおじいさんに連れられた可愛いワンコだった。ワンコは陽射しの中を楽しそうに駆けて行った。

土曜深夜Eテレの深夜番組「いま芸術は・クリエイター原論2013」では若手アーティストたちがアートについて対談していた。出演は映像音楽作家・高木正勝、アーティスト・スプツニ子、小説家・平野啓一郎の3人。

私はアートは社会に必要なものではなく、どうでもよいものと思っている。番組は彼らが深く語れば語るほどに、アートの本質から遠ざかって行った。

アートの定義は、人が作ったものを他人が感動したり共鳴したりするならそれはアートだ。自分の世界の中だけで完結し、外へ発信しなければアートではない何でもないものだ。アートは誰でも作れるもので、言葉の代わりになるもの・・・と思っている。

アーティストは、作ったものが換金性があるか、十分な財産があるか、裕福な支援者がいて作品を作り続けられる人のことだ。だから、誰でもアーティストにはなれない。

その後100分de名著松尾芭蕉「おくのほそ道」の録画を見た。
平野啓一郎の理路整然とした長文より、"閑さや岩にしみ入る蝉の声"の一句に惹かれた。アーティスト・スプツニ子は美人だが、その頭でっかちの立体作品より、そこらの路傍に立つ無銘の石仏の方が心を打つ。映像音楽作家・高木正勝のハイテク動画より連ドラの「あまちゃん」の方が圧倒的に楽しい。

それが一般人が現代アートに抱いている感覚で、権威に盲動されてひれ伏す必要はまったくない。主体は鑑賞する側にあり、我がままに自分本位であるべきだ。権威に裏付けされないと認められないような多くの現代アートは、ただのがらくたにすぎない。

それにしても、「おくのほそ道」のゲスト・内山理名は良い女だ。対談は畳の部屋だったが、彼女の素足はとても新鮮だった。


最近1時前に寝るようにしているので、先日の「朝まで生テレビ」は録画で見た。生で見るとCMが入るし、冗長で不毛な会話も多いが、録画で2倍速で見ると時間の節約になる。

討論の内容は止まらない一日400トンの原発汚染水、小泉元総理の「原発ゼロ発言」、廃炉・除染・放射性廃棄物・被災者の帰還・賠償についてだった。しかし、過去の討論の繰り返しで目を見張るような新しい意見はなかった。それは原発事故処理は時間のかかる極めて地道なものだから仕方がないかもしれない。

莫大な処理費用の捻出については意見が分かれていた。安全性の高い原発から再稼働させて電気料金で賄う。もう一つは国費を投入する。前者は反対派の、後者は国民の反発を受けるだろう。人命と健康は何よりも大切なものだが、実現となると、その費用はどこから調達するかが重要になる。

被ばく線量年間1ミリシーベルトが除染の目標値になっているが、この達成不可能な数値が逆に帰還を難しくして、福島県民を苦しめていた。この数値は事故によって発生した被爆線量と自然にある地表からの被爆線量を足したものだ。空気中のラドンからと宇宙線と食物からの自然放射線被爆は除外してある。この規制は二重構造でとても分かりづらい。

自然被曝線量は、英国と日本は世界では低い地域で年間1.5ミリシーベルト。世界平均は年間2.4ミリシーベルト。高い方ではノルウェー年間4.1ミリシーベルト。ヨーロッパでの最高はフィンランド年間7.5ミリシーベルト。以上のように日本の5倍以上の地域はいくらでもある。

地表からと人工放射線量を足して1ミリシーベルト以下に保てる国は少ない。単純に考えて、地球の平均自然放射線量より低い、被ばく線量年間1ミリシーベルトに除染することは非現実的だ。たとえ国家予算を全部つぎ込んでも不可能に思える。ちなみに、上記の先進国での発癌率の差は殆どない。

出席者の一人が福島では被爆による甲状腺がんが発生していると発言していたが、科学的ではない。被爆起因のガンが発生しても3年では、診断できる大きさにまで成長していないからだ。発ガンの原因は事故被爆以外だと考えられる。後、5,6年すれば事故起因のガンが見つかり始めるが、数が少ないのでそれを他と区別して特定するのはとても難しい。

被災者からの前向きの意見もあった。原発周辺の高線量地域の除染は最後にして、低線量地域から除染してほしいと言うものだ。政府寄りの出席者は、自分たちもそう思っていたが、それを言ったらマスコミから袋だたきにあうから言えなかったと賛同していた。

大まかに纏めると、原発事故処理は経済問題だ。国民は生活を大きく犠牲にするほどの事故処理負担は望んでいない。かと言って、原発を再稼働させて電力料金の増収分を収拾に当てる計画も反対されている。ではどうすれば良いのか「朝まで生テレビ」では結論が出ないままに終わった。

人中心から野生へ視点を変えると、原発事故は別の姿を見せて来る。原発事故で人がいなくなった地域や海では急速に自然が回復している。人と比べ寿命の短い彼らには、今の線量は殆ど影響がない。野生動物たちが事故によって人から自然を取り戻したのは皮肉な結果だった。

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