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2014年11月 9日 (日)

100分 de 名著「菜根譚・洪自誠著」は敗者たちに贈る暖かいメッセージ集だった。14年11月9日

先日の100分 de 名著は「菜根譚・洪自誠著」の初回だった。
ゲストは中国哲学の湯浅邦弘大阪大学教授。洪自誠は内乱と政治腐敗がはびこった明代末期の人で当時の著名人ではなかった。経歴は殆ど分かっていないが、始め官職にいたが何かの事情で辞して田舎に隠遁し、晴耕雨読のような生活をした人のようだ。菜根譚は初版から300年後の清で評価され、すぐに江戸後期の日本に伝わり大ヒットした。

菜根譚は逆境をどう乗り越えるか、中国の処世訓の中での最高傑作とされている。田中角栄や川上哲治など多くの著名人が座右の書にしていた

そのような名著にも関わらず、私はまったく知らなかった。番組でもメンバーの伊集院光が「野菜の本だと思っていた」と言っていたくらいで、私もその程度の認識だった。

菜根譚の題名は「堅い菜根をかみしめるように、苦しい境遇に耐えることができれば、人は多くのことを成し遂げることができる」と言った意味を込められている。

「菜根譚」が書かれた時代は、儒教道徳が形骸化し、政治は腐敗し派閥争いにあけくれ、優れた人材が追い落とされ、狡猾で強欲な者たちが出世していた。そのような生きづらい世相の中でどのように生きるべきかを洪自誠は書いた。

菜根譚は前集222条、後集135条で、前集は人との交わり、後集では自然と閑居の楽しみを説いている。これから幸福論や交際術、現代にも通じる人格の磨き方などが3回に渡って放送される。


初回は寸劇がとても良かった。路上に菜根譚の言葉を墨書して売っているおじさん。それを平泉成が味わい深く好演している。

通りかかったチェーン居酒屋の店長(高野アツシオ)が、おじさんに話しかける。
「おじさん。これ何を売ってるの」
「あたしの好きな言葉。よかったらあなたにぴったりの1枚を選んであげるよ」
それを聞いた店長は、仕事の大変さをぼやき始める。
「ブラックと呼ばれたりアルバイトはすぐに逃げ出すし・・・」
浮かない顔の彼に、おじさんは次の言葉を薦める。

居逆境中・・・逆境はマイナスととらえられるが、本当はそうではない。逆境の時はその境遇総てが人間を磨く薬になる。そして、成功の時は境遇総てが成功者をダメにする毒になる。
だから、逆境をバネに更に高みを目指すべきだ。しかし誰もそのことに気づいていない・・・
おじさんの説明に店長はそんなものかな、と半信半疑でその言葉を買って行く。

洪自誠は辛い時にこそ生きている悦びがあると言う。
例えば若い夫婦が子育ての大変さを言うが、後で振り返るとその頃が一番光り輝いていたりする。それは私も同じで、母を介護しながら必死になって絵を描いて売り、高い家賃を支払っていた大変な頃が、今になって振り返ると充実して輝いていた。


しばらく過ぎて、再び路上に店長登場。
「おじさん、売れている」
声をかける店長。
「いや、さっぱりさ、はっはっは。今日はあんたが最初の客。どうだい、調子は」
「いゃー、こっちもさっぱり。あれからバイト増やして、メニューも産地にこだわってやっているんだけどさ、なかなか結果が出なくて」
またもやぼやいている店長に、おじさんは次の言葉を薦める。

伏久者・・・長く地上に伏して力を養っていた鳥は、一旦飛び立つと他の鳥よりはるかに高く飛翔できる。早く咲き誇っていた花は早く散ってしまう。この道理を理解していれば、道半ばで自信を失うことはなく、成功を焦って失敗することもない。

「もうちょっと頑張ってみようか」
すこし元気になった店長は言葉を買って立ち去る。

・・・認められない年月を「三年鳴かず飛ばず」とマイナスとして語られているが、地上に伏して、じっと力を蓄え、その後に飛躍が待っている、がその言葉の真意だ。


「おじさん」
店長明るく登場。
「ここんとこ売り上げが急に上向いて来てさ、本部からも表彰されちゃった。この調子でもう一店舗やれと言われちゃってさ、新店舗も繁華街の一等地だし、繁盛間違いなし。これもおじさんのおかげだよ」
店長は嬉しそうにお礼だと万札を差し出す。
笑顔で受け取るおじさん。
しかし、おじさんは有頂天の彼を案じながら次の言葉を渡した。

魚網之設・・・魚の網をはったら、思いかけず大きな鳥がかかった。
カマキリが獲物を狙っていると、その後ろからスズメがカマキリを狙っている。
目前の利益に囚われて夢中になっていると、危険が後ろから迫っていることに気づかない。成功している時に衰退の兆しが生まれている。そして、逆境の時に成功の兆しは生まれている。

「大丈夫だよ。おれ絶好調だから」
自信満々の店長に、おじさんは更にもう1枚の言葉を渡す。

進歩処・・・一歩進む時に一歩退くことを考えれば、牡羊が垣根に頭を突っ込むような危険から免れる。何かに着手する時は、まずそれから手を引くことを考えるべきだ。
前進する時に退く道を考え、慎重には慎重を重ねないと思わぬ破綻に見舞われる。油断大敵、小賢しい智慧は身を滅ぼす。

「随分、石橋叩くね。でも、ありがとよ」
店長は嬉しそうに去って行く。


この一連の寸劇が解説以上に心に染み入った。
大都会の片隅で、頑張り屋の若い店長と、正体不明の仙人のようなおじさんのやり取りが飄々として実に良い。そこには言葉の持つ意味以上の、人と人とのつながりの素晴らしさを感じた。

「失敗しても良いじゃないか」
菜根譚の著者洪自誠は敗者たちを暖かく見ている。
その優しさが、真面目で厳格になりがちの他の思想家との大きな違いだ。前集222条、後集135条と長大に思えるが、実際は1条2,3行の対文でとても短い。その簡潔な文と暖かさは老子に通じる所がある。

彼が挫折を重要なテーマとして選んだことは共感できる。挫折がまったく気にならない人、死にたくなるほどに辛くなる人。挫折はとても不思議な心の状態だ。私はその挫折が少し好きだ。なぜなら、ささやかな人の親切とか、雨上がりの夕暮れとかに対して感性が鋭くなれるからだ。私の作品の総ては、そのように挫折をきっかけに生まれている。

成功への道筋を説いていた洪自誠は、どう見ても成功者には見えない。菜根譚で、どうすれば成功するかを説いたのは夢を果たせない人たちへの励ましだったのだろう。彼は寸劇で平泉成が扮したおじさんみたいな人だったような気がする。


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赤羽ゴルフ倶楽部。
手前は浮間公園。


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浮間公園の浮間池は旧荒川名残の三日月湖である。一帯の湿地は桜草の自生地として江戸時代から有名だったが今は野生の桜草は壊滅した。代わりにこの写真の一角で桜草を保存している。


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Goof

Mas

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