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2014年1月14日 (火)

冬のコオロギ。クローズアップ現代・ポエムに隠された劣悪労働。14年1月14日

散歩道の石垣でコオロギが鳴いていた。陽射しに石垣が温められて、冬眠中のコオロギが目覚めたのだろう。触れてみると、同じ陽射しを受けていても、すぐ温まる石と陽射しを跳ね返し冷たいままの石がある。それは人の世に何となく似ていると思った。

温かい石を選んでよりかかりお茶を飲んだ。最近、このぼんやりした時間がとても良い。ぼんやりしていると過ぎ去った温かい情景が蘇る。それは、好きな人との初デートとか、コンテストで賞を取ったとかの特別な晴れの時間ではない。
中軽井沢駅で急行列車の通過を待っていた各駅停車の車内とか、若い頃のアパートの四畳半の朝の光とか、洗剤の香りのする物干し場とか、平凡な光景ばかりだ。

連休明けの今日、年賀状は来なかった。今年はお年寄りからの年賀状が減った。お年寄りの弱って行くスピードは、若い人には理解できないほど早い。虚礼だけの年賀状は減らしたいと思っているが、お年寄りからの年賀状が減って行くのは寂しい。

今年の厳しい寒さは凛として心地よい。本来、私は冬に適応した体なのかもしれない。
例年、秋には鼻がグスグズし始めて、それから治り切らないまま一冬を過ごしていた。去年の秋も、いつものように鼻がグズグスし始めたので、試しに耳鼻科で診てもらった。

ファイバースコープで副鼻腔まで診てもらったが異常はなく、セイタカアワダチソウによる鼻アレルギーだった。それで1ヶ月分4500円の抗アレルギー剤が処方された。
「一日二日で治りますが、治ったと思わず、全てを飲み切って下さい」
医師に強く言われて、その通り実行すると、鼻は快調で、今に至るまで鼻風邪を引かない。どうやらこれまでは、鼻アレルギーで抵抗力が弱った粘膜が風邪ウイルスに感染し、一冬の間、鼻風邪が長引いていたようだ。

冬至から1ヶ月ほど過ぎて、日の入りは20分ほど遅くなった。高度成長期の東京の冬空はスモッグでいつも霞んでいて嫌だったが、今は田舎の青空のように澄み切っている。だから一層、この凛とした冷気が心地よい。

暖房はまだ入れていない。部屋が寒くて困ったことは30年作り続けているケェフィアヨーグルトの発酵が遅いことだ。対策は35度に温めた牛乳の容器をお湯に浸けて魔法鍋へ入れて置く。すると翌日には程よく発酵して美味しい。

寒さが好きなのは、寒さの厳しい疎開先で生まれたからだ。戦時中、建設省の技官だった父は食料増産の為に、九州の山地で灌漑工事を指揮していた。住まいは部落の有力者の離れを借りていたが水の不自由な土地で、母や姉たちは毎日、崖下の沢まで水汲みに行っていた。

私は山を下った日田市豆田にある産婦人科病院で生まれた。地図で見ると今もその病院はそこにある。病院から仮住まいに戻ってからは、母たちは雪を溶かして産湯を作った。だから、私は寒さに強くなった。雪を産湯に使ったので雪のように清純に育った、と人に話すが信じてはもらえない。

灌漑工事の労務者は朝鮮半島からの出稼ぎで、家族を連れで部落を作って暮らしていた。この話をすると、強制連行と大誤解されるので昔は話さなかった。昔のマスコミの論調では、在日の人は強制連行された人たちばかりと言われていたからだ。

税務署も在日事業者に査察を入れることを躊躇していた。もし入れようとすると、左翼系政治家から「差別だ」と圧力が入るからだ。今も、裕福な在日の人たちは、まともに税金を払っていない人が多い。

マスコミは悲惨さや差別を報道するが、多くの在日の友人知人たちに親が強制連行で来日した人は一人もいなかった。エリートの親は進学のため、そうでない人は出稼ぎの為にやって来て、戦後、そのまま住み着いた人が多い。その構図は地方から上京した地方人たちと似ている。

好奇心がおう盛な母は朝鮮人部落へ出入りして、家族ぐるみの付き合いをしていた。我がままで自分勝手だった父も、外面は面倒見が良く、部落では慕われていた。

当時のエピソードは母によく聞かされていた。凍ったおしめを気にせず赤ちゃんにあてがっているのに驚いたとか、日本人ほど砂糖を料理に使わないので、配給の砂糖が余っていて、いくらでも分けてもらえたとかだ。

工事は政府直轄だったので朝鮮人労務者への食料配給は肉体労働者向けの規定通り行われた。だから、彼らは母たちより恵まれていたようだ。しかも、彼らは独自の流通ルートを持っていて、配給物資の余った砂糖などとの物々交換で、牛肉でも豚肉でも玄海の高級魚でも豊富に手に入れていた。母は彼らの流通網のおかげで、戦時中も食べ物に不自由しなかった。

