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2015年1月12日 (月)

大正の思い出と、フランステロを生んだ拙速な移民受け入れ。15年1月12日

先日の満月の夜、月の光に誘われて荒川土手を散歩した。
川口の高層マンション群の上に満月が浮かび、月の光が荒川の川面にきらめいていた。暗い河川敷ゴルフ場に仄かに浮かび上がる芝生を眺めていると、明かりが少なかった子供の頃の月夜を思い出した。

近所の子供たちが草斜面を段ボールそりで滑って遊んでいた。私が子供の頃は月夜には影踏みをして遊んだ。月の光には子供心を騒がせる不思議な力がある。

大河の「花燃ゆ」の初回を珍しく見た。と言っても絵を描きながらなので、きちんと見ていない。ただ、着物姿の子供達が田舎道を走って行く姿が心に残った
その江戸末期の子供たちは遠い昔に一生を終えている。それどころか、その孫世代の母ですら、5年前に97歳で死んだ。


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快晴の荒川土手。
鉄柱は洪水監視カメラ。


遠く過ぎてしまった時代には、物語のような叙情を感じる。
大正時代、子供の頃の母は体が大きくてガキ大将だった。
一つ年上のいとこの健ちゃんは母に腰巾着のようにいつもくっついていた。健ちゃんは母の継父の兄の子で血のつながりはない。母は健ちゃんを始め仲間の男の子たちに命じて墓石に小便かけさせたり、筑後川で泳いだりしながら、子供時代を奔放に過ごした。

健ちゃんの父親の熊太郎はその名とは逆のイメージの、久留米で評判の二枚目だった。遊び人でもあった彼は博打の負けがこんで、妻のおさきさんを遊郭に売り飛ばしたことがある。

おさきさんの扱いに困った楼主は祖母に連絡してきた。祖母は熊太郎に激怒して、すぐに金を工面しておさきさんを身請けした。しかし、熊太郎は実母と息子の健ちゃんをおさきさんに押し付けたまま、他の女に入り浸って終生帰って来なかった。
大正の自由な空気とともに、その破天荒な逸話を思い出す。

おさきさんは熊太郎に姑の世話を押し付けられながら、息子の健ちゃんを育て上げた。健ちゃんは太平洋戦争開戦間もない頃に家庭を持って、男の子が生まれた。しかし、妻は産後の肥立ちが悪く、赤ん坊を残して亡くなってしまった。

妻の葬儀の日に健ちゃんに招集令状が来た。幼い息子を老母に託して、紋付袴の喪服姿で招集されて行く彼を「かわいそうで見ていられなかった」と母は話していた。

健ちゃんはその半年後、乗船していた輸送船がバシー海峡で米潜水艦に撃沈されあっけなく戦死した。おさきさんは六十を過ぎてから、戦中戦後の厳しい時代に孫を育て上げた。孫は家庭を持ち、ひ孫が生まれた。
彼女は家族に大切にされ、幸せな老後を過ごして百歳近くまで長生きした。

「こんなに苦労すると分かっていたら、身請けされない方が良かった」
後年、おさきさんは祖母に冗談めかして文句を言った。


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緑道公園のドウダンツツジの新芽。
寒くても春は近い。

母からおさきさんの思い出を聞いたのは桜の頃だった。

子供の頃、母は毎年、祖母に連れられて筑後川の土手で花見をした。
ある年、みんなが飲めや歌えの大騒ぎをしていると、健ちゃんの母親のおさきさんが、みんなに囃し立てられて踊り始めた。気量良しのおさきさんが踊り始めると座は盛り上がったが、息子の健ちゃんは座から離れ、俯いて泣いていた。

「健しゃんが泣いとるよ」
母は踊り続けているおさきさんに言った。
「泣いとってもよかよか」
おさきさんは息子を無視して踊り続けた。

「どうして息子を放って踊り続けたのだろう」
母は怪訝そうに話していた。
私は帰ってこない亭主のことが切なくて踊り続けたのだと思った。


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寒い烈風の荒川土手で、売れていないアイドルグループの撮影をしていた。
撮影者の指示で、何度も飛び上がっていた。
何であっても、ひたむきな姿は心を打つ。
背景は川向こうの川口の高層マンション群。


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先日の暖かい日、新河岸川河畔のホームレス。
暖かいい日差しの中で、本を読んでいた。
どのような境遇でも、知性を失わない姿に人間らしさを感じる。


荒川土手は早朝から夜10時過ぎまで、ジョギンクやウォーキングの人が絶えない。自助努力で老いを生き抜かねばならない中高年は健康志向がとても強い。

テレビで経済評論家の大前研一が「少子高齢化の解決策は移民しかない」と力説していた。7,8年前、韓国経済を見習えと言っていた彼は、去年あたりからのサムスンの凋落を見て、韓国経済を批判し始めている。彼の経営手腕は秀でていても、未来予測となると殆ど当たらない。

もっとも、世界中どの国でも経済評論家の予測が当たったことは殆どない。
現在の能力でも、ビックデータを駆使したコンピューター予測の方が経済評論家よりはるかに正確な予測をする。人工知能の発達で今後20年になくなる仕事に、経済評論家を加えるべきかもしれない。それは株や金融商品のトレーダーも同じだ。

以前、米国の経済誌が、40年後の日本は移民を受け入れないと人口減少のためにアジアの三流国に落ちぶれる、と特集していた。
経済評論家は科学の発達をほとんど考慮しない。経済誌が指摘した40年後は人工知能が人類を凌駕している時代で、予測できないほどに科学技術は発達している。

人口減に対しては、進化したアンチエージング医学が対応できる。その頃の70歳は今の30歳の青年並みに元気で、介護不要の社会に変化している。先日のNHKスペシャル・ネクストトワールド-未来社会でも、40年後は80過ぎの女性が若返って子供が産めるようになると予測していた。

未来社会では世界の経済的格差がなくなり、それぞれの伝統文化は今より重視されるようになる。もし、一時的な利益のために安易に移民を受け入れれば、伝統が培って来た日本の心が破壊されることになる。経済政策は間違えてもやり直しができるが、移民は一旦受け入れたら後戻りができない。その弊害を端的に示したのが、先日のフランスのイスラム・テロだった。

テロはフランス社会の長年の差別が引き起こしたものだ。フランスはリベラルな国だが、それでも北アフリカ出身者たちは根強く差別され続けてテロの原因となった。

それと同じ素地が日本にもある。一時的な利益のために移民を受け入れば、強い差別が生まれる。殊に単純労働の分野で移民は日本人と激しく対立し、フランスのような混乱を起こすことになる。それが分かっていても経済評論家が移民政策を強く主張するのは、彼らが企業側の代弁者だからだ。企業は低賃金・長時間労働を厭わない外国人労働者を渇望している。

現在でも優秀な外国人は受け入れられている。
日本自体が周辺国からの多くの移民を受け入れて成立した国だ。それはフランスも同じだ。しかし、企業論理で拙速に単純労働の移民を受け入れれば対立が起きて、長い年月をかけて育んできた日本文化が破壊されることになる。


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