69回目の誕生日を清々しく迎え、SF映画「月に囚われた男」を自分のことのように観た。14年1月17日
昨日16日は誕生日だった。母との死別以来、誕生日の日記を過去へ遡ることが毎年の習慣になっている。
去年の記入では積雪の中、公園の乾いたベンチで昼寝をした。陽射しが温かくて心地よく、頭上に野鳥の声が聞こえ、一瞬だけホームレスの気分になった、とあった。
2012年は記入なし。
2011年には・・・母と死別してから始めての66回目の誕生日を迎えた。覚えていたのはパソコンだけで、朝から、ニフティやアップルから誕生祝いの自動送信メールが届いた。
「尾頭付きを用意しなくてはね」
母が生きていれば、いつもそう言っていた。
タイの代わりにメザシを焼いた。
「タイよりメザシの方が美味い」とつぶやいている私を、母が楽しそうに眺めているような気がした・・・
母の死を身近に予感していた2010年の記入はなく、それ以前もこれと言った記入はなかった。
昨日は誕生日祝いにディズニーランドへ行く予定で早起きした。冬期は10時〜19時と早じまいで、いつも利用している夕方6時〜10時の割引はない。
朝食を済ませて外へ出ると、風はなく雲一つない澄み切った青空だった。ふいに冬木立を眺めたくなり、行き先を自然公園へ変えた。
公園管理棟前の日溜まりで、魔法瓶の熱いお茶を飲んだ。開設されてから15年。香るように綺麗だった白木のベンチは風雨に晒され、深く木目が浮き立っていた。遠くの芝生で、近くの介護施設の車椅子のお年寄りたちがのんびり日向ぼっこをしていた。
そんな平和な光景を眺めていると、生きている感動がこみ上げて来た。今回は、生涯で一番すばらしい誕生日だ。生活も健康も破綻寸前で、これから蓄えも定期収入もないまま孤独な老年期を迎えなければならないのに、不思議な気持ちだった。
その気持ちを説明するのは難しい。自分のやるべきこと、絵を描くことや祖母両親の介護をやり通したことで、心のかせから解放されたのだろう。死ぬまで全力で仕事をやり続けなければ生活が破綻する現実とは裏腹に、安らかな気持ちに満たされていた。
追いかけられるように自分を叱咤激励して仕事をするのは心身ともに疲れる。今、それらの責務は小さなこととして捉えている。これからは水が流れるように仕事に打ち込めるような気がした。
公園の冬木立。先日、上海から帰国した友人が東京の大気の清々しさを話していた。我々が外で深呼吸する行為が、中国では自殺行為に思えるようだ。
靖国問題後の国際観光白書でも、香港、台湾、中国の海外観光の1番人気はいずれも日本だった。親日の台湾は理解できるが、反日が高まる一方の中国でも、富裕層では日本が今も一番人気のようだ。
我々が気づかない内に、日本は世界トップの心地よい国を作り上げた。
例えば、チップを払わなくても、最上のサービスを平等に受けられる国は他にはない。
年末に友人家族がタイ旅行をして来た。奥さんと娘さんが象に乗ってジャングル体験をして戻った時、象使いの少年にチップを要求された。
事前に、ツアーコンダクターにチップは絶対に渡さないように言われていたので、彼女たちはそれを守っていた。しかし、どうしても象が下ろしてくれないので、怖くなってチップを渡してしまった。穏やかなタイ国民がそのように変化したのは欧米の悪弊に染まったのだろう。
日本では、欧米人が食事の後、チップのつもりで余分にお金を置いて外へ出たら、「お客さん、お釣りをお忘れです」と従業員が追いかけて来たのに驚いた、と言った逸話は数限りなくある。日本人には当たり前のことが海外の人にはとても新鮮に映るようだ。
自然公園の古民家のまゆ玉。子供たちが食紅で色つけした餅を丸めて、柳の枝に付けたものだ。昔は松飾りやしめ縄などのどんと焼きの火にかざして焼いて食べた。
自然公園の帰りは赤羽の旧市街で食材を買い物して、昼間の飲屋街を抜けた。この風景は昭和30年代から変わらない。30年前辺りまで飲みに行っていたが、今経営者はみんな、おばあさんになってしまった。
深夜映画の「月に囚われた男」2009年英国制作、デヴィッド・ボウイの息子ダンカン・ジョーンズ監督を録画で見た。英国映画らしく派手さのない静かなSFだった。日本語吹き替えではなく、仕事をしながら、チラチラ字幕を見ていたので正確に解釈はしていないが、異色のSFだった。
紹介文にはミステリーとあるが、本筋はミステリーにはなく、もっと哲学的な深い映画だ。
場所は月の裏側。エネルギーが枯渇した地球に代わって、月面での核融合燃料ヘリウム3の採掘を主人公のサム・ベルは3年契約で一人で行っていた。
