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2014年3月27日 (木)

自然葬と花。14年3月26日

若者に、一度だけでも一人でディズニーランドへ行ってみることを薦めている。一人で行くと自分の立ち位置を鮮明に自覚できる。一人で行った若者の手記を読むと、どれも仲睦まじいカップルばかりが目に入って居たたまれなくなったとある。その時、自分がいかに自立していないか分かるはずだ。

30年近く前、劇団四季ポスターの資料にするために、ウエスタンリバー鉄道を見学に一人で行った。その時は仕事の目的があったので寂しさは感じなかったが、一人で来ている若者の気持ちはとても良くわかった。孤独が好きと言う若者は多いが、本当は覚悟にほど遠い。

70歳間近になった今、一人でディズニーランドへよく行くが、人目もカップルも気にならない。むしろ、30年変わらない風景の中を、のんびり歩くのが心地よい。

ゆうどきネットワークに樫山文枝氏が出ていた。彼女は既に72歳で年相応に老いていた。番組の視聴者からの投稿に「若い頃と少しも変わらずきれいです。どうやったら若さを保てるのですか」とあった。彼女は、言葉はハキハキして頭はしっかりしているが、外見は明らかに老いている。そんな彼女の答えを聞くのが居たたまれず、チャンネルを変えた。

数有る投稿の中から答えにくいものを選ばなくてもいいのに、NHKも意地が悪い。歳のままに老いることは自然で、世間はいつまでも外見の若さを重視しすぎる。

彼女が、先輩の宇野重吉は72歳で死んだと話していた。当時は普通の老いに寄る死と思っていたが、今思うと早い死だった。
宇野重吉が残した名言を彼女は話した。
「褒められたら自戒しろ」
その通りだと思った。

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暗い空だが、実際は小鳥がさえずっていてにぎやかだ。

孤独死や変死した人の都営住宅の空き部屋を年に二度、低倍率で貸り手を募集している。1度目は1月で2度目は7月の予定だ。私は変死した部屋でも、まったく気にしない。変死したと言っても、その人にも私と同じように人生があった訳で、それを変な目で見るのは気の毒だ。もし、死んだ人が化けて出たら、身の上話を聞いてあげようと思っている。

もし、私がそのような部屋を借りたら、私も孤独死する確率は高い。そうなったら、やっぱり不吉な部屋だと噂になりそうだが、それはそれで面白い。

「0葬・あっさり死ぬ」島田裕巳著が集英社から出ている。伝統的ではない葬式について書かれたものだ。買ってはいないが、本の案内を読むと共感できる。

墓地、埋葬方法に関する墓埋法は有名無実で、山海に遺灰を撒く自然葬は法的にも認められるようになった。しかし、それには故人の縁者の承諾が必要で、結局、遺骨は墓所に埋葬されることが多い。

金がかかる墓の維持を、子孫が続けてくれるとは限らない。むしろ、殆どの家庭では墓の維持は大変な負担になる。それで、骨壺を自宅に置いたままの家が百万以上に増えたと言う。

私も墓を維持できないので、母の遺骨は乳鉢で毎日少しずつ微粉末にしてゆかりの公園の心地よい草地に撒いた。白菊会に献体した時、解剖学の教授に頼んで両膝の人工関節を取っておいてもらった。それは今ビーズで飾ってカラフルなオブジェにして飾ってある。

母の遺骨を完全な微粉末にするのに1ヶ月かかった。遺灰は小さな革袋へ入れて持ち歩き、公園だけでなく、母ゆかりのお台場の海や銀座の植え込みにも少しずつ撒いた。それを2年以上続けて、今は僅かな遺灰を残すのみだ。その一連の作業が私流の母の野辺の送りだった。

埋葬して立派な墓石を立てるようになったのは近世のことだ。ビジネス化した葬式も仏教の教義に即したものではない。本来の仏教では葬儀は簡素で、遺骨は川に流していた。それでも一般の方に自然葬は敷居が高い。この本は敷居の高い人に自然葬を納得させてくれそうだ。

