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2014年11月21日 (金)

NHK「ためしてガッテン」に見た加齢黄斑変性症の治療と平易な防止方法。そして、第三回・菜根譚「人づきあいの極意」14年11月21日

加齢黄斑変性症は欧米では失明の原因第1位。
日本での予備軍は1200万人。放置していると短期間で失明して回復しない。

黄斑変性症は、網膜中心の視細胞が多く集中している黄斑に老廃物が溜まって炎症を起こすのが原因だ。黄斑は少しくぼんでいて視細胞に光が届きやすくできている。しかし、炎症が起きると腫れて盛り上がり、ものが歪んで見えるようになる。

眼科の待合室に碁盤の目の図表が貼ってある。それがくねくねと、ゆがんでで見えたら加齢黄斑変性症の初期症状なので、速やかに検査をしてもらう必要がある。

炎症を起こす仕組みは、ドルーゼンと呼ばれる視神経の老廃物が溜まることで起きる。ドルーゼンは体質により、溜まりやすい人とすぐに取り除かれる人がいる。

ドルーゼンが視細胞の下に多く溜まると免疫反応によって炎症を起こし黄斑が膨らんでものがゆがんで見える。炎症を起こすと視細胞が栄養不足になり、それを補う為に新生血管が伸びて行く。その新生血管は脆く、すぐに出血して失明に至る。

ものがゆがんで見えるようになってから、直ぐに治療を開始すれば視力は回復し治すことができる。更に、自覚症状がなくても、眼底に原因物質のドルーゼンが白い斑点状に溜まっているのを見つけることで早期発見できる。

視細胞を傷めつけドルーゼンを生む原因はブルーライト=青色光にある。青色光は活性酸素を発生させ、視細胞は痛めつけられ、はがれ落ち老廃物になって蓄積する。

青色光は黄色フィルターで遮断できる。黄斑はその名の通り天然の黄色フィルターで覆われていて視細胞を守っている。しかし、黄色色素が薄くなると青色光が多く透過して視細胞は痛めつけられ、黄斑変性症を引き起こす。

黄斑色素はカロテノイドに多く含まれている。黄色色素は体の中で作り出すことはできないので、カロテノイドを多く含む緑黄色野菜を毎日食べ続ける必要がある。

単品の場合、1日にブロッコリー1株、あるいはチンゲンサイ半束、あるいはほうれん草三分の一束、あるいは小松菜三分の一束、を食べることが推奨されていた。
現実的には、毎食、それらを程よく組み合わせて食べれば防止できる。カロテノイドは脂溶性なので油を使った調理方法をしないと吸収できない。カロテノイドと同時に抗酸化作用のある亜鉛、ビタミンC・Eを含む人参、カボチャ、赤ピーマンなどの食品を摂取すると防止に効果がある。

それでも、黄斑変性症になった場合は、抗VEGF薬を眼球に直接注射することで劇的に黄斑の腫れが引いて治る。注射針は日本の技術で作られた超極細のもので、注射の痛みはまったくなく数秒で終わる。治療始めは1ヶ月に3回、その後もある程度、注射を続ける必要がある。

早く治療すればよく治る病気なので、少なくとも、ものがゆがんで見えた段階で治療を始める必要がある。自覚症状がない段階で眼底検査でドルーゼンが見つかったら、食べ物で防止できる


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土手上で素振りをしている少年。


100分de名著・第三回菜根譚「人づきあいの極意」を見ていて、洪自誠への親近感が深くなった。

番組では寸劇で、平泉成が路上の言葉売りのおじささんを好演している。
今回の寸劇は夜のシーンだった。仕事帰りの疲れたサラリーマン(森塚一真)がふと立ち止まる。

「これは漢詩ですか」
彼は路上に並べられたの菜根譚の言葉に見入る。
彼は同期との厳しい出世争いの最中で、どうやったら競争で勝てるか悩んでいる。
おじさんは彼に次の言葉を差し出した。

