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2013年10月 6日 (日)

秋雨に思う。19世紀のスーパーフレアは実害はなかったが、今なら現代文明は壊滅する。13年10月6日

無類のSF好きなので、先日TBSで放映されたスーパーフレアをテーマにしたSF映画「ノウイング」は見逃さなかった。

映画で起きた地球を焼尽すほどの超巨大なスーパーフレアは現実に起きる可能性は低い。しかし、大きめのフレアは今も定期的に起きている。そのようなフレアは太陽から時折吹き出す大きな炎で磁気嵐を起こし、地球の通信網を混乱させる。その爆発エネルギーは普通のフレアでも水爆10万〜1億個に相当する。

1859年に起きた数百年に一度のスーパーフレアの時は、電気が一般に普及する以前だったので大して実害はなかった。しかし、総てが電化された現代にその規模のスーパーフレアが起きたら、電機・電子系統に大規模な電磁パルス被害が出る。そうなれば変圧器は溶融し電力網、携帯電話、テレビから駅の自動改札まで総ての電子機器は破壊される。コンピューター管理された工場の生産は止まり、電子化が進んだ車も船も飛行機も、インフラも医療機関も機能停止に陥る。そうなれば現代文明は一気に19世紀へ後退する。ちなみに、その規模のスーパーフレアは、数週間程度のニアミスならしばしば起きている。

軍事施設は核爆発で発生する電磁パルスに対して防護されている。核爆発で発生する強烈なガンマ線は高層大気と地磁気との相互作用で強力な電磁パルスを発生させる。
しかし、一般の電子機器に保護カバーを施すのは高コストで難しい。せめて、必要最小限の電子機器は電磁パルス防護が施された倉庫に備蓄する必要がある。ちなみに、太陽観察とフレアの予測は日本の研究機関は伝統的に優れている。

人類史上、スーパーフレアにしばしば遭遇して来たが、どれもアナログな時代だったので実害はなかった。電気と電子機器に頼りすぎている現代では、19世紀に起きたようなスーパーフレアに備え、アナログな工作機械や車や手工業的な技術を残しておく必要がある。

北海道で盛んな輓曳競馬もそのような事態へ備え、優秀な農耕馬を残す目的がある。現代医療の殆どは電子機器に頼っているが、こちらも、聴診器や触診に寄るアナログな診断技術を保持すべきだ。すべてが回復するまで、総力を尽くしても3年4年とかかる。その間、生活を維持する為に、アナログな技術や肉体労働ができる体力はとても重要だ。

映画「ノウイング」は50年後に開かれるタイムカプセルに小学生たちが未来へのメッセージを書くシーンから始まった。そのタイムカプセルを発案した女生徒ルシンダは50年後への手紙に不思議な数列をびっしりと書いた。

50年後、タイムカプセルを開く日が来た。
マサチューセッツ工科大学の宇宙物理学教授ジョン(ニコラス・ケイジ)の息子ケイレブは、その小学校の生徒だった。タイムカプセルは開かれ、ルシンダの手紙は何かに導かれるようにケイレブ少年の手に渡された。

ジョンは息子が受け取ったルシンダの手紙が気になり、その数列を解析をしてみた。すると、数字は大惨事が起きた年月日と死者数に一致した。そこには、妻を亡くしたホテル火災や、世界貿易センター911テロを含め総ての惨事が予知されていた。

そして、予知通りにジョンは航空機事故と地下鉄事故に遭遇して、数列の重大な意味に気づいた。なぜなら、宇宙物理学者のジョンは太陽フレアに異変が起きていることに気づいていて、最後の数列は人類絶滅の日を示していると分かったからだ。

手紙を残したルシンダは亡くなっていた。ルシンダが残した娘と孫娘にジョン親子が絡みながらドラマは進行した。最後に数列は異星人からのメッセージだと判明した。彼らに選ばれた少数の子供たちは彼らの宇宙船で宇宙に去って行った。

