« 人工知能実用化前夜の今は、人類が尊厳を保てた最後の幸せな時代なのかもしれない。14年12月11日 | トップページ | 中国人旅行者が失望した韓国観光。そして、クリスマスは一人か家族と過ごすのが大半で、恋人とは少数派になった。14年12月24日 »

2014年12月16日 (火)

米国人の見栄っ張り気質が世界経済を潤し、日本人の堅実さが日本経済の低迷を招いている。14年12月16日

先日、友人から米国人気質について面白い話を聞いた。彼が経営している会社では多くの欧米人を使っている。欧米人でも国により気質がずいぶん違うと彼は話していた。

ある時、会社で集合写真を撮った時のことだ。
一人の米国人がニカッと作り笑顔をして、その表情をお面のように固めたまま撮影に臨んでいた。彼はその出来事を見て、昔、米国に住んでいた頃を思い出した。

米国の家庭には必ず幸せそうな家族写真が飾ってある。家族写真を飾る習慣はどの国でも同じだが、米国では他国と違う重要な意味があった。
ハネムーンの熱々の写真。子供が生まれた時の幸せいっぱいの写真。米国人の多くは、それらの幸せな家庭の姿は世間への自慢で、絶対に維持すべき姿だった。

「一見美しい光景だが、彼らの思う幸せは表面だけ装った見栄だ。だから、撮影が終われば笑顔はすぐに消えてしまう」
友人は集合写真での出来事を例に、米国人の見栄気質について話した。

米国の家庭映像で、彼らは殊更に「愛している」と口にする。彼によると、それも米国人の見栄気質が生んだ行動のようだ。実際、新婚時代の幸せのピークを維持するのはとても難しい。収入を失って零落することがあるし、家族への愛も破滅することがある。

もし世間から幸せでないと見られたら敗北者の烙印を押される。だから必死に幸せを装って行く。しかし、いつか現実と理想のギャップに晒され心を病んでしまう。それで米国では離婚が多いと彼は話していた。

この建前重視の生き方は、旧約聖書以降の宗教観に基づいているのかもしれない。
---旧約聖書は本来ユダヤ教の経典で、キリスト教とイスラム教が派生している---

その系列の宗教戒律は教条的で、他人から見てどのように見えるか、何を語ったか、どのように行動したかの表面だけを重視して、やましい心があっても問題としない。神との契約を守っていれば問題ないとの考えだ。その点、仏教などの東洋思想では心を大切にする。仮に外見が少々間違つていても、心が正しければ良しとする。その辺りの相違が見かけだけの見栄気質を醸成したのかもしれない。

リーマンショックの時、ウォール街の多くの金融マンが失業したが、近所や友人知人に対する見栄を止められず、生活水準を落とせない人が多かった。そのように、借金してでも豊かさを維持してくれる米国人気質のおかげで世界経済は潤って来た。もし、米国人が堅実な生き方を始めたら、世界経済は大変なことになるだろう。

対して、日本には侘び寂びの美学がある。富裕層でも質素さを受け入れ、米国人ほどに見栄にエネルキギーを注がない。それは素晴らしい気質だが、今の日本経済の低迷を招いている一因でもある。

見栄から経済問題へ、友人とそのような話をした。彼の分析が全面的に正しいとは思っていない。しかし、車のリコールに捕鯨、第二次大戦前夜のジャパンバッシングなどを見ると、本質や心は無視して、見かけだけの正義にこだわっている一面を彼らに感じる。最近、大手格付け会社のムーディーズが日本を中国や韓国より下位に格下げした。それにも上辺の数字にこだわり、本質を見ない米国人気質が表れている。

その気質を逆手にとって、見かけだけにこだわれば、米国との付き合いは簡単かもしれない。とは言っても、ネットで増加している幸せ自慢を見ると、今の日本人も米国人に似てきたように思える。


最近、栄枯盛衰について考えている。
「枯、衰」は痛みを伴うので実感できるが「栄、盛」についてはフワフワしていてなんとも掴みどころがない。

「栄、盛」に虚像のイメージを決定付けたのはバブル時代だ。あの時代の成功者たちは誠実な物作りではなく、投機などの虚業により成り上がっていた。バブル期の、有名ブランドに高級ワイン、自家用ヨットに別荘、パーティで交わされる空疎な会話、それらの虚栄がマイナスイメージを決定づけてしまった。

