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2014年1月 1日 (水)

2013年大晦日〜2014年元旦。朝まで生テレビは未消化なれど日々是好日。14年1月1日

大晦日「朝まで生テレビ」のテーマは靖国参拝と日中日韓関係の悪化。今回の大騒ぎの根底にあるのは世界経済の構造変化だ。すなはち中国に対しての日本の低下で、経済力世界二位の頃の日本だったらこのような騒ぎは起きなかった。

中国韓国は日本を溺れかけた犬と見て石を投げつけ、欧米も同調した。そして日本の主要メディアも「日本は間違っているから欧米に非難されている」と後追いしている。それでも日本がギブアップしないことが中韓両国の苛立ちを増幅させているようだ。

欧米が言うように日本の姿勢は間違っているのか。そして、靖国参拝は世界の歴史や人道を揺るがすほどの大事件だったのか。本当は中国利権を確保したい欧米諸国が中国・韓国に同調し、尻馬に乗っているだけのことではないか。この状況はとても変だ。もし、欧米が真に人道的なら、チベットや新疆で虐殺や弾圧を続け、東シナ海や南シナ海で侵略行為を拡大させている中国を真っ先に非難するはずだ。しかし、そのようなリベラルな報道は殆ど聞かない。

国際紛争を起こし、他国の領土を奪い、領海を蹂躙している中国に対し、戦後日本は一貫して平和を守り、他国の人権を守り、一歩も他国の領海や領土を犯していない。戦前日本の侵略については幾度も謝罪し、賠償を払い続け、それが現在の中国韓国の躍進に繋がっている。にもかかわらず、中国・韓国は平和国家日本を軍国主義だと理不尽にバッシングを続けている。

日本の"平和主義者"たちは、靖国問題が起きると必ず開戦前夜と同じ軍国主義の道を歩いていると非難する。しかし、彼らは中国の他国への侵略や少数民族への弾圧に触れない。これは極めてアンフェアな姿勢だ。

そもそも先の太平洋戦争は、米国との戦争回避の努力を続けていた日本を孤立化させようと欧米が図って起きたことだ。今回も日本は一貫して中国、韓国に話し合いのラブコールを送って来たのに、両国は拒否し続け、捏造した過去を利用して日本を孤立化させて危険な状況を作っている。

靖国を国際問題にしたのは日本のマスメディアと左派知識人たちだった。彼らは当時の自民党政権を転覆させる為に自虐史観を国民に植え付け、中国・韓国の外圧を利用した。

彼らの誤算は、両国が靖国と従軍慰安婦問題をねじ曲げエスカレートさせて内外の反日運動に利用したことだ。戦争責任では日本とドイツはいつも比較されるが、ドイツの隣国が成熟した大人の国であるのに対し、中国も韓国も未成熟な国家でドイツと同じような対応は難しい。

中韓両国にとって日本の謝罪は、反日カードを相殺してしまう不都合なものだ。その姑息な理由で日本との話し合いを拒否していることを欧米は殆ど理解していない。

今回の参拝をきっかけに、オバマ政権は中国への擦寄りを明言し始めた。しかし、小さな事柄の参拝が大国の大きな方針を変えさせたとは思えない。親中はオバマ政権の既定路線で、きっかけを待っていただけかもしれない。今も米国防省は日米安全保障条約を重視しているが、米国務省は明確に親中国へスタンスを変えた。この状況では、やがて日本は自ら守るために抑止力強化へ方向変更することになりそうだ。

靖国問題の根は中国の国内問題にある。中国の軍事費の半分以上は国内の治安に向けられている。大卒の就職率が3割ほどで、拡大する一方の格差社会では一触即発の状態にある。もし、自ら反日の象徴に祭り上げた靖国や尖閣問題を容認すれば、一瞬で習政権は瓦解する。反対に日本への強硬策を続ければ、経済発展にとって重要な日本の支えを失い、これまでのような躍進は厳しくなる。

正月らしく未来志向を目指すなら、これまで培った日中・日韓のパイプを維持強化することだ。だが、近年の中国政府の海外在留中国人への言論統制は厳しく、意義ある交流を難しくしている。残された道は一般人の草の根交流をコツコツと続けて行くことだ。それは日米でも同じで、国際友好の基本は留学生交換などの民衆レベルの交流にある。もし、反日の中国人が日本を訪ねれば、平和と自由をこよなく大切にしている日本人を直ぐに理解できるはずだ。

番組では、靖国参拝への賛否に関係なく、もっと上手にやってほしかったが大勢を占めていた。具体的には「事前に他国の共感をえられるように丁寧な根回しをすべき」である。それは欧米諸国も同じ考えで「日本のオウンゴールは中国、韓国を喜ばせた」が大勢を占めていた。

靖国参拝はオウンゴールではなく、結果を確信して行われたと思っている。中韓両国は欧米の日本非難を大喜びしているが、大きなミスを犯していることに気づいていない。それは日本からの熱心な対話のコールを拒否続けたことだ。隣人との話し合いを一貫して拒絶しながら、日本を皆で村八分にしようと方々に告げ口して回っている両国の姿勢が世界に受け入れられるとは到底思えない。だからこそ、安倍政権は対話姿勢をこれまで通り愚直に続けるべきだ。

