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2014年10月17日 (金)

行き過ぎた延命治療ではエンドルフィンが枯渇し、苦しい死を迎えることになる。14年10月17日

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荒川土手は空が広い。その道を信号や車に患わされることなくぼんやりと散歩できるのは素晴らしい。今日は月一度の歯のメンテナンスの日。四キロ四ほど歩いて赤羽駅近くの上野歯科医院へ出かけた。いつものように丁寧な歯のクリーニングのおかげで、気持ち良くて眠ってしまった。

帰りは日がかげり、風が冷たかった。夕暮れの肌寒さが懐かしく感じる。しかし、新居にはまだ安らぎを感じない。そう感じるまでには時間がかかりそうだ。


F15号の絵に取りかかっている。マリオネットの足元にノスタルジックな夕暮れの街を描いている。テーマは愛しき我が家。失った光景や逝ってしまった人たちを想い出しながら、心を込めて描いている。絵を描くにはエネルギーを費やす。殊に、仕事の取りかかりに「えいっ」とかけ声が必要になった。と言っても実際に声を出すわけではない。歳を取ると体を動かす時、思わず「どっこいしょ」と声が出るが、それと似ている。

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秋のさわやかな木陰。
ビバルディのヴァイオリン協奏曲がとても似合う。


日経ニュースで日本人の死に場所について取り上げていた。
私が子供の頃は、殆どの日本人は自宅で死んでいた。それが今は80%が病院で死んでいる。これは世界的には異常なことだ。
在宅での死はフランスは58%。スウェーデンは42%。オランダは35%。福祉先進国のスウェーデンの老人たちの多くは専用集合住宅で日常生活をおくり、死期が近づくと手厚い介護サービスを受けながら、住み慣れた自室で死を迎える。

欧州で在宅死が多いのは、公的在宅サービスが充実しているからだ。対して、日本で病院死が突出しているのはコストが一番安いからと考えられる。私は祖母、父、母と在宅で看取ったが、コストも労力も大変にかかり、それまでの蓄えを総て失ってしまった。旧居で家賃支払いに窮した遠因は、三人の在宅介護に費やし過ぎたからだ。

昔、祖母と父を在宅で看取った頃は「親を病院にも入院させずに死なせた」と非難する者がいた。私はすかさず反論したが、やりきれない理不尽さが残った。

しかし、母を看取った時はそのように非難する者は皆無だった。父が死んでからの三十二年間に、死や看取りに対する考え方が大きく変わった。
記事では臨死についても触れていた。臨死状態になると脳内麻薬のエンドルフィンが放出され、苦痛は和らぎ多幸感の中で死を迎える。だから、臨死体験者は死を恐れなくなる。

以前見たドキュメンタリーで、ライオンに仕留められた瀕死のシマウマの瞳に安らかな光を感じた。常識的に考えれば、シマウマの表情に苦痛と絶望が表れるはずだが、そうではなかった。その時のシマウマの脳内にはエンドルフィンが放出され、苦痛はなく、多幸感に包まれていたのだろう。

母の終末期にも同じことを感じた。
母の死の三日前。深夜、母の様子を見に行くと、母は目覚めていて天井を眺めていた。
「どこか辛い所はないの」
声をかけると
「どこも辛くはない、とてもいい気持ち」
と、とぎれとぎれに答えてから「天井に綺麗な光が写っている」と笑顔になった。
しかし、母の酸素飽和度は極度に低く極度の苦痛に晒されていたはずだ。なのに、気持ちいいと答えたのはエンドルフィンのおかげだろう。母の寝たっきりは七日間だけで、さほど苦しむことなく、あっさりと自然死した。

脳内麻薬のエンドルフィンはモルヒネの十倍の鎮痛作用や多幸感をもたらす。臨死状態だけでなく、長距離走や性行為などでも脳内の視床下部や脳下垂体などから分泌される。しかし、長期間延命治療をすると、エンドルフィン分泌器官の感受性が疲弊して、地獄の苦しみの中で死を迎えることになる。

