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2013年11月10日 (日)

セルロイドの小箱など、消えて行ったものは魅力的だ。13年11月10日

銀座に出かけたついでに伊東屋別館で絵の具を補充した。2階までは珍しい高級万年筆の売り場だ。高価過ぎて買えないが、海外の美しい万年筆を眺めるのはとても楽しい。殊にセルロイドの鮮やかな色は懐かしくて魅了される。と言っても今は昔のセルロイドとは違い、原料に難燃性の酢酸セルロースが使われている。

プラスチックが一般的ではなかった子供の頃は文房具や玩具や写真フイルムはセルロイドで作られていた。この素材は火薬の原料のニトロセルロースに樟脳を加えて作られているので発火しやすく、たびたび保管倉庫が火災を起こした。映画フイルムも映写機光源のアークによる加熱ですぐに焼き切れ、上映中に中断することが多かった。

男の子はセルロイドを削ってアルミの鉛筆キャップに封入してロケット弾を作った。封入したアルミキャップをロウソクで加熱すると、ペンチで挟んだ隙間から白煙を激しく噴出させながら宙を飛んだ。

昔のセルロイドは妖しいほど美しかったが、劣化しやすく割れやすいのが欠点だった。割れた筆箱などは線香で穴を開け、糸で繕って修理した。線香の火をあてると、樟脳の香りのする白煙を上げ、ジュっと音をたてて簡単に穴が開いた。

セルロイドの鮮やかな色を、今のプラスチックで再現するのは難しい。紫外線にも弱く、その美しさを保っている製品は殆ど残っていない。危険で衰えやすいものほど美しいのかもしれない。

M_6Sx1_21883年創業のドイツ・カヴェコ社のリニューアル万年筆。

美しい青い軸に惹かれて買った。

安物で、国産万年筆と比べると書き味が劣るので殆ど使わない。

ただ、専用インクの明るいブルーを気に入っているので時たま使う。

20年以上昔に買った国産シャープペンシル。

酢酸セルロースを使ったセルロイド軸なので燃えないし劣化もしない。


5階の絵の具売り場に客は一人もいなかった。昔はいつもレジに行列ができていたのに、今はいつも閑散としている。他の画材屋も同じ状況で昔の活況が嘘のようだ。今、都内の画材屋は世界堂の一人勝ちの状況だ。

昔の画材屋はデザイン業界で潤っていた。今はパソコンで下書きから版下まで総てができるので、高価だったデザイン用品は不要になった。

仕事机にリムバーの古い容器がある。年長のデザイナーなら懐かしい用具だ。私は筆に固着した値段表剥がしに重宝している。私は経験がないが、昔の版下はデザイナーが職人技で切り貼りしていた。デザイナーの中には驚異的な名人がいて、髪の毛みたいな細い線を自在に切り貼りできる人がいた。

S_7写真撮影の指示やパンフレット見本はマーカーやアクリル絵の具を使って手描きしていた。絵描きで食えない頃、そのアルバイトで少し働けば楽に1ヶ月生活できた。今、それらの仕事はパソコンで簡単にできるので、デザイナーの片手間でできる。イラストでも何でもパソコンでできるようになったことで、却ってデザイナーの仕事は増えてしまった。

今はデザイン用具メーカーも絵の具メーカーも世界的に窮地に追い込まれている。画材メーカーが衰退するのは絵描きに取っては困ったことだ。既に、絵の具、筆、キャンバス、画用紙などの品質低下を招いている。

先日、懇意にしていた現代アートの画廊が来月早々に閉鎖するとメールが入った。以前、関係者から画材を扱っていた親会社の経営が大変だと聞いていたので、いずれそうなると思っていたが残念だ。


M_5銀座はすでにクリスマスモードに変わっていた。

先日、知人から頼まれた簡単な金属部品の修理をした。必要な道具を探すと、あきれるほど大量の道具や材料が出てきた。それでも、今の住まいに引っ越して来た時、大量の鋼材や非鉄金属材を廃棄して来た。その時、銅板画の高価な用具などは若い画学生にあげた。

今、住まいにある道具や素材を新たに揃えるとなると数百万はかかる。工具類には何故こんなものを買ったのか不思議になる品もある。配管・電気工事の道具、大工道具から散髪用の特殊なハサミまで、道具好きの性格が災いして、道具屋で見つけると衝動買いしていた。