最後に引き裂かれる父と子のシーンはとても辛かった。SFを検証をするのは野暮なことだが、人の心へ直接メッセージを送ることができる異星人なら、残される父親の哀しみを癒す超能力を持っているはずだ。しかし、その筋立てではドラマはつまらなくなる。

SF的に考えると、異星人の宇宙船はスタートレックのように時空の穴・ワープを使って地球へ来たのだろう。
あるいは他の次元から来たのかもしれない。子供たちが乗り込んだ宇宙船の球形の部分は、先日の「神の数式」に登場した10次元を表現した立体模型に似ていた。子供たちが到着した美しい天体は異次元の世界なのかもしれない。

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太陽の巨大フレアに飲み込まれる地球最後の日、ジョンは疎遠だった両親の家で妹たちと一緒に死を迎えた。これはある意味で家族にとって幸せな終わりだ。そのような最後の日が来るのなら、私は我が家から近いこの写真の草原に寝転んで死を迎えたい。大きく広がる木々の枝と、青空を眺めながら最期を迎えられるなら素晴らしい終わりだ。

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夕暮れ空。

秋が深まり、いつもの散歩は虫の声が聞こえるようにiPodなしで出かけている。コオロギはいつも同じ草むらで鳴いている。彼らのテリトリーはせいぜい2、3mのようだ。狭いながらも楽しい我が家の風情が、とても可愛い。

 コオロギが 雨宿りする ワレモコウ

S_3S_2S_1ニシキギは早くも紅葉していた。

秋が深まると山芋の葉は黄色く色づいていてすぐに分かる。

近づくと、むかごが沢山実っていたので少し摘んだ。

これは串刺しにして香ばしく焼き、塩をふって食べた。

とても美味い。

自然公園は冷たい雨で殆ど人は見かけなかった。

山グリの実りの時期は終わって、中身のないイガが沢山落ちていた。

これからは鬼グルミが熟す。

じゃぶじゃぶ池の傍で平らな小石を見つけた。

肩鍵板を損傷しているので、普通に石投げはできないが、跳び石の下手投げならできる。

水面に投げると、遠くまで弾みながら跳んで行って沈んだ。

弾んで跳んで行き、やがて失速して水に沈む小石の姿は、何となく人生に似ていた。

今日の小雨の散歩で、あちこちから金木犀が香った。

 友逝きて 小雨の道に 金木犀

昨日、近所の知人の訃報を聞いた。句では友としたが、彼は早世した長兄と同じ歳だ。家族は人嫌いで気難しと話していたが、私たちには気持ちを許していて、会えばよく話した。3年前、母の死を伝えた時、彼は気の毒なほどに落胆し、それを境に急速に老いて行った。

先日、彼は肺炎にかかって衰弱し、胃瘻をするかどうか悩んでいると家族から相談を受けた。助言するには難しすぎる問題で、曖昧に言葉を濁した。彼とは数ヶ月前まで元気に言葉を交わしていたのに、今はぽっかりと心に穴があいてしまった。

訃報を聞いた後、仏壇に灯明を上げた。
「そちらはにぎやかになるけど、こちらは寂しくなる一方だよ」
母の位牌に愚痴を言った。仏壇で称える名が更に一つ増えたので、そろそろ、死者たちの名を称えるのは止めようと思っている。

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以前アップした絵。この図と同じように、公園の芝生に木の葉をお皿にした椎の実がたくさんあった。偶然にそうなったのだが、物語のように辿って行くと不思議な山バスに出会えそうな気がした。

椎の木は郷里の山には無尽蔵に生えていたが、地面は野草や落ち葉に覆われていて、落ちた椎の実を拾うのは大変だった。その点、東京の椎の木は公園などの平らな場所に植えてあるので、簡単に沢山拾うことができる。

5日午後4時50分、タレントの桜塚やっくん38歳が交通事故死した。山口県の中国自動車道を熊本県内でのコンサートに出演するため移動中だった。彼の乗ったワンボックスカーが中央分離帯に衝突し、外へ出た所に後続の車にはねられ心臓破裂で死亡した。最近、テレビに出ていなかったが、このような形で注目されるのはタレントとして寂しい。彼の冥福も祈った。


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