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2014年9月13日 (土)

新居での再出発は人生の総括で後始末でもあった。14年9月13日

赤羽駅に隣接した北区出張所へ行って転出転入の手続きを済ませた。この出張所は有能で親切な職員が集められていて利用者は多い。同時に姉の転出転入をすると、目の前でキビキビと事務手続きを済ませ、あっという間に二人の新しい健康保険証を発行してくれた。

その後、池袋のメトロポリタンビル15階の都市整備公団へ行って未払いの家賃を精算した。3ヶ月遅れを1年以上続けたので担当のKさんとはすっかり顔なじみになっている。
「長いことお世話になりました」
別れを言うと
「これからもご活躍下さい。期待しています」と励まされた。
事務所は今日を最後に移転する。他の社員は引っ越し準備に忙しく働いていた。その光景に様々な終わりを感じた。

少しお金が余ったので、ビックカメラに寄ってソニーのイヤーレシーバーDR-EX650を買った。音導管が真鍮製で中域の音が心地よい。それまで使っていたイヤーレシーバーと比べると、殆ど聴こえなかった重低音が鮮明に聴こえた。そのような買い物が出来るのも、家賃が激安になったおかげだ。

しかし、新居に移ってからのモチベーションの低さはいかんともし難い。毎月の家賃支払いに追われた頃は必死になって営業し絵を描き売り続けた。その切迫感がなくなると同時に高いモチベーションも消えてしまった。しかし、残された生き生きと生きられる年月は本当に短く、このまま老いて行く訳にはいかない。その危機感をバネに作品を生み出さなくては・・・

そんなことを考えながら、埼京線の車窓から夕空を見上げていた。ビルや公園の木々のシルエットが美しく心に染み入る。これから描くべき作品は、夕暮れの情景みたいな、静かで心に響くものかもしれない、とぼんやりと考えていた。夕景は昔から好きだったが、売れるタイプの絵ではなかった。生活にゆとりができたこれからは、より自分の心に忠実に描こうと思っている。

北赤羽で下車して、旧居の隣家のTさんを訪ねた。Tさんからは事前に電話があり、母の仏前の花と四国土産の竹輪を貰った。花を取り替える予定だったので有り難い。引っ越しても人間関係は全く変わらない。毎日の散歩も、いつもと同じコースを歩いている。今日も、いつもの公園のベンチにぼーっと腰掛けて持参したお茶を飲んだ。この変わらない時間は安らぎである。


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新居は荒川からの風が冷たい。夜は灯りのない広大な河川敷が黒々と見え、秋の虫が振るように鳴いている。それは長く忘れていた田舎の記憶を蘇らせる。

この建物は古く、室内は配管がむき出しになっている。その、映画のセットのようなもの憂げな雰囲気に古ぼけた家具類がよく合っている。長年馴染んで来た品々を思い切り捨てようと思っていたが、思いとどまって本当に良かった。

リビングの電球色の灯りの下、スタン・ゲッツのサックスでWinter Moonを聴いた。聴いているうちに、万事使い勝手の悪かった新居が少し好きになった。奥の明るい部屋は仕事部屋。早く仕事を始められるように仕事机などの改装を毎日続けている。

光回線開通と同時に日立の二層式洗濯機「青空」をネット通販で24000円で買った。とても汚れの落ちが良く、今日は3度洗濯した。25年使って捨てた旧機と基本機能は全く同じで、丸みを帯びたデザインだけが違う。

明日は仕事部屋にコンパクトに納まるイーゼルを作る。それが終われば仕事開始だ。幸い小品の注文が入っている。金額の多寡ではなく、新居での初仕事が決まっているのはとても嬉しい。


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中央の丸みを帯びた黒っぽい樹形が椎の木。


S_2_2Sx_1先日の驟雨で椎の実が沢山落ちていた。腰痛のため腰を曲げるのが辛く、片手一杯ほど拾って止めた。

炒って食べると、子供の頃の記憶が懐かしく蘇った。
郷里には椎の木が多かったが、どれもは自然の山の斜面にあり、実は深い下生えに落ちるので、椎の実を拾うのはとても難しかった。
その点、東京の公園の椎の実は芝生に落ちるので、拾うのがとても楽だ。

ヤマボウシの実も熟し始めた。この実が食べられることを知っている人は少ない。
熟し柿のような食感で、甘く仄かに酸味が有る。

東京は暑い日が続いたので、今年もとても美味しく実った。
写真を撮った後、5,6個摘んで食べた。
中にはピンポン球くらいの大きな実も含まれていた。
私はこのまま食べるのが好きだが、ジャムにする人もいる。


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環八と浮間通りの交差点から。
中央の建物が旧居があった公団アパート。
旧居の辺りを、ついついセンチメンタルに眺めてしまう。
新居に馴染んだ頃に、その寂しさは消えるのだろう。


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浮間橋。
左の高架は埼京線と新幹線。


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橋を渡ってから右折して、新河岸川沿いに少し歩くと荒川土手へ出る。
このコースは42年前に赤羽へ引っ越して来た頃から、毎日のように散歩していた。


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荒川土手を歩いて、新居へ向かった。
河川敷はゴルフ場になっている。大震災のときは地割れし液状化するほど激しく揺れて、プレーをしていた人は立っていられなかった。


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Goof

Mas

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