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2014年10月 8日 (水)

銀座で絵の具を買って、ディズニーシーへ行った。これは仕事前の儀式みたいなものだ。14年10月8日

昨日7日は、絵の具を買いに銀座の伊東屋へ出かけた。使っているのはリキテックスのソフトタイプだ。昔は赤羽でも池袋でも新宿でも、どこでも手に入る絵の具だったが、今は銀座か渋谷の専門店でしか全色が手に入らない。

理由は絵の具で絵を描く人が減ったからだ。最近のイラストレーターやアニメーターはPCタブレットを使っているので、ほとんど画材を使わない。学校の授業で絵の具を使っていても、個人的には手軽なタブレットを使う若者が増えた。

伝統的な色が廃止されて行くのにも困惑している。私はフーカスグリーンとプルッシャンブルーを多用しているが、ともになくなり、似た色を混色して作った絵の具に代わった。混色ではどうしても本物に劣る。作らなくなった理由は製造過程で有害物質が発生するからだ。技術的に解決法はあるが、それができないほどに絵の具業界は衰退している。

更に、量が多いボトル入り絵の具がなくなったのにも困っている。注文すれば問屋から取り寄せてくれるが5日ほどかかる。
絵筆の品質も悪くなり、値段も高くなった。愛用する日本画用面相筆はすぐに先端がバレて細線が描けなくなる。日本画の世界でも高品質の和紙を漉く職人さんの減少に悩まされている。世の中は日々進歩しているのに、アートの世界は逆行して衰えるばかりだ。


買い物の後、東京駅から京葉線に乗って舞浜へ行った。これは、やりたいことを総て済ませて仕事に集中する為の儀式みたいなものだ。

まずディズニーランドへ行ったが、アフター6での入場待ちの行列は長い。
しかもビッグサンダーマウンテンはメンテナンスで休止中。このアトラクションは最近乗らないが、ウエスタンリバー鉄道の終点辺りで、ビッグサンダーマウンテンが見えるのが好きだ。その光景が見られないのなら乗る意欲がわかない。そんなことを考えている内に、行く先をディズニーシーへ変えた。

モノレールから見える東京湾夜景には何時見ても感動する。海浜公園の観覧車に、遠くライトアップされた東京ゲートブリッジの恐竜のような橋梁が美しい。


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コロンビア号上の満月。

アフター6パスポートは以前は3500円だったが、短い間に3900円に値上げされていた。
平日にも関わらず園内は混雑していた。いつものことだが、入園すると猛烈に腹が空いた。すぐにロストリバーデルタでチキンレッグのワゴンに並び、430円の鶏もも肉2本を買った。スパイシーでとても美味い。その後、ホワイトチョコのポップコーン310円を食べた。

おなかが一杯になって、傍らを見るとインディジョーンズ---クリスタルスカルの魔宮の入り口。案内の女性に一人だと言うと、特別の入り口に案内された。

一般の列は1時間待ち。その長蛇の列を横目にグイグイ進んで行くと女性客一人が前にいた。一人客は端数が出て空きが出ると乗せてもらえる。私は5分程の待ちですぐにジープ仕立ての乗り物に乗った。

シーは何度も来ているのに、意外にも初めてのアトラクションだった。コースは映画で見覚えのあるインカ遺跡風で迫力がある。その中をジェットコースターのように進んだり急カーブしたりと本当に楽しく、あっという間に終わった。

出ると、すぐ隣にレイジングスピリッツの入り口。こちらもインカの遺跡風で、360度宙返りのある、ちょっとハードなジェットコースターだ。

こちらも一人客の私は特別の通路を、長蛇の列を横目に追い抜いて、5分待ちで乗れた。チキンレッグを2本食べていたので気分が悪くなるのではと心配だったが、夢中で楽しんでいる内に終わった。

今回のディズニーシーは仕事前の儀式なので期待はしなかったが、思いの他楽しかった。場内に流れる心地よい民族音楽を聴きながら、ポップコーンを食べ食べのんびり歩いた。

ウオーターフロントの広場でクラシック・オープンカーが客待ちをしていた。
来園者の多くはファンタズミックのショーへ行って空いている。

「乗れますか」
聞くと、「どうぞどうぞ」と助手席を薦められた。知らなかったが、クラシックカーはエンジン付きの本物の自動車で、運転手は普通免許が必要だと言う。
「街中の運転より、とても気を使いますよ」
運転手は街の説明の合間に色々話してくれた。

いたるところからスタッフが手を振ってくれるのもディズニーらしく芸が細かい。10分程の走行はあっという間に終わった。普段なら人気のある乗り物でなかなか乗れないらしい。それを一人で独占できてとても楽しかった。

閉園まで1時間あったが、9時に帰路に就いた。
10時に赤羽着。新居まで4キロを歩いた。どんなに疲れていても、帰路の中程に母の遺灰を撒いた公園があるので必ず歩くことにしている。

母が元気だつた旧居では夜遅く帰宅しても、母はすぐに目を覚ました。
「お帰り、楽しかった」
今も、母の寝ぼけ声を懐かしく想い出す。

夜道から遺灰を撒いた辺りの草原を眺めると
「お帰り、楽しかった」と、母が声をかけてくれたような気がした。


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荒川土手夕景。

新居で、少しずつ少しずつ平常を取り戻しつつある。
肩腱板損傷をしている右肩の痛みが消えるにはまだまだ時間がかかるが、腰痛は軽くなり、何にも掴まらずに立てるようになった。

旧居では母と死別した後でも、外出から帰り、住まいが近づくと肩の力が抜けるような安らぎがあった。しかし、新居ではそれがまったくない。新居に安らぎを感じるまで、まだまだ年月がかかりそうだ。


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Goof

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