径路のせまき処は一歩を留めて人の行くに与えよ・・・
狭い道で人にであったら自分のほうから一歩よけて道を譲ってやり、美味しい食べ物を持っていたら、相手に自分より多く与えてあげる。それがこの世を安楽に渡って行く方法だ。

狭い道で人とすれ違う時、私は相手が子供でも誰であっても道を譲る。その時、譲られて肩をいからせ勝ち誇ったように通り過ぎる人がいる。そのような人でも相手が柄が悪い強そうな相手だったら自ら道を譲るはずだ。そのような生き方をしていると、相手が強いか弱いか値踏みばかりしていて、のんびり歩くことができない。時には弱い相手と見下して肩をぶつけ、大喧嘩になって人生を棒に振ることだってある。

世の中、譲る心をもっていれば平和で生きやすい。

彼に言葉の色紙を渡した時、おじさんは代金を受け取らなかった。どうやらお金に淡白な人のようだ。その日に必要なだけ言葉が売れていたので、代金はどうでも良かったのかもしれない。夜まで路上で言葉売りをしているのは、家で待つ家族がいないからだろう。おじさんは路上での人との出会いが大好きなようだ。

これまで番組の寸劇を見て来て、洪自誠は言葉売りのおじさんみたいな人だったと確信している。多分、中央で激しい政争にも巻き込まれて嫌気がさし、地方で隠遁生活をしながら「菜根譚」を書いたのだろう。彼は裕福ではないが、静かな生活をしていたことを「菜根譚」の端々に感じる。


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晩秋の菊。

成功者でもない彼の著書・菜根譚が日本の著名な政治家、企業家、野球監督たちに何故愛読されたのか。洪自誠ほどの学識があれば立身出世を達成できたはずだが、彼はそれをしなかった。多分、それは無欲のせいだろう。

彼は多くの失敗を経験し、それをどのように避けて乗り越えられるかを世の人に伝えたかった。それは経営に失敗した企業家が経営コンサルタントに変身するのに似ている。


再び夜の路上。言葉売りのおじさんの前にサラリーマン。
「今まで食事を奢ってやったり、可愛がっていた部下を厳しく叱ったら、自分を恨んで避けるようになりました。恩知らずの部下に怒りが込み上げます」
訴える彼におじさんは次の言葉をさしだした。

恩は宜しく淡よりして濃なるべし・・・
恩恵を施すには、最初はあっさりしておいて、後から手厚くするのがよい。はじめに手厚く、後から薄くすると、人は冷たくなったと、はじめの恩恵を忘れてしまう。
部下への威厳も同じで、はじめに優しくしておいて後で厳しく叱ると恨まれる。反対に始めに厳しくしておいて、後で寛大に接すると敬意を持たれる。

それは現実によくあることだ。
元暴走族や暴力団の人が、たまに良いことをすると絶賛される。しかし、大学教授や弁護士がちょっと悪いことをすると激しく糾弾される。
お金の面でも、気前良くつき合っている人がちょっと出し惜しみをすると悪く言われるが、倹約家がちょっと気前良くすると、褒められる。

「奢ってやったことに恩を着せたり、恨みを持ち続けると部下の気持ちは離れる」
おじさんはサラリーマンへこの言葉を追加した。


割愛するが、寸劇には以下のテーマがあった。

 家族に過失があっても、厳しくしかってはならない。
 和気・・穏やかで優しい心の気を発していると周囲も穏やかになる。

結局、サラリーマンは部下に裏切られて出世競争で負けた。
「疑いもせず信じた自分が馬鹿でした」
嘆く彼に、おじさんは次の言葉を渡した。

「人を疑うより、信じて裏切られる方が良い」
社会的地位を失っても、心の平安はその方が得られる。

相手を踏み倒しても出世や金儲けを目指す中国の風土で、このような譲る精神の思想が生まれたことに驚く。彼の思想は日本人の考え方にとても近く、それが日本で多くの人に愛読されている理由だろう。


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Goof

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