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2015年4月15日 (水)

奥秩父の友人別荘の桜苗木破損事件と、帰り車中のムスリムの美しい人。15年4月15日

朝から快晴。
天気予報では、突然に猛烈な雷雨と雹がやって来ると自信満々断言していた。
お昼を過ぎても降る気配はない。
しかし、予報を信じて雨具をリュックに入れて散歩へ出た。

床屋さんを覗くと先客が終わったところだ。
待ち時間なしなので私も調髪してもらった。

主人は調髪しながら母の話をした。
「死んでから6年目だよ」と言うと「まだ、2年ほどだと思っていたのに、そんなになるの」と主人は驚いていた。
その感覚は私も同じだ。本当のところ母の死は昨日のことのようで、6年目に入ったとはとても思えない。


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今日の荒川の夕暮れの虹。住まいの玄関から撮った。
東京では雨は降らなかったが、川向こうの川口方面に雨あしが見える。
上州では日中、雷と雹が大暴れした。


12日日曜日、友人の奥秩父の別荘近くで神楽が催された。
神話の国宮崎で育ったので、神楽は幼い頃から馴染んでいる。
神楽にはさほど興味はなかったが、山里の桜に惹かれ、友人の誘いに応じた。

奥秩父と東京は西武線と秩父線の乗り継ぎが悪く、実際の距離以上に遠く感じる。
8時半に浮間の住まいを出て赤羽駅まで1里を歩いた。埼京線は朝の山手線の架線支柱倒壊事故の影響で、振り替え客で大混雑していた。それでもなんとか、池袋9時半発・秩父行き特急レッドアローに間に合った。

前夜は2時過ぎまで装丁用の絵を描いていたのでひどく眠かった。リクライニングシートを倒すと、いつの間にか寝入っていた。

目覚めると電車は航空自衛隊入間基地の中を走っていた。広大な基地は武蔵野の面影が残り、淡い新緑の間にソメイヨシノや山桜が点在していた。

飯能を過ぎると、山肌の新緑が一段と清々しい。
車窓の、谷間の小さな小学校の校庭に見る人もなく桜が咲きこぼれていた。

正丸峠のトンネルを抜けると秩父盆地だ。
桃や杏も庭の草花も色とりどりに満開だった。
忙しい中、無理して訪れて良かったと思った。


終点の西武秩父駅から仲見世を抜け、秩父線の御花畑駅まで300メートルほどを歩いた。西武線と秩父線の線路は繋がっているのに、両社の接続はとても悪い。御花畑駅では三峰行きを30分ほど待たされた。

秩父線のどの駅舎も満開の桜にひっそりと包まれていた。
四つ目の武州日野駅で下車した。
駅から神楽が行われる浅間神社まで桜並木の小道を歩いた。
友人家族は神楽殿の前で待っていた。観客は地元の人ばかり50人ほどで、観光用ではない地元の行事だった。張り紙に書いたあった11時開催はとうに過ぎていたが、舞手と関係者たちは社殿でお祓いを受けていた。

お祓いの後は直会-なおらい=神事の後に神酒と神饌をいただく会食のこと=が始まる。酒が出れば更に1,2時間は遅れるだろう。

本殿での神事を終えて出てきた舞手の鶯色の装束は簡素だが、関東らしい猛々しい力強さがあった。
友人とお嬢さんと私は、神楽を見たいと言う奥さんを残して別荘へ戻った。途中の野原にカラスノエンドウが大繁茂していたので新芽を摘んだ。荒川土手と比べるとみずみずしくて大きい。10分ほどでビニール袋は一杯になった。


別荘の台所で新芽を茹でた。見たところ虫食いは殆どなかったのに、新芽に隠れていた小さな幼虫が茹でられ、お湯の中に浮いてきた。それを都会育ちの友人たちに話すと気持ち悪がるので、黙って丹念に流水で洗い流した。

