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2014年7月25日 (金)

夏の食べ物と、真に豊かな国とは。14年7月25日

昨日の夕暮れ、激しい雷雨の中を買い物へ出た。帰る頃に雨は去り、雷鳴だけがいつまでも遠く聞こえた。日中、35度近くまで上昇していた大気は一気に冷やされ、窓から吹き込む涼風が心地よかった。


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出かける前は、雨交ざりの不思議な光に包まれた夕暮れだった。

夕食は済ませて満腹だったが、雷鳴を聞きながら、夏らしい食べ物が次々と想い浮かんだ。・・・冷や奴にところ天。冷や麦に添えるのは、野菜や白身魚やエビの揚げ物。冷や麦のつゆの薬味は大葉にショウガに小ネギを必ず使った。どれも、母が元気な頃は欠かさなかった和の食べ物だ。


小六から高三まで過ごした宮崎市での夏の食べ物の記憶はプリンにシロクマにソフトクリームだ。シロクマとは鹿児島発祥の、練乳、蜜、缶詰のミカンなど果物各種がたっぷりトッピングされた大きなかき氷のことだ。その頃のソフトクリームは、偽のクリームで作られていて、今食べたらかなり不味いが、喜んで食べていた。プリンは小洒落た洋食屋かデパートの食堂で食べた。こちらは本格的な本物で、今食べてもとても美味いはずだ。

宮崎市内には一級河川の大淀川が流れていて、夏には花火大会が開催された。中一の花火大会の日、母から小遣いを貰った。私は花火大会へは行かず、特別に夜9時まで開いていたデパートの食堂へ行って、シロクマにプリンにソフトクリームを注文した。

6階にあった食堂はガラガラに空いていて、開け放たれた窓から花火がよく見えた。まだデパートに冷房のない時代だった。ドーンと腹に響く音を聞きながら、好きなものを腹一杯食べた幸せ感は今想い出しても頬が緩む。

子供の頃に好きだった食べ物は、ハムに干しぶどうだ。当時のハムは大豆蛋白の粘結剤など使っていない本物で、ハーブの香り高くて本当に美味かった。以前、銀座のデパートで開催されたドイツの食品展で買ったハムは子供の頃のハムと同じ香りと味がした。その時、今の高級ハムは日本人向けにかなり変節されたものだと思った。


子供の頃のクリスマスの母の定番料理はビーフシチューだった。母は子供の頃、近所にあった久留米の師団の将校クラブの厨房を遊び場にしていた。その頃、見よう見まねで覚えたビーフシチューを自分なりにアレンジし、我が家の味に変えていた。

ビーフシチュー以外に、母はクリスマスには子供たちそれぞれの注文を聞いてくれた。ある年、ハムを頼むと、経木に包まれたズシリと重い薄切りハムを買って来てくれた。喜び勇んで3分の1程を一気に食べたが、後は味が分からなくなり感動は薄れた。貧乏な頃でも、母は好きなものは思いっきり沢山食べさせてくれた。

上京して受験に失敗し彫金家の弟子になった頃にインスタントプリンが発売された。私はマンガみたいに大きなプリンが食べたくなって、ボール一杯の巨大プリンを作ってみた。皿に移そうとしたが、型くずれしそうなのでそのまま食べた。しかし、ゼラチンで固めたバニラ風味のまがい物は不味く、二三口でうんざりした。それ以降、インスタントプリンは止め、洋食屋で食べるだけにした。同じ頃、高級ハムを1本買って丸かじりしてみたが、塩っぱいだけで子供の頃の感動はなかった。


S_1S_2S_4星美学園脇のムクゲの花。

散歩道のセイヨウオニアザミ。

今は盛んに綿毛の種子を飛ばしている。

綿毛は放射状に広がって、そこらじゅうに風に乗ってフワフワ舞っているのに出会う。

母も私も、それをケセランパサランと勘違いしていて、捕まえては白粉と一緒に箱に入れて置いた。

母は白粉を食べて大きくなると信じ、

私は幸運を招くと、大切にしまっておいた。

しかし、セイヨウオニアザミの種だと知ってからは、がっかりしている。

セイヨウオニアザミは有害外来種で、駆除の対象になっているからだ。


中国で覚せい剤密輸を計った50歳の日本人が死刑執行された。
判決が出たのは去年の8月で、中国としては執行までの猶予期間は長い方だ。通常は判決から2時間後に、裁判所脇に横付けされた窓のないワゴンタイプの死刑執行車で薬殺される。そのように、内乱の西域ウイグル人たちはろくな裁判も受けず、有無言わせずに殺害されている。

