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2014年7月 6日 (日)

70歳からのサバイバル。超高速老年期に猶予はない。14年7月6日

東京北医療センター庭のベンチから併設の介護施設の部屋が見えた。おばあさんが介護ベットに寝ている。天井を見つめている青白い顔が辛そうだ。枕元には80代後半の誠実そうなおじいさん。二人は時折、ポツポツと言葉を交わしていた。

おじいさんを眺めながら、ふいに母から聞いた老人のことを思い出した。父が戦時中に日田山中で国策事業の灌漑工事の現場監督をしていた頃、父の山案内をしていた老人がいた。70代半ばの彼は、毎日、10里ほどの山道を駆け回っていた。
「いつも手甲脚絆のキリリとした身支度で、鶴のように引き締まった体つきの律儀な人だった」
よほど印象深い人だったようで、母は生前よく話していた。
私の子供時代にも、そのような老人が回りに多くいた。現代の老人には少なくなったが、無口で誠実で、ものごとの理をわきまえていた。

時折、硝子越しに庭を眺めるおじいさんの表情に、飄々とした諦観のようなもの感じた。お婆さんは寝たっきり間近だ。介護施設では、弱ったらすぐに老人病院などへ転院させられる。私の知っている老人の多くは転院させられると無気力になってすぐに旅立っていた。心なしか、おじいさんの穏やかな表情に残される寂しさを感じた。


S_1ホタルブクロの花。

一瞬、摘まれた花が落ちていると思ったが、茎も葉も揃っていた。

半月前に芝刈りされた場所だが、かろうじて莟が生き残り、開花させたのだろう。

立派に育った植物は刈り取られ、目立たずに小さく生きて来た植物が開花する。
まるで人生模様を見ているような気がした。


今回のテーマを「70歳からのサバイバル」としたのは私が70歳寸前だからだ。歳は70でも60でも大きな違いはない。老後をどのように生きるかは、老人共通のテーマだ。若者との大きな違いは、歳を重ねるに従って体力が弱り苦痛だけが増加して行くことだ。

若い頃は駆け上っていた階段を、老いては休み休み上っても息切れがする。若い頃は1日に10時間でも眠り続けられたのに、4時間で目覚め、二度寝できないままに気怠い朝を迎える。食欲も衰え、余分に食べてしまうといつまでも胃の辺りが重苦しい。ど忘れも多く、よく知っている人に会っても名前が思い出せず、いつまで悩んだりする。肩、膝、腰と痛く重い所だらけで、ちょっとした動作でも「よっこいしょ」とかけ声をかけてしまう。

そのような老いであっても、巧いことにすぐに慣れ、白髪やシワが増え頭が薄くなり姿勢が悪くなっても、さほど気にならなくなる。

しかし、困った一面もある。それは心の真ん中の自我は若い頃と変わらないことだ。時折突然に自我と現実のギャップに悩むことは多い。そして、何とか若い頃の健康を取り戻したいと、叶わぬ努力を始めたりする。

病や心の悩みとなると深刻だ。ガンの宣告を受けたり、親しい人との永遠の別れも増えて、深い悩みに囚われてしまう。

昔の老人は大家族の頂点にいた。家族の敬意を一身に受け、年々増えて行く一族に孤独や悩みを癒されていた。対して現代は、長命な上に核家族化で分断され、昔のように敬意を受けることはなく、家族はよそよそしいものになってしまった。

風景の喪失もある。私の散歩コースでも、木々が大きく育ち、ヨーロッパの街のように落ち着いた色合いに変わっていた赤羽台団地は無惨に取り壊され、真四角の味気ない高層住宅地に変わってしまった。そんな街の跡を通ると、昔の情景が蘇り言い知れぬ喪失感を感じる。


仏教では人の思うようにならない苦しみを次のように分類する。
愛別離苦(あいべつりく) どんなに愛していても、死や破壊などの別れが訪れる苦しみ。
怨憎会苦(おんぞうえく) どんなに怨み憎んでいても、一緒に仕事をしたり、会ったりしなければならない苦しみ。どんなに嫌な土地でも、我慢して暮らし続けなければならない苦しみ。
求不得苦(ぐふとくく) どんなに求めていても、得られない苦しみ。
五蘊盛苦(ごうんじょうく) 五蘊とは人の肉体と精神の総称。人の肉体と心はこうありたいと願っても思うがままにならない苦しみ。
更に、この四つの苦しみに生・老・病・死の四つ苦しみを加えて四苦八苦とする。仏教では四苦八苦に対して闘うことではなく諦め受け入れることを薦めている。