しかし、ノーベル賞・天野浩氏のコメント「夢のような一週間でした」には深く共感できた。その「栄、盛」は実体を伴っていたからだ。実体のある豊かさには安らぎがある。その代表が自然で、冬の枯野でも命を潜めた息吹きに安らぎを感じる。だからか、経済的な豊かさを得るより、自然の中を散歩している方に幸せを感じる。


M_17


15日の投票の後、荒川土手を上流へ歩いた。
寒風が強く、山では大雪だったようだ。

この近くに戸田斎場がある。
そこから土手を挟んだ河川敷の板橋区立運動公園に私の野外彫刻が設置してある。
製作したのは15年以上昔で、それから数度訪れただけで10年以上疎遠だった。

作品「雲おやじ」はどこにも傷はなく、以前と同じ場所にあった。
荒川土手をスーパー堤防に改修し、その広大な土手上に公園を作って「雲おやじ」を移設する計画があったが、工事に取り掛かる気配はまったくなかった。


M_25


これは設置直後に撮った写真で、今回は撮らなかった。

彫刻を点検していると、運動公園の管理人がやって来た。
「その彫刻の名前は、雲おやじって言うんですよ」
彼は彫刻のことを説明し始めた。
私は慌てて作者だと言うと、彼はいたく感激していた。

写真を撮るために訪れたのに、彼に製作エピソードなどを話している内にチャンスをなくしてしまった。彫刻の前には作者名と私のコメントを入れた金属製の銘板があったが、なくなっていた。
管理人に聞くと、「金属泥棒が横行しているので、盗まれる前に取り外しました。管理棟に保管してあるのでいつでもご覧になれます」とのことだった。


M19


彫刻を見ての帰り。河川敷を寒風に押されるように行く旅人。
「マムシに注意」の立て看板が茂みにあった。
大水の時に上流から流れて来て、住み着いたのだろう。

彫刻近くの戸田斎場で、祖母と事故死した甥の火葬をした。当時は静かな広い庭に簡素な木造の建物が並んでいたが、今は近代的な瀟洒な建物に変わっていた。昔、目印にしていた煙突もなくなり、看板を見なければ分からなかった。今の火葬は煙を完全に浄化して排出するので、昔のような高い煙突は無用になった。

祖母が死んだのは5月1日。快晴の下、斎場庭のツツジが鮮やかに満開だった。当時は、父母、兄姉すべてが健在で賑やかな野辺の送りだった。甥が死んだのは6月だった。斎場に駆けつけた時は既に暗く、青白い蛍光灯の下で彼に別れを告げた。寒い河川敷を急ぎながら、それらの情景を走馬灯のように思い出した。


M_24


今日は気温5度以下の冷たい雨。荒川土手は午後4時でこの暗さだった。

このような寒い日には、震災の三陸を思い出す。津波でずぶ濡れになった多くの人が今日のような寒気にさらされて凍死し、助かる命が失われてしまった。


選挙が終わってホッとしている。選挙中はどの会社も飲み食いを自粛していて、晃子姉の新橋の店も閑古鳥が鳴いていた。それは新橋界隈だけでなく、銀座も他の繁華街も同じで、壊滅状態だったようだ。

最近、視力が弱ってきて、キーボードのかな入力がきつくなった。かなは文字数が多くて、ブラインドタッチは難しい。それで、目視でキーを打つ癖がついてしまい、視力の衰えと伴に打ち間違えが多くなった。

今はローマ字入力に変換した。キー数が少ないのでアルファベットならブラインドタッチで打てる。しかし、かな入力より時間がかかり、このブログの記入も、いつもの倍時間がかかり疲れた。

ローマ字入力にして気づいたことは、パソコンの学習効果がよく、打つ途中で目的語が素早く表示されることだ。慣れれば、ローマ字入力の方がいいと思うかもしれない。


Ma_3

Ma_4

Ma_5

Goof

Mas

|

« 人工知能実用化前夜の今は、人類が尊厳を保てた最後の幸せな時代なのかもしれない。14年12月11日 | トップページ | 中国人旅行者が失望した韓国観光。そして、クリスマスは一人か家族と過ごすのが大半で、恋人とは少数派になった。14年12月24日 »