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2014年1月 5日 (日)

松の内は過ぎ行き七草へ。14年1月5日

まだ年号を書き間違える。
年賀状は半分ほどが届いた。明日以降到着する年賀状から来年出すものを選び、整理しようと思っている。

深夜、二度目の散歩へ出た。大気は澄み渡り、遠くさいたま新都心ビルの航空標識がキラキラと美しい。すでに気温は0度近く、身を切るような冷気に気持ちが引き締まる。

正月三が日は一瞬で終わった。
2日は古い友人を訪ねた。
ともに上京してから半世紀が過ぎた。
「こんなに早く過ぎてしまうとは夢にも思ってもいなかった。大変なことも色々あったけど、振り返ってみると良い人生だった」
互いにそんな話をしみじみとした。
それは年を重ねて、ようやく到達できた心境だ。若い頃は煩悩が勝り、淡々と過去を振り返ることは難しかった。

過去と今が一つに繋がり、一体となった時に幸せを感じる。対して、過去と今が分断されていると寂しさを感じる。この歳になると、後何年生きられるかどうかはさほど重要ではない。と言っても、孫が成人するまではとか仕事が成就するまでは生きていたい、と願う心情もよく理解できる。
ただ個人的には、今の一瞬に人生の全てが凝縮していれば、それは最高にすばらしい生き方なのでは、と思うようになった。

5日は七草セットを買う。
7日朝に七草粥を食べてから松飾りと重ね餅を外す。
九州での子供時代は、松の内は1月15日までだった。東京では一般に7日までだが、近代化でそうなったのではなく、古く江戸時代に幕府通達で7日に短縮されたようだ。

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冬木立。東京の空は本当に美しくなった。

先日「風の谷のナウシカ」をテレビ放映していた。私は池袋の映画館で観たが、それから30年過ぎたと思うと驚く。それだけの歴史の間に、宮崎アニメは世界の若い映画人に大きな影響を与えたようだ。

アバターに登場した森の精の隠花植物たちも、ナウシカの庭園の不思議な植物たちに似ていた。アバターのシガニー・ウィーバー扮する植物博士が生き返るシーンは、瀕死のナウシカがワームの触手で生き返らせるシーンに、巨大な爆撃機や空を飛ぶ戦士たちもナウシカの影響を感じる。空中に浮かぶ岩山は明らかに天空の城ラピュタの影響だった。

ナウシカの風の谷の村で使われていたアセチレンガス灯は懐かしい。
それは、昔はカーバイトランプと呼んでいた。カーバイトとは炭化物全てを指すが、カーバイトランプのそれは炭化カルシウムのことだ。灰色のジャガイモみたいな炭化カルシウムに水を滴らせるとアセチレンガスが発生し、それ燃焼させて灯りや溶接に使った。使い終わると石灰が残るので、漁師の家の裏庭の隅に真っ白な残渣の石灰の小山ができていた。

カーバイトランプはとても明るく強風にも吹き消されず、長時間使えるので、昔は夜店の明かりや夜の土木工事の照明に使われた。夜釣り用は今も市販されているようだ。アセチレンガスは特有の匂いがするので、私の年代の者は嗅ぐと夜店や夜釣りを想い出す。

昔の鉄工所のには必ず銀色に塗装された円筒形のアセチレンガス発生器があった。溶接に使うアセチレンガスは大変引火しやすく、しばしば爆発して、ガス発生器はロケットのように天井を突き破って空中高く飛んだ。町工場が並ぶ下町では普通のことで、ドーンと大音響がしてもさほど驚かなかった。

私はアセチレンガスや高圧酸素などの取り扱いと、溶接の資格を持っている。だから散歩中、オートバイなどが停車していると、排気管などの手作業での溶接面の上手下手が気になる。建材鉄骨などの溶接はロボット溶接に代わったので、どれも溶接面が綺麗で面白みがなくなった。

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夕暮れ。

元旦は1年ぶりに2004年 英/米・映画 「モーターサイクル・ダイアリーズ」を見た。キューバの革命家ゲバラと親友のアルベルトが医学生の頃、1952年1月4日からおんぼろバイクでブエノスアイレスの生家からベネズエラへ旅した日記を映画化したものだ。1年経て観ると違った部分が見えて面白い。

