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2014年8月28日 (木)

雨上がりの街は 思い出が透きとおって見える 14年8月27日

朝から涼しい雨で、9月下旬の気温。
水シャワーは止め、久しぶりに暖かいお湯を浴びた。


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雨景色はすばらしい。いつもの歩き慣れた道が知らない街のように見える。
子供の頃、母に連れられて旅した宮崎も北九州も、いつも冷たい雨だった。だから、雨景色を見ると遠い昔の都会風景を感じる。それは現実の東京より、はるかに都会的で、古いフランス映画を見ているような不思議な感覚だ。


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降り続けていた霧雨が止んだ。濡れて光る広場で子供たちが楽しそうに駆け回っていた。

 雨上がりの街は
 思い出が透きとおって見える
 すみずみまで
 よく知っていると思っていたのに
 失くしたものに
 何度もつまずいてしまう

この詩は、昔、雑誌に絵と詩を連載していた頃のものだ。


毎日、引っ越し準備を深夜まで続けている。小さな住まいなのに、しまい込まれていた道具や素材があまりにも多過ぎて整理に手間取っている。昨夜は膨大な量の木工用の金具・木ネジ・釘類のえり分けを続けていた。

ものが増えたのは43歳で絵描きに転向するまで、自分探しを続けたからだ。試みた分野は、陶芸・染色に機織り・指物・鍛冶と広く、その都度プロ用の道具を揃えていた。

以前の収入源の彫金はバブルが終わるまで大変に景気がよく、のんびり働いても1日3,4万になった。その頃、資産を築き、豊かな老後を送っている仕事仲間は多い。私はアート志向が強かったので、月の半分ほど働いて、収入の殆どは思いつきの仕事に費やした。

43歳で絵描きに転職した頃は紙メディアが元気良かった。転職しても人脈のおかげで絵本やポスターの仕事が得られ、知名度が上がって絵が売れた。その頃は、お金に窮して親しい編集長やデザイナーを訪ねると、10万くらいの仕事ならすぐに出してくれた。

しかし、良い時代はすぐに終わった。インターネットの普及に従ってグラフィクデザインも出版も衰退し、それに伴ってイラストの需要は激減し、売り絵も厳しくなった。

デザイン自体はこれからも重要さを増すが、紙メディアのポスター・出版・印刷広告などのグラフィクデザインは衰退の一途を辿っている。その姿は時計業界の変遷と似ている。

私が彫金を始めた頃は、中級品の機械式腕時計全盛の頃で、ホワイトゴールドの時計ケースに模造ダイヤをセッティングする仕事が大変に忙しかった。

・・・ホワイトゴールド=金とパラジウムのK14の合金で淡黄色をしている。白金=プラチナと間違えられるが全く別物。通常、堅牢なロジウムメッキをかけるので、実際の色を見ることは少ない。

模造ダイヤはジルコンと呼んでいた。ジルコニウムを元にする結晶で、屈折率が良く模造ダイヤとして使われる。本物のダイヤと比べ柔らかいので作業はやや面倒。
見分け方は、ダイヤは水に漬けても輝きを失わないが、ジルコンは輝きを失い透明に近くなる。ただし、ダイヤより屈折率が高いキュービックジルコニアは輝きを失わないから注意。キュービックは本物のダイヤにないプリズム効果で七色の光が交ざるのが特徴。見慣れるとすぐに判別できる。
もう一つの特徴は硬度が柔らかいためカットの角がだれていたり、傷ついていたりすること。その点、本物は最高度の硬度を誇るだけに、実に端正なくっきりしたカット面で傷は全くない・・・

その頃、私の遠縁の者は時計ケースをダイキャストで作り、大もうけしていた。彼の家を訪ねると当時大変に珍しかったカラーテレビがあり、サラリーマン半年分の収入ほどの価格と聞いて驚いた。しかし、機械式中級品のブームはクオーツの登場によって終わった。