北京の公園に登場した金色の巨大なカエルのオブジェが江沢民氏に似ていると中国ネットで話題になっている。彼の特徴の黒ぶち眼鏡をカエルにかけさせた写真が掲載されたりしたが、直ちに記事とともに削除されているようだ。

中国のネット監視のための世論分析官は200万人に上り、政府に批判的な書き込みや投稿写真があると削除され検索不能になる。

その監視は国外にも及び、同じ漢字圏の日本人は注意が必要だ。先日、中国政府機関紙記事への批判をしていたら機関紙へのアクセスがブロックされた。その後、ブロックは解除されたが、その経緯をブログに記入したら再度ブロックされてしまった。あの国は、訳の分からないことがしばしば起きるので、関わるには注意が必要だ。

最近の中国ニュースに、二流国に落ちぶれて行く日本は一流国へ上昇している中国を嫉妬している、と書かれていた。日本が衰退する国なら、放っておいて無視すれば良いものを、なぜにトップの習主席から末端のメディアまでヒステリックに日本の悪口を言い立てるのか理解に苦しむ。

中国の日本分析は浅薄で独善的だ。日本の豊かさが世界何位かは横に置いといて、事実を基にすれば、世界6位の日本の排他的経済水域には膨大なメタンハイドレートや希少金属がある。その豊かさを考慮すれば、中国が熱望する程に日本の未来は暗くない。

世界の豊かさランクで日本は17位に落ちたと国際機関が発表した。ちなみに韓国は15位と日本より豊かで、フランスは日本より貧しいとされている。

日本よりずっと豊かな米国では、盲腸程度でも医療機関にかかれずに死ぬ人がいる。日本より豊かな欧米諸国では、夜間、女性が一人歩きすることは危険行為で、落とした財布は戻ってこず、自動販売機は窃盗被害にあうので野外に設置されていない。

判定を出した国際機関の豊かさの概念は我々と違うようだ。私は万人がのんびり暮らせる国こそが真に豊かな国だと思っている。私の基準では、厳しい競争社会の韓国中国は永遠に豊かにはなれない国だ。


昨夜、iTunes Storeから「もしも昨日が選べたら」をダウロードレンタルした。2006年米国のファンタジーコメディで、仕事優先男が時間を自在に操れる万能リモコンを手に入れ、成功を得たけど家族を失う話だ。

話のおちは中国の昔話「邯鄲の夢」にとても似ている。
・・出世を目指して科挙を受験に行く青年が道士に出会い、一瞬眠っている間に、夢の中で栄耀栄華を極めて死ぬ。目覚めた若者は出世に虚しさを覚え、科挙受験を止めて、故郷での素朴な生き方を選ぶ・・・

前回も書いたが、米国では豊かな都会生活を捨て、貧しくても田舎の生活を選ぶ若者が増えている。
「もしも昨日が選べたら」は、そのような競争社会を背景に作られたのだろう。競争社会の虚しさは一度成熟社会を経験しないと分からない。

映画は2006年度アカデミー賞のメイクアップ賞にノミネートされている。確かに出演者たちの老い顔のメイクアップはリアルで優れていた。

そのように米国映画の撮影技術は見事だ。
それについて面白い記事があった。大阪USJのハリーポッターの新アトラクションの出来映えは突出して世界最高水準だと言う。米国の本家は写真写りはとても良くできているが、間近に見るとアラが目立ち、細かいことに拘る日本人には不評だ。

対して、京都の映画村太秦を控えた大阪USJは本物志向でかなり水準が高い。黒澤明、小津安二郎とこだわり派の巨匠たちに鍛えられたセット美術は間近に見ても実に素晴らしい。大阪USJのハリーポッターはそれらの伝統的な技がふんだんに使われた。繊細なできばえでは東京ディズニーランドも高評価されている。


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