南米には現代から取り残されたように古い風景がある。途中立ち寄った、チリ南端の町ペウージャの、うす寒い緑に埋もれた町並みは、昭和30年代の日本の北国なら何処にでもあった風景だった。

チリの港町バルパライソの古い町並みは私が育った地方の港町に何となく似ていて懐かしい。街背後の急斜面に作られたケーブルカーのアセンソールは「世界ふれあい街歩き」にも出ていた。

旅の後、彼はカストロと共にキューバ革命のために戦い、カストロの腹心になった。しかし1967年の39歳の時、ボリビアでゲリラ戦を展開中に逮捕され、すぐに処刑された。

知られていないが、彼は1959年31歳の時に来日している。その時、トヨタや三菱重工やソニーの工場を訪れた。当時の池田勇人通産大臣とは15分だけ会談している。

その時、若い革命家に日本のマスコミは無関心で、左翼好きの朝日ですら、カストロヒゲの若者が来たと揶揄していた。後年、若者のカリスマになった時、記者やカメラマンたちは大物を取り逃がしたと地団駄を踏んだだろう。殊にカメラマンたちには写真史に名を残すチャンスでもあった。

ベレー帽に長髪の彼の有名な肖像写真は今もTシャツなどに多く使われ、世界の若者ファッションに大きな影響を与えている。先日見た「マスク2」の主人公が働いているアニメ制作会社の社長も、縮れた長髪にベレー帽で、ゲバラ風を装っていた。

南米繋がりで、チリ産のコロ貝は長い間アワビと偽装して売られていた。味はアワビに似ているが丸っこくて小さい。

今日、美味しそうなボイルイカリングを買った。値段は300g400円ほどだが、食べてみるととんでもなく不味い。イカの風味も旨味も殆どなくて、ゴムを食べている感じだ。突然味覚異常になったのかと思ったくらいだった。

裏ラベルをみると、アルゼンチン産アルゼンチンマツイカとあった。私は食べ物は大切にする性分で、どんなに不味くても捨てたりはしない。しかし、このイカだけは不味過ぎて捨ててしまった。これからはラベルを必ずチェックしようと思っている。

その店は赤羽では大きな魚屋だが、以前、タラバと偽装されたアブラガニを買って、水っぽくて不味くて、捨てたくなったことがあった。だから気をつけているが、今も失敗する。

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最近見つけた面白いニュース。

中国の国際機関紙・環球時報でのスモッグ有用論。
「中国の多くの地域に現れるスモッグは、健康や交通に悪影響を与えるばかりではなく、戦闘行動に影響を及ぼす。敵の偵察関連装備の多くは効力を減じ、一部のミサイルは命中精度を落とす」

この記事に対してネットでは
「PM2・5は外国の侵略から国を守るための秘密兵器とは知らなかった」
「毒スモッグが続くなら中国人はみんな死亡し、敵がミサイル攻撃をする必要もないだろう」
そのような書き込みが寄せられているが、記事はジョークかもしれない。

11月、ハルビンの空気はPM2・5の濃度が1立方メートル当たり約700マイクログラムに達した。
それは散歩させている足元の犬の姿が見えないほどの凄まじいスモッグだ。
ちなみに日本の環境基準は1立方メートル中35マイクログラム。それを越えると健康被害が出るとされている。中国の主要都市ではその10倍から20倍を超えることが普通だ。

中国のPM2・5絡みの小話。
「日曜日、恋人と待ち合わせの場所に着いたら、彼女は黒い毛皮のコートを着てベンチに座っていた。キスしようとして顔を近づけたら犬だった」

「北京市民が旅行でスイスに行った。飛行機を降りて新鮮な空気を吸った途端、旅行者は頭がくらくらして倒れた。救急車で病院に運ばれ、医者が車の排出ガスの袋を処方して、それを吸わせるとすぐに回復した」

北京市民とハルビン市民の汚染度自慢の小話。
「天安門広場に立っても、天安門楼上に懸けられた巨大な毛沢東の顔が見えないぞ」と北京市民。
「こちらは百元を取り出して目の前にかざしても、お札の毛沢東の顔が見えないぞ」とハルピン市民。


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