一生に一度は人の死に立ち会ったが良い。死に立ち会うと、死が人にとっていかに自然なことが理解できる。多くの肉親や知人たちの臨終に立ち会ってから、大河ドラマの最後の5分間紀行に、とても安らぎを感じるようになった。それは、その歴史の有る風景に足跡を残した人たち総てが死んでいるからかもしれない。

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散歩道の崖に咲いている大根の花。
背景の木は牡丹桜。

遺骨の主成分のリン酸カルシウムは美しい花を咲かせる良い肥料になる。だから、母の遺灰を撒いた公園に今年も美しく花が咲いていた。

花が咲くことで春が来たと感じる。今、緑道公園で満開なのは桃の花で、メジロの群れが楽しそうに蜜を吸っていた。

花を描く画家では、オキーフを思い出す。
彼女は花一輪を大画面に描くことで名を成した画家だ。"夫と死別した後、サンタフェ郊外の砂漠で孤高に絵を描きながら98歳の孤高な生涯を終えた"と評伝にある。

しかし、彼女はニューヨークの画壇と接触するのを好まなかっただけで孤高ではない。サンタフェ郊外の住まいでは温かい人間関係を構築して快適な晩年を送った。

彼女は画家として早くから認められ、経済的にも豊かだった。孤高とはゴッホやゴーギャンのように、画壇からも友人からも収入からも見放された画家を示す言葉で、彼女に使う言葉ではない。

彼女が中央画壇と関係を切ったのは人間関係が煩わしかっただけのことだ。ゴッホやゴーギャンのように認められたくても死ぬまで無視され続けた境遇とは大きく違う。

彼女が好んだアメリカ西部の明るく乾いた清浄感と、ゴッホが選んだアルルやゴーギャンの選んだタヒチの明るさとはかなり違う。後者の明るさは彼らを死に追い込んでしまった。

S_3S_4S_5S_6スペアミントの新芽。

スミレ。

ユキヤナギ。

近所で有名なおばあさん。

いつも花模様の派手な人だ。
この時はマフラーを頭に巻き、その中を造化で飾っていた。


深夜番組のバリバラを時折見るがとても面白い。

先日は障害者のセックスを描いた名作「セッションズ」を紹介していた。作品は2012年サンダンス映画祭で観客賞を受賞した。

ジャーナリストで詩人でもある主人公は幼少期に罹ったポリオにより首から下が動かない。彼は38歳の時に童貞を捨てようと、セラピーとセックスを仕事にしている女性を呼ぶ。しかし、事は巧く行かず神父に相談する。

この神父役のウィリアム・H・メイシー がとてもいい味を出している。

興味を持ったのは、医療の一部として認められていて、人権論者が攻撃できない売春があることだ。

売春の定義はとても難しい。

主婦であっても、生活費(金銭)の代償として愛のないセックスを提供していたら売春に含められる。

映画の実在のモデルは童貞喪失の11年後に死去した。


鶴竜が横綱になり、これで横綱三人はモンゴル人が占めた。それをとやかく言う人がいるが、私は良いことだと思っている。モンゴルは中露に挟まれた資源国だ。その国が相撲によって親日的になるのだから、どれほど日本の国益に繋がるか分からない。

小保方氏の・STAP細胞への疑念のニュースは聞くのが辛い。
SF好きなら、細胞の初期化をテーマにした作品を一つは読んでいるはずだ。ヒットラーの遺髪からクローンを作るストーリーの映画もあった。だから、SFフアンとしてやっと夢が現実化すると喜んでいた。

小保方氏の親族は大変なバッシングに晒されているようだ。佐村河内守氏も珍しい姓のために親族は苦労しているが、彼女の姓も珍しいので直ぐに特定され攻撃されてしまう。このような日本の村気質はとても恥ずかしい。いずれにしても、STAP細胞の真偽を確定するには1,2年はかかる。真偽が判明するまではとやかく言うべきではない。

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