地球上では創成期に存在していたヘリウムは殆ど総て宇宙空間に逸散し、現在の大気中にあるヘリウムの大部分はトリウムやウランなどがアルファ崩壊して生じたものだ。そのヘリウムの中で、核融合の燃料になるヘリウム3は100万分の1しか存在しない。しかし、月面には太陽からの太陽風によって、ヘリウム3がたえず吹き付けられて大量に蓄積されている。
舞台は月面基地での孤独なサムの独り舞台だ。コンピューターのガーティは彼の話し相手で世話係でもある。サムは地球に美しい妻テスと小さな娘イヴを残している。ドラマは3年の任期を終えて地球帰還する2週間前から始まった。
月裏側は地球と直接通信できず通信衛星の中継に頼っていた。しかし、サムの任務期間中、通信衛星はずーっと故障していて、サムと家族は通信録画で一方的な会話をしていた。サムが直接話せる相手は人工知能ロボット・ガーティのみだ。彼はその孤独な環境で、ひたすら愛する家族のことを想いながら孤独な任務を耐え凌いでいた。
サムは帰還寸前に作業車で事故を起こし瀕死の重傷を負った。しかし、何故か月面基地には代わりに新たなサムが現れ3年の任務に就いていた。
新たなサムはサムのクローンであった。新たなサムは状況に不信感を抱き、人工頭脳ガーティの制止を振り切ってヘリウム3採掘現場へ出かけ、事故車両の中に瀕死の古いサムを発見して助け出した。
やがて二人のサムはガーティの助けで、自分たち二人とも、本物のサムのクローンであることを知った。
地球の採掘企業は経費のかかる担当者派遣を止めて、本物の初代サムのクローンを月面基地に大量に冬眠させて置いておいた。クローンには本物のサムの記憶がそっくり移入されていた。地球との通信ができないのも、採掘企業が仕掛けた妨害電波によるものだった。
クローンには遺伝子欠陥があり耐用年数は3年で、地球帰還用のポッドへ入ると直ぐに冬眠させられ、そのまま殺された。そして、新しいクローンのサムを目覚めさせて、新たに3年の任務に就かせた。
クローンのサムたちは若く美しい妻と娘が3年後の帰還を待ち続けていると信じていた。しかし、クローンのサムは通信妨害が及ばない地域から自宅へ電話をして、すでに妻は死に娘のイブは15歳に成長し、本物のサムと地球で暮らしていることを知ってしまった。
その頃、月面基地へ採掘企業から救助隊と称する宇宙船が向かっていた。もし、余分なクローンが生きていることを知ったら、二人は企業によって抹殺されてしまう。
宇宙船が到着する寸前に、衰弱した古いサムは死んだ。新しいサムは死んだサムを作業車内に残して、人工頭脳ガーティの助けでヘリウム3輸送用のロケットで密かに地球へ帰還した。
映画はそこで終わり、字幕で採掘企業の不正が裁かれたことを明らかにしていた。
それは人の自意識や記憶の意味を深く問いかける哲学的な映画だった。もう一人の同じ記憶を共有する自分に出会い、自分で自分を看取るサムの気持ちは哀しい。暗く静かなバックの音楽も良かった。SF好きとしてはとても惹かれる映画だった。
「ターミネーター」や「2001年宇宙の旅」でのモノリス探査船で反乱する人工知能HAL(ハル)とは違い、この映画の人工頭脳ガーティは優しく思慮深く、作品を魅力的にしていた。
しかし、映画を科学的に見てしまう観客には不評かもしれない。
SFに厳格な科学を持ち込むとドラマは成立しない。スターウォーズやスタートレックでも、宇宙を自在に動き回れるほどの科学があるなら、一瞬で正確に相手を倒せる。だが、ローテクなレーザー砲やライトサーベルで戦っているから面白いドラマになる。
暴れん坊将軍でも、松平健が悪者に取り囲まれた時、将軍配下が恭しくに刀を差し出し、ゆったりと戦いの準備をしている。その時、隙だらけの将軍に切り込めば悪者たちは簡単に勝てるのに、それをやったらドラマが台無しになる。
「月に囚われた男」を見終えてから外へ出た。
住まいの中はまるでサムが過ごした月面基地のように寂しく思えた。
「ああ地球の大気は清々しい」
外へ出て広い地上風景を眺めながら、思わず深呼吸してしまった。
きょうも好天で、凛として心地よい冬だ。
散歩道の至る所にサザンカが咲いていた。
散歩を済ませたら、今描いている絵を一気に仕上げようと思った。
今日は阪神大地震の日だ。その時、私は50歳になったばかりで、絵本「父は空 母は大地」の制作に熱中していた。19年が過ぎたが、死別した肉親たちを忘れられないと遺族たちは語っていた。やがて再び大震災はやって来る。何とか動ける内は、しっかりと生きなければと思った。
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