いずれにしても、中韓両国が靖国を政治的道具にしてしまったために"戦犯合祀"の意味は薄れた。"戦犯合祀"に括弧をつけたのは、白黒付けられない複雑な要素が含まれているからだ。以上の事柄が「朝まで生テレビ」での印象だ。パネリストでは武見敬三・自民党議員が印象に残った。彼の意見は公平冷静で、出席者たちから一目置かれていた。

日本のマスメディアは自虐史観を植え付けようとしたが、世界は日本を孤立させようとは思っていない。報道に惑わされず、冷静に世界を見ているとそう思えて来る。


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荒川向こう。夕暮れの川口方面。

大晦日はおだやかだった。おせち料理は簡略に済ませたが、ガメ煮だけは作った。両親の出身地、筑前の郷土料理で、鶏、レンコン、里芋、人参、ごぼう、クワイ、筍、コンニャク、厚揚げ、など多彩に煮込んだものだ。今年は例年以上に美味しく煮上がり、元旦を待たずかなり減ってしまった。減った分は厚揚げを加えておいた。

例年、田舎から魚などに餅を加えて送ってくるのだが、今年は餅はなかった。一人暮らしではいつも食べきれずカビを生やしていたので、送ってこなくて良かった。雑煮用の餅を買いに出かける前に、冷蔵庫の奥にしまってあった2013年正月に飾った重ね餅を取り出した。今流行の真空パックにした餅で、見かけは何ともない。裏を剥がし電子レンジで温めて取り出し、少し食べてみたが異常はなく、とても美味しい。それで、それを雑煮に使うことにした。

いつものように1年の過ぎる早さを想いながらお屠蘇セットを用意した。今年が無事に終ったことを感謝し、次のことは何も考えないことにした。先へ先へ向かうだけが人生ではない。今日1日をしっかりと噛み締めることが大切だ。

神棚と仏壇の掃除は先日済ませた。仏壇の花に加えた千両の持ちが悪く、葉が全て落ちた。同じ枝なのに神棚の千両は丈夫でとても元気だ。朝食のあと、部屋の大掃除をした。

年賀状は昨夜書き上げた。嫌な仕事は本当に疲れる。絵を描くのは10時間連続でも疲労はないが、年賀状書きは3時間続けただけで疲労困憊し、今も首筋がこっているので葛根湯を飲んだ。この薬は本当に良く効く。30分もすると、嘘のようにすっきりした。

年賀状宛名書きでは、黒っぽい絵柄に住所が重ねてプリントしてあるもの、極端に小さな印字、郵便番号が書いてないもの、どれもストレスがたまる。住所が3丁目3-2-120などと統一感のない表示も書き損じの原因になって疲れる。書道が得意なお年寄りの当用漢字にない特殊な名を流麗な崩し文字で書かれているのも正確に書けなくて困る。

S_6午後3時、大掃除を済ませてから、友人に頼まれた品を買いに御徒町へ出かけた。

アメ横は大混雑で前へ進めない。裏道伝いに進み、何とか買い物を済ませた。

写真は買って来たオメガ3・58%含有の紫蘇油180g980円と、シアバター1500円2個。

帰りの高崎行きの電車も混んでいた。

帰宅すると紅白が始まっていたが、録画の映画「ブロークン・フラワーズ」を観た。

第58回カンヌ国際映画祭において審査員特別グランプリ作品だ。

ITで成功し、莫大な資産で無気力な生活を続けている元ドンファンの元に、20年前別れた女性から「19歳の息子がいる。彼が訪ねるかもしれない」とピンクの手紙が来た。

差出人の名前はない。それで、当時の恋人4人を訪ねる旅に出て、真偽を確かめようとするが失敗に終わった。

帰宅した彼は自宅近くで放浪の青年に出会い、訪ねて来た息子と思ってサンドイッチをおごった。
短い会話を交わし、息子ではと尋ねると、青年は否定し走り去って行った。どのようにも解釈できる映画だが、残された彼の言い知れぬ孤独感だけがひしひしと伝わって来た。

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すばらしい好天の穏やかな元旦だ。姉が線香を上げに訪ねて来たので、田舎から送って来た食べ物を渡した。姉は温かい陽射しが差し込む母の部屋で、仏壇の前でおせちを食べ、お屠蘇を飲んでいた。長く人が訪ねて来ない日が続いていたので、それはほっとする光景だった。

姉が帰ってから、絵を描いてブログを書いた。
その後、初詣に散歩へ出た。
初詣では、ただ感謝するだけで何も願わなかった。
最近、生活の大変さの限界点を突破してから気持ちが楽になった。

散歩道で統合失調症の知人に会ったので、しばらく話をした。他にも多くの顔なじみに会って新年の挨拶を交わした。今年の元旦は10数年ぶりに穏やかに迎えられた。

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