古代から連綿と続く看取りの歴史の中で、自然死は一番幸せな死に方とされている。不治の患者や高齢者の終末期において、欧米では口から食物が摂れなくなったら点滴はやめる。日本で突出して多い胃瘻は、胃瘻によって再度口から食事を摂れるまで回復が見込まれる時のみに施されるべきだ。だから欧米では胃瘻の実施例はとても少ない。日本で行き過ぎた延命治療が増えたのは、事なかれ主義と国民保険制度による負担の少なさによるものだ。


抗がん剤の是非についての記事もあった。
抗がん剤でガンが完全に消滅した治療例はない。だから、抗がん剤でガンが数ミリまで縮小すれば医師は消滅したと診断する。しかし、生き残った数ミリの腫瘍に含まれるがん細胞は数百万個に及び、それはやがて拡散して増殖し、結局はガン死する。むしろ、抗がん剤による正常細胞の損傷の方が大きく、抗がん剤治療をしなかった患者より余命は短いとの結果が出ている。

ただし、それは従来の抗がん剤治療の場合だ。近年はガンのみを狙い撃ちして、正常細胞を傷つけない抗がん剤が研究が進み実用化は近い。


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昨夜はNHKで、地球イチバン「世界一の癒やしの大地 アメリカ・セドナ」を見た。旅人は川原亜矢子。セドナ・Sedona はアメリカ合衆国アリゾナ州中北部にあるネイティブアメリカンの聖地。世界的なパワースポットで、大地のエネルギーが渦巻きのように強く放出されているボルテックスと呼ばれる場所がある。

不思議な岩山に囲まれた緑豊かなセドナには、ボルテックスを求めて多くの人が移り住んでいる。川原亜矢子はボルテック体験を期待したが、7日間の滞在中に感じることができなかった。

セドナは古代から聖地として崇められて来ただけに、魅入れられるほど美しい光景が広がっていた。ボルテックスを感じられなかった彼女も、その感動的な美しさに満足していた。感じることができなかったのは、彼女は不幸ではなかったからかもしれない。

スピリチュアルとは感動させる力のことだ。セドナには、家族との死別や病苦などの大きな不幸からの救いを求めて多くの人が移り住んでいた。もしかすると、救いを求める心の力が大地のエネルギーと共鳴してボルテックスを生み出しているのかもしれない。どんなに科学が進歩しても、心の問題は解決できない。これから先も、セドナへ向かう巡礼者の流れは止まりそうにないと思った。

余談だが、川原亜矢子の声や語り口は、昔つきあった人にとても似ている。目をつぶって声だけを聞いていると、遠い昔の美しい人の姿が幾度も蘇った。


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昨日はアメ横へ行った。
いつ行ってもお祭りのようににぎやかで楽しい。混雑の半分近くは外国人で、様々な言葉が耳元を飛び交い、トルコや中国料理の露店からスパイシーな香りが漂い、無国籍な楽しさに包まれる。修学旅行の自由行動の女子高生たちが、無邪気にはしゃいでいるのを見るのも楽しかった。

今日のドキュメント72時間は「上野アメ横・多国籍地下マーケットだった。
良く知っている地下の商店街では、中国語・タガログ語・アフリカなまりの英語が飛びかっていた。在日外国人客へのインタビューで共通していたのは、日本の穏やかさと清潔さと優しさへの賛辞だった。だれもが、これからも日本に住み続けたいと話していた。


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海鮮の露店で「モウカの星」をニンニク醤油で食べた。宮城辺りの人には知られている、モウカザメの心臓の刺身のことだ。見た目は生レバーのようだが、少し歯ごたえがあって、臭みはなく旨味は濃い。その後、厚岸の生ガキを食べた。

私は南九州の海育ちなので、一番美味い生ガキは磯で自分で取っていた小粒の野生の牡蠣だと思っている。厚岸、松島、広島と、一般的な生ガキはクリーミーと表現されるが、私が食べていた生ガキは筋肉質でホタテのような濃厚な旨味があった。


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帰りの高崎線の車窓。尾久操車場あたり。


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イトーヨーカ堂の食品売り場にて。
サメの心臓を食べたので、ちょっと強くなった自分を妄想していた。
このところ、セイタカアワダチソウの花粉症のため、いつも鼻風邪を引いている感じだ。


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Goof

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