・・・ダイキャスト=蝋型鋳造。大昔からある鋳造法だが現代は進化して、装身具だけでなく精密機械部品もダイキャストで量産されている・・・

クオーツ化によって逆にスイスの超高級機械式時計は興隆した。それと同じように、出版界の一部は高級な手作り本で生き残るのかもしれない。しかし、出版の規模が縮小し続けるのは時代の流れで止めようがない。

売り絵が厳しくなったのは、絵自体が日本で売れなくなっているからだ。原因は富の偏在化にある。先日、85人の大金持ちの総資産が世界人口の半分の資産と同じとの調査発表があった。その構図は健全なコレクターの所得層を減らすことに繋がり、多くの絵描きや彫刻家や工芸家は取り残されてしまった。


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崖上の並木。

昨日の深夜、歴史秘話ヒストリア「春はあけぼの」の秘密・清少納言・悲しき愛の物語の再放送をしていた。枕草子は好きな作品で、明るくて今風でみずみずしい。

それが書かれたたのは、清少納言が仕えていた中宮定子が凋落し24歳で早世した後の絶望的な境遇の中だった。私も、気分が落ち込んでいる時に明るく楽しい絵を描く。だから、その時の彼女の心情がよくわかる。

清少納言はライバルの紫式部から自己顕示欲が強い女だと非難されていた。宮中でも浮いた存在で同僚たちからは敬遠されていた。男好きのする女性は同性から嫌われる。もしかすると、清少納言はいい女だったのかもしれない。その点では、紫式部は男から見て魅力がない女性だった気がする。

番組の、彼女が憧れた甘葛 (アマズラ)の樹液を煮詰めて作ったシロップをかけたかき氷の解説は楽しかった。当時の気候は寒冷で、京都郊外の山地で天然氷が盛んに作られ、夏まで氷室にしまっておいて宮中へ献上されていた。

甘葛は芥川龍之介の短編芋粥にも出て来る。自然薯を甘葛の樹液で煮た粥は大変な高級品で、主人公の下級役人五位は食べたくてしょうがなかった。そんな彼を哀れんだ地方豪族の藤原利仁が領地に招き、大釜で芋粥を煮て供すると、彼は胸が一杯になり一椀も食べられなかった。

芋粥以来、甘葛の味にとても興味があった。
番組で甘葛シロップの作り方を紹介していた。見た目はそこらにある普通のツタで、太い茎を切って端から息を吹き入れると、透明でほの甘い樹液が反対端から滴り落ちた。それを煮詰めたシロップは爽やかな甘みでとても美味しいと言う。甘葛に似たツタが散歩コースの太い樹木に絡んでいるので、今度採って試してみようと思っている。


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森の中のテニスコート。
住まいを整理していて出て来た30代の頃の作品。

代々木ゼミナールが校舎を7割閉鎖して職員400人の希望退職を募っている。不況知らずの産業だと思っていたが、少子化の今は大学は誰でも入れる広き門になったことが大きな原因だった。

美術大はアート志向の男子学生が激減して女子大化している。少子化していても、裕福な階層は幼児の英語教育に熱心で、知人が経営している英語学校は夕暮れになると、子供を送り迎えする高級外車が溢れていると言う。教育の世界でも大変動が起きているようだ。


最近読んだ重いニュース。
安楽死が合法なスイスへの自殺目的の渡航者が増えている。渡航者の平均年齢は69歳。その殆どが一時も休みなく激痛に襲われる重度の神経系の難病患者たちだ。スイスに入国する自殺志願者数は2008年の123人から2012年は172人と4年間で1.4倍に急増した。

スイスでは医師が薬物を処方する自殺幇助(ほうじょ)が認められていて、支援する団体も在る。入国者の国別はドイツと英国人が多い。

去年末、友人が頭部打撲の後遺症で激しい頭痛で苦しんだ時、死んだ方が良いと思ったと話していた。その激痛は思考も睡眠も食欲も全てを奪う熾烈なものだ。数時間、頭痛から解放させてくれる特効薬があるが、一生に1錠しか飲むことはできず、2錠飲むと死んでしまうと言う。しかし、彼は奇跡的に自然治癒して生還した。そんな現実の話を聞くと、果てることがなく続く重症患者が死を選ぶ理由は理解できる。


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