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2014年11月 5日 (水)

看取りの村の人間らしく生きる老人たちと、自死と自然死の曖昧な境界線。14年11月5日

昨日は穏やかな陽射しだった。これを小春日和と言うのだろう。小春とは陰暦10月で太陽暦11月のことだ。若い頃は春の好日のことと思っていたが、後年、今の季節のことと知った。俳句で小春は冬の季語とされている。

仕事部屋を整理しながら、時折、ぼんやりと手を休めた。このような光溢れる好日には、以前はほのぼのとした幸せを感じていた。しかし今は、明るい光に反してもの寂しさが募る。

今も母を始め先に逝ってしまった父兄姉たちを毎日のように想い出す。その画像がどれも光に溢れているのは、私自身が若かった所為だろう。

その頃の私は元気はつらつとして、夢にあふれていた。
今も当時と同じくらい疲れ知らずに歩き、夢を描き、新しい作品を生み出している。なのに充実感がない。

昔、老人たちが今の私のように充実感がないと話していた。当時、私はそのような老人には絶対にならない、と思っていたが、いつの間にか彼らと変わらない老人になってしまった。


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秋色が増した自然公園の木々。


昼食の後、他に見る番組がなくてEテレに入れた。
番組はハートネットTV「みとりびと・看取りの時間に伝えあうこと」
その30分のドキュメンタリーは感動するほどに良かった。
記録場所は滋賀県東近江市永源寺。その地区は「みとりの村」と呼ばれ高齢者は約80人。その看取りを若い医師が中心になって、訪問介護制度と組み合わせた支援体制で支えている。その結果、「みとりの村」の高齢者の半数以上が延命治療を求めず在宅での自然死を選んでいる。

途中から見たので前半は分からないが、登場した97歳の夫は91歳の妻をヘルパーの協力のもと在宅介護をしていた。

それまで夫は農具を作る仕事をしていた。
妻は小さな畑を耕して家計を助け、老夫婦は質素に誠実に暮らして来た。

数年前、老妻は転んで骨折し、それをきっかけに寝たっきりになった。
97歳の夫は妻に代わって畑を耕し、収穫し、妻を優しく世話していた。
しかし、妻は食欲を失い、僅かな食事も拒否するようになった。

子供たちは時折、孫を連れて訪ねて来た。
成人した孫は弱った祖母を見て哀しんでいた。

「また、元気になって遊ぼうよ」
話しかける無邪気な孫娘に、殆ど喋れないほどに弱った彼女は、やっと笑顔を返していた。
そのように、若者たちは自然に老いや死を学んでいた。

老妻は取材を始めて2週間後、夫が寝ている間に逝った。
老妻を見送った後、彼はいつものように畑に出て、その日食べるキュウリやトマトを収穫していた。そして翌年、突然倒れて数時間後に死んだ。


もう一つの村の家族は、おじいさんが終末ガンだった。
彼は孫娘と過ごしたいと手術を拒否して在宅で死ぬことを選んだ。
小学生の孫娘はおじいちゃんと生まれた時から一緒に暮らしていた。
おじいさんは学校のことを聞いたり、昔話をしたり、残された命ことを孫娘に話した。それから1ヶ月後、彼は自宅で静かに亡くなった。

祖父の死をみとった後、孫娘は死について考え始めた。
「命は時間だから、与えられた時間は大切に使う」
彼女は幼いなりに、命の時間を大切に使うことが充実した生き方だと話していた。

「みとりの村」では、小学生ですら生きる哲学を語る。それは日常的に死の現実を学んで来たからだろう。この村で在宅看取りが多いのは村人の相互扶助が進んでいるからでもある。番組を観終えて、老人たちの人間らしい淡々とした姿が印象に残った。


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赤羽台から、窪地を挟んで十条方面を眺める。


影があるから光が見えるように、死を意識することで人は生き生きと生活できる。しかし、現代社会は死を病院の中へ覆い隠してしまい、永遠に生きられると錯覚している。だから、本当の生の自覚が希薄になったのかもしれない。


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夕暮れの道。ほのぼのとした黒ラブと白ネコと母娘の家族。


11月1日、米国オレゴン州で末期脳腫瘍のブリタニー・メイナードさん29歳は動画サイトで予告していた通りに尊厳死をはたした。尊厳死を認めているオレゴン州に、彼女は新婚の夫と共に移り住んでいた。

メディアでは「彼女には死を選ぶ権利がある」「自殺を美化するな」など、賛否両論があふれていたが、末期脳腫瘍の辛さは言語を絶するものがある。

去年末、友人が頭部打撲の後遺症で激烈な頭痛に苦しんだ。それは夜昼なく続き、激痛で思考も睡眠も食欲も全てを奪われるほどに苛烈なものだった。
数時間だけ頭痛から解放させてくれる特効薬があるが、それは2時間しか効力がない。しかも一生に10錠しか飲むことはできず、それ以上飲むと死んでしまう。
だから、果てることがなく激痛が続く重症患者が死を選ぶのは理解できる。

友人の場合は、医師は今以上の治療法はないと治療を放棄していた。そのような病院の姿勢に家族は不信が募り、自宅で死なせると医師の反対を押し切って帰宅させた。すると奇跡が起きて、彼は自然治癒して生還した。もし彼が、医師に従って入院を続けたら、廃人になるか死んでいたかどちらかだ。


バチカンはブリタニー・メイナードさんの尊厳死を厳しく非難していたが、自死と自然死のボーダーラインは曖昧だ。日本でも末期がんの場合、麻薬などの鎮痛剤を致死量を超えて投与して死を早めることは普通に行われている。末期の肺がんだった知人も、呼吸困難の危篤状態で、家族は楽にさせたくて麻薬の過剰投与を願い死んだ。


昨日、散歩コースの公園で倒れている人がいた。
「救急車を呼びましょうか」
聞くと「血圧が急に高くなってフラフラしたから横になっている。すぐに収まるから呼ばなくても良いです」と答えた。
「自分は向島の生まれだ。脂身や甘いものや塩っぱい物や酒が大好きで、動脈硬化を起こし血圧が300を越えることがある。しかし、好きなことを止めたら生きている意味がない」
彼は30分ほど身の上話を話した。

彼もまた緩やかな自死を選んでいる一人だ。死に至ると分かっていながら、不健康な食事、酒タバコ、運動不足と生活習慣を変えない人は多くいる。健康オタクの私も、明け方まで仕事やパソコンを続けるような不健康な生活をしている。バチカンが問題にしたのは急速に死に至ったからで、緩慢だったら問題にしなかっただろう。そのように自死の定義は極めて曖昧なものだ。


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先日の雨上がりの夕暮れ。


来年から介護保険の自己負担額が1割から2割に増額される。今のままだと今年の介護保険国庫負担10兆円が10年後は21兆円に倍増してしまう。

赤字の背景には、介護施設経営者たちの好き放題の暴利がある。
政治力の有る知人は自己資金なしで介護施設を建設し、膨大な利益を得ている。働いている介護職員が低賃重労働に喘いでいるのに、この格差は一向に改善されない。事態は深刻で、国も対策に乗り出すようだが、骨抜きにならないことを願うばかりだ。

国民に取って一番重要なのは自分で健康を守ることだ。私は健康オタクだが、長生きのためではない。前記の「みとりの村」のお年寄りたちのように、死の寸前まで人間らしく生きたいからだ。もし、皆が健康維持に努めれば、介護保険の国庫負担は劇的に減少するはずだ。


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