我が家はよくキムチを作っていたが、それは母が彼らから教えて貰ったものだ。最高級は鯛を入れたキムチだったが、私はスルメの細切りにリンゴや梨を入れたキムチが大好きで、以前はよく自分で作っていた。

朝鮮人部落で配給がきちんと行われたのは遵法精神が強い日本の官吏が労務規定に従っていたからだ。もし、民間の土建会社や炭坑なら、配給のピンハネが常態化し、暴力的に働かさせるタコ部屋などの悲劇が起きたのかもしれない。


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赤羽駅前のフォルクローレのグループ。
この直後、警察に無許可だと注意されて演奏を止めて片付けた。警察に注意されることは滅多にない場所だが、彼らは運が悪かったようだ。

夕食の後片付けを終えてTVのNHKをつけると画面で若者たちが絶叫していた。どの言葉も「愛、仲間、奉仕」と美辞麗句を並べたもので、一瞬、新興宗教か霊感商法の集会だと思った。
それは居酒屋チエーンの居酒屋甲子園と名付けられた"人生訓ポエム"の大朗読会で、優勝者は企業から表彰されていた。番組表を見ると「クローズアップ現代・あふれるポエム、不透明な社会を覆うやさしいコト」とあった。

今、全国チェーンの飲食店、新しく開発された住宅団地名、自治体のユニークな条例名にと"ポエム"が溢れている。そのような優しい言葉は何を意味しているのか。なぜ、内容空疎な言葉が若者たちに支持され、介護、飲食店など様々な職場に蔓延しているのか、番組は問題提起していた。

"ポエム"では仲間が助け合う連帯ではなく、やみくもに同調することが強調され、同調できない者たちは排除されていた。労働者の権利をうやむやにする企業側に立った讃歌を"ポエム"の名で偽装しているのが実態のようだ。そのような職場に若者が集まり、熱い言葉に酔って劣悪労働に耐えている。これはどう見ても新興宗教の手法と同一だ。

"ポエム"は不動産広告にも溢れ、歴史的な地名の変更が無秩序に進んでいた、古くからの地名は重要で、例えば、沢の付く名は川沿いの土地、田や窪の付く名は湿地帯とその土地の歴史を表している。そのような地名はハザードマップ作成でも重要で、安易に変えてはならないものだ。しかし、商業主義のために、次々と耳障りの良い"ポエム"調の〇〇丘とか〇〇野とかの地名が全国に溢れている。

公的な言葉の基本は根拠意味を曖昧にしないことにある。
耳障りの良い"ポエム"調の言葉に事実を隠蔽する意図が含まれていることを若者たちは薄々分かっていながら惹かれてしまう。それは、厳しい経済状況や、友だちを構築できなかった人間関係の弊害かもしれない。


年末年始の気になったニュース。

スウェーデンの教育が危機に瀕している。教育の地方分権を押し進めた結果、地域格差が広がり、全体の教育水準が低下し続けているようだ。今は取りやめになった日本のゆとり教育のモデルはスウェーデンだった。本家の失敗が分かった以上、ゆとり教育から早く脱したのは良かった。


去年年末、プリンスホテルの軽井沢の系列ホテルが365泊できる1千万円の福袋を販売したが買い手がつかなかった。それはスイートも利用できて、最高額の部屋に365泊したら、通常料金1億945万円の9割引きになるが、購入者は現れなかった。

私が大金持ちでもその福袋は購入したくない。半月も宿泊したら東京の雑踏に戻りたくなる。しかし、14泊で100万〜41万円設定の福袋は12本が売れた。こちらは納得できる。ちなみに購入者は東京が8人、神奈川県2人、千葉、群馬両県が各1人。


Google地図を見ると、カナダ東部ケベック州、ルイ・バベル生態保護区に直径100キロに及ぶ巨大クレーターがある。それは中生代三畳紀後期の2億1500万年前、隕石の衝突跡のマニクアガンクレーターと呼ばれている。

熊本大の尾上哲治准教授のグループは、隕石の微粒子を岐阜県と大分県の地層で発見した。その元素分析の結果から、隕石は直径8キロ、重さ5千億トンの巨大サイズだったと推定された。隕石が衝突時に分散した微粒子成分が凝固して地球全体に拡散し、それが日本の地層で発見されたものだ。

Google地図からは、他にも様々な地質情報が得られる。例えば火山周辺の幾何学形状の特殊な地形の境目に金鉱山が見つかる。鹿児島の桜島と霧島の近くにある日本最大の菱刈金鉱山もそれだ。金鉱石は火山熱水から析出したもので、その地域は冷めて固まる時に幾何学形になる。地質学の素養があれば、火山列島の日本では、まだまだ未知の金鉱山がGoogle地図で見つけられるかもしれない。

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描き直した「グーが来た」

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