部品の修理は、以前なら高温でロー付けしたが、今の集合住宅ではガスバナーが使えないし、仕上げの酸洗いに使う希硫酸もない。職人としては不満だがハンダ付けで我慢した。ちなみに溶接用具もあり、溶接と高圧ガス取り扱いの資格を持っている。

職人仕事は心地良い世界だったが、彫金職人の業界が最高に景気が良かった43歳の頃に、最後のチャンスと思って絵描きに転職した。
「いい腕をしているのに、生活できない絵描きに転向するなんて無謀過ぎる」
当時、知人たちは思いとどまらせようとしたが、後悔はなかった。親戚には既に故人だが名をなした絵描きがいて、この世界が大変なことは熟知していた。ただ、広告・出版の業界との繋がりがあったので、絵が売れるまではそちらで何とかなると思っていた。私の判断は正しく、彫金業界は私が辞めたころを頂点に急下降して、同業者の殆どは失業した。

これからは職人の世界でも3Dプリンターが威力を発揮しそうだ。新聞に3Dプリンターメーカーが銃を試作した記事があった。以前から銃を作ったニュースはあるが、どれも1発撃つと部品や銃身が溶着して使えなくなる代物だった。今回の試作品はステンレス材・鋼材などで作られ、本物同様に使用できる高度なものだ。

記事を読みながら、工芸職人の世界でも3Dプリンターが普及しそうだと思った。現在のネックは使える金属素材が限定されていることだ。しかし10年もすれば、どのような素材も自在に使えるシステムが完成しそうな予感がする。

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午後から青空が見えたが、すぐに雲で覆われた。

有名レストラン、ホテル、老舗旅館の料理の食材偽装が毎日報道されているが、昔から食材表示に疑問を持っていたので今更の感がある。私は美味ければ良く本物か偽装か気にならない。だから、高いばかりでさして美味しくない有名店では昔から食事をすることはなかった。

偽装で記憶に残っているのは、20年前、下北沢で安いステーキ専門店で食べたステーキだ。それはどう見ても牛ではなく、色合いと味は豚肉に近く、と言っても豚では絶対になかった。今もあれは何の肉だったのか気になる。

ちゃんとしたステーキ店では、目の前で大きなブロックから切り分けて調理してくれる。あれは、業界内部では偽装が常識とされていたので、ちゃんとした牛肉を使っているとのアピールだったようだ。

蛇足だが、昔、つき合っていた女性の実家は地方都市で小さなレストランをしていた。彼女と食事に入った時、店が閑散としていると、辛くて耐えられないと言っていた。その気持ちはよくわかる。お客がつかない屋台などの小さな商売を見ると辛くなる。

日本が貧しい頃は自転車に商売道具を積んで商売をしている人が多くいて、成り立っていた。鋳掛け屋。ゴム長の修理屋。下駄の歯の入れ替え。畳の張り替え。彼らは道具一式を自転車に積んで街のあちこちに出かけ、路傍で仕事をしていた。その頃に進駐軍相手の安物アクセサリー露天商から始めて、今は銀座の大きな宝飾店へ出世した人がいる。後進国などでは、オレンジ数個だけの露天商でも成り立つが、今の日本ではそのような起業は難しい。

今は、昔はどこにでもあった靴磨きが町から消えた。靴磨きは靴の修理も兼ねていて、良く切れる刃物で、クイクイと靴底の分厚い皮を削り、口にくわえた釘を打ち付ける作業は見飽きなかった。今も健在なのは、包丁研ぎくらいのものだ。

Sx1ディズニーランドの公衆電話。

園内でこれだけはNTTがディズニー仕様に許可を出さなかったのか、古く薄汚れていて俗っぽい。

携帯普及で使う人は殆どいないが一応置いてある。

園内地図には4,5ヶ所、建物影の分かりにくい場所にひっそりと表示してある。

同じ露天でもディズニーランドは別格だ。寒くなって園内のスモークターキーレッグのワゴンにはいつも20人ほど並んでいて、1本500円が飛ぶように売れている。ざっと計算すると1日売り上げは30万を越す。しかし、同じ商売を街中でやっても10分の1を売り上げるのも難しい。ディズニーランドの雰囲気とブランドがそれを可能にしているのだろう。

先日行った時のスモークターキーレッグのワゴンでは、熟年女性二人が「大草原の小さな家」のお母さんのような可愛い服装でキビキビと働いていた。二人は若い女性が扮するより自然だった。

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