« 雨のディズニーシーのレトロな電車の音は千と千尋の神隠しとそっくりだった。14年8月13日 | トップページ | 平穏は年月に流されていては訪れず、闘い続けて得られるもののようだ。14年8月21日 »

2014年8月16日 (土)

美しい人、心、町、風景、どれも苦悩から救ってくれる。14年8月16日

昔、大阪で個展をした時、後援企業の重役のお嬢さんが手伝ってくれた。大変に美しい人で、奈良の住まいから大阪へ通っていると話していた。その時、こんなに美しい人がいるなら大阪に引っ越しても良いな、と思ったほどだ。

美しい人や心は、接した人の人生を変える力がある。それは美しい自然や風景も同じだ。先月、奥秩父の友人の別荘を訪ねた時、美しい自然に感動して、その近くにあった空き家に引っ越そうか、と一瞬、思った。

今の住まいを選んだのも、美しい眺望に惹かれてだった。朝夕の空。奥秩父の山塊から富士。深夜の夜景。どれも息をのむ美しさだ。だから、今回の引っ越しで、それらの美しいものを失うのは実に寂しい。


Ma_1


先日の夕景色。これほどの夕景色が日常的に眺められる。


Ma_4


旧作品を整理していて出て来た30代の絵。

近未来を描いた。深刻な汚染により地上に人が住めなくなった地球。僅かに生き残った人々は、太陽光と大気中からエネルギーを得て、永遠に飛び続ける巨大な蛾のような飛行体のカプセル内で眠り続ける。何万年か過ぎて、地球の汚染が浄化された時、彼らは地上に舞い降りて目覚める。そのような物語を描いた。


M_4


昨夜、やっと作品の整理が終わった。写真の梱包はその一部で、未発表の作品の個展を数十回できるほどの量だ。それは、私が画家として広く認められていれば人生の成果であるが、現状では限りなくゴミに近い。独り身の私にとって作品は子供のようなものだ。これからは、ゴミとして廃棄されないように必死に頑張って生きながらえさせようと思っている。

今、断捨離達成への大きな障壁にぶつかっている。始めはどうでも良いものばかりを捨てていたので、身軽になって行く壮快さがあった。しかし、今捨てている多くは思い出がこもっていて、捨てることに躊躇し息苦しさを感じる。片付けばかりしていて、絵を描いていないのも辛い。早く、落ち着いて本来の生活に戻したい。

昨夜、作品の収納棚代わりに使っていた洗濯乾燥機の台を分解した。乾燥機は今の住まいに引っ越した時に処分した。台は30年前の頑丈な鉄製で分解するのに苦労した。上部アームのネジを外し、錆び付いたパーツを揺らして外していると、突然、1キロ前後の部材が1mほどの高さからバラバラに落下した。

スローモーションのように4本の鉄片が足元に落ちて行くのが見えた。もし、1個でも素足を直撃したら、ただでは済まなかったが、かすりもせずに畳に落ちた。その時、まだ運が残っていると思った。

午後、散歩へ出た。玄関を開くと大宮方面に厚い雲が見えたので、雨傘を持って出た。少し歩くと、冷たい風が吹き始め、すぐに猛烈な驟雨が来た。


M_6


帰宅する頃には雨は止んでまぶしく夕日がさした。鬱々としていても、この広大な空を眺めると気分が晴れる。パソコンに保存したこの住まいからの風景写真は膨大な量だ。住み始めた頃から、やがて出ることになることを予想して、17年間、撮り貯めたものだ。新居でもこれに代わる美しいものを見つけなければと思っている。

72歳の姉にとって引っ越しは辛いものだ。
湯島の嫁ぎ先を子供二人を連れて出て、駒込に移り住んでから30年が過ぎた。姉にはとても暮らしやすい町で、仕事場にも隣人にも恵まれて来た。その間に一人息子を事故で亡くす大きな不幸があった。死別により姉の町への思いは深く、決別は辛いものになりそうだ。

今、姉は新橋の小さな小料理屋を任され、充実した老後を送っている。駒込の住まいから通うのも楽で、姉には何の不満もない状態だ。それが、今回の引っ越しで、歩く距離も通勤時間も長くなり、心臓に宿痾を抱えている身では辛いことだ。更に、駅から住まいへの道は寂しく、毎夜、恐がりの姉を駅まで迎えに行くことになりそうだ。それでも同居を決めたのは、姉弟の老いによるものだ。一人では難しくても、二人が支え合えば何とか生きて行けると思っている。

新居で、新たな美しいものに出会えれば、どのように辛い問題が起きても消し去ってくれる。美しさには万能の治癒効果があり、どんなに辛い生き方からでも救ってくれると信じている。


この夏、水難事故対処方法の解説番組を何度か目にした。私たちが子供の頃、水に落ちた時は靴や衣服を脱いで身軽になって泳ぐように指導された。今はそれは間違っているとされている。普通の靴は水より軽いので、脱ぐと却って足先から沈む。ズボンなどは余程泳ぎに熟達していても、水中で脱ぐことは難しい。

洪水の多いバングラディシュでは、水に落ちたら泳がず浮いて助けを待つように政府が指導している。浮く方法は、体をリラックスさせて大の字に伸ばし、息を肺に貯めて浮力を付け、重い頭を水中に沈め、呼吸できるように口鼻だけを水面から出しておくことだ。まったく泳げない人でも、その方法で長時間、浮き続けることが出来る。

手を上げて助けを求めると、肺の空気がなくなって浮力がなくなった上、水面から出ている頭の重量を支えられず、体はすぐに沈むので厳禁とされている。洪水などで激流に流された人の多くは泳ごうとして疲労し心臓マヒを起こして死んでいる。

プカプカ浮いておれば、誰かに発見されるか、ひとりでに岸にたどり着くこともある。そのように昔の常識は今は否定されているようだ。


Ma_3

Ma_4

Ma_5

Goof

Mas

|

« 雨のディズニーシーのレトロな電車の音は千と千尋の神隠しとそっくりだった。14年8月13日 | トップページ | 平穏は年月に流されていては訪れず、闘い続けて得られるもののようだ。14年8月21日 »