「諦めよ」と言われて、すぐに実行できるなら人は悩まない。
だが老年期は猛スピードで過ぎて行って、気づいた時は死の床にいる。老人には一刻の無駄も許されず、理由など考えずに強引に諦め受け入れてしまう他ない。

現代には病気、老い、人間関係のトラブルそれぞれに専門家がいる。四苦八苦の苦しみは彼らに丸投げして任せ、それでも解決できない苦しみは何も考えず、ごまかさずに片っ端から受け入れてしまうことだ。

始めに書いた昔の老人たちは、若い頃から生活の中で、受け入れる生き方を身につけて、飄々と生きていた。彼らは自分に嘘をつかなかった。自分をごまかすことは無駄なエネルギーを費やすからだ。老年には一刻の猶予もない。残り少なくなった生きるエネルギーは大切に余すことなく楽しいことに費やすべきだ。それが「70歳からのサバイバル」の極意だと思っている。

楽しいことは人様々だ。私の楽しいことは仕事と散歩。友人たちは、旅行、釣り、ゴルフ、ハイキング、観劇とそれぞれに好きなことをしている。それらを目一杯楽しむことが「70歳からのサバイバル」で、それを完遂できたら悔いなく死を受け入れることができる。

そうは言っても、目一杯楽しむことは実に難しい。そこで、昨日より今日は、1%余分に頑張ることにしている。1割とか2割では長続きせず、すぐに挫折するからだ。母のリハビリでも、昨日よりも1%余分に母を頑張らせていた。

「70歳からのサバイバル」のもう一つの基本は何でも受け入れて従うことだ。それができるきっかけは、前回書いた「ぼんやりすること」にある。せわしなく考え続け、行動し続けてもその境地には到達できない。何もせず、ぼんやりと自然を眺めていると心のかせが外れて、その境地に達する。それは仏教の座禅や瞑想に相通じる心境のようだ。

更に、楽しい行動をする前に「エイヤーッ」とやる気スイッチをいれることだ。この馬鹿馬鹿しい準備運動が意外なほどの効果がある。

人はどんなに努力しても、老いて病んで死ぬ。命が尽きる寸前の老年期は、必死になって楽しむことがとても大切なことだ。


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御諏訪神社下の道。

 母逝きて 緑陰深く 蝉時雨

今の住まいに引っ越してすぐの真夏、この道を歩きながら、この句が想い浮かんだ。母が死ぬ14年前のことだ。その時、母は夏の始めに死ぬような気がしてならなかった。そして、予感通りに母は7月1日に死んだ。


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セイヨウヤマゴボウの見事な群落。
それを見下ろす陸橋上で旧知のTさん母娘に会った。Tさんは初々しい嫁入り当時から知っている。すかり大人になったお嬢さんの歳を聞くと19歳。最後に会った頃は小学生で、それからの10年は一瞬に過ぎてしまった。

彼女たちは里親の会から黒い大型のメス犬を引き取っていた。ちょっと相手すると、まだ好奇心一杯の若い彼女に飛びつかれて困ってしまった。

そのように、赤羽は隅々まで思い出に満ちていて、街を歩けば何かの思い出につまずいてしまう。だから、死ぬまで赤羽で暮らしたいが、この先どうなるかは分からない。ただ、運命は受け入れようと思っている。


ブラジルのネイマールが背中にコロンビアの選手に膝打ちを受けて腰椎を骨折した。これで出場は不可能になったが、これからの対戦チームは攻守が難しくなった。今まではネイマール一人に集中すればよかったのが、全体に目を配らなくなったからだ。

9日準決勝のドイツ-ブラジル戦はドイツ優勢と見ていた。しかし逆に、危機感を募らせ一致団結したブラジルにドイツは苦戦し、ブラジルの決勝進出が濃厚になったと思っている・・・と予想したが、大失望するくらいブラジルは脆かった。殆ど寝ずに試合を見始めて、後半戦が始まりドイツが7得点した頃には諦めて寝た。

ネイマールに膝蹴りして負傷させたコロンビアの黒人選手はマフィアから命を狙われていると言う。試合直後のインタビューで彼は顔面蒼白になっていたが、これからは気が休まらない日々が続きそうだ。

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Goof

Mas

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