茹でた新芽を軽く刻み醤油と花カツオで味付けし、土産に持参したモッツレラチーズをさいの目に切ってオリーブ油で和えた。期待以上に美味い。

遅れて帰って来る奥さんの分を取り分け、鉢一杯を友人たちに出した。二人は「美味しい、美味しい」と、あっという間に完食してしまった。

その間に、同じく持参したカチョカヴァロを輪切りにして黒パンに載せトースターで焼いた。
カチョカヴァロのカチョはイタリア語でチーズ、カヴァロは馬の鞍のことだ。
茶巾絞りのように丸めてタコ糸で縛り、2個をセットにして振り分けて下げ熟成させる姿が馬の鞍に似ていることからそう名付けられた。
香ばしく焼けた黒パンの上で、カチョカヴァロは焦げ目をつけトロリと溶け絶妙の美味さだった。

無類のチーズ好きの私は、モッツレラもカチョカヴァロも、いつもは何も手を加えず、丸かじりしている。
そのままのカチョカヴァロの味はカマンベールに似ている。ただ、食感はカマンベールのようにクリーミーではなく、プロセスチーズほどの固さだ。


友人が誘った本当の理由は、神楽や花見のためではなかった。
春先、友人は広大な敷地の一角に桜の苗木を10本ほど植えた。先日、その苗木の全てが折られたり根ごと抜かれたりしていた。誰かに逆恨みされ、嫌がらせをされたのではと彼は悩んでいた。

食後、友人とその現場に行ってみた。
折られたり抜かれたりした苗木を見ると、木肌に動物の噛み跡があった。
地面を丹念に調べると鹿の足跡が残っていた。
「犯人は鹿だよ」
説明すると友人は「それなら、こちらの穴は、どう説明する」と、無数に掘り返された石ころだらけの斜面を示した。

掘り返された30センチほどの湿ったくぼみを調べるとくっきりと猪の足跡が残っていた。猪の鼻は恐ろしく頑丈で30センチくらいの石でも軽々と跳ね飛ばしてしまう。ミミズや甲虫の幼虫の美味しそうな匂いがして鼻で掘り返したのだろう。

説明に友人はやっと納得した。都会育ちの彼は、野生動物が犯人だとは想像できなかったようだ。友人は犯人が判明して安堵していた。再度苗木を植えると言うので、鹿の食害防止のプラスチックの円筒を使うことを勧めた。


日中は暖かかったが、急峻な山の端に太陽が隠れると冷たい風が吹き降して来て侘しくなった。前夜、完成しなかった絵は月曜納品の予定だ。早く帰って仕上げたいので、4時に帰ることにした。

友人が車で西武秩父駅まで送ってくれた。
五分待ちで乗った池袋行き急行は山帰りの熟年たちでほぼ満席だった。

iPodでヨーヨー・マのチェロとコラボしたシルクロードの民族音楽集を聴いた。
車窓を過ぎる夕暮れの満開の桜の日本的な風景に、民族音楽が不思議なほどに調和していた。

隣のボックス席は、ハイキング帰りのアーリア系の若いムスリムの夫婦が腰掛けていた。
スカーフをかぶった20歳くらいの若妻は、ムガール朝の細密画に描かれている王妃のような美しい人だった。


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彼女はスカーフの間から一心に車窓の山里の花々を眺めていた。
シルクロード東端の日本へ、彼女たちはどのような思いでたどり着いたのだろうか・・・古代に現代を重ねて、夢見るように想いを巡らした。

急行は飯能までは各駅に停車した。山間の小さな駅に停車する都度、清涼な大気が車内へ伝わって来た。車窓の淡い夕暮れの光に浮かぶ山里を眺めながら、時間は流れるように過ぎて行った。

8時前に帰宅して、午前2時過ぎまで装丁の絵に手を入れ完成させた。


Egg15


翌月曜は雨だった。
絵を濡れないように包んで、お昼過ぎに日本橋の事務局へ納品に出かけた。

すぐに画料をもらえたので嬉しくなって、帰りは銀座へ回った。
雨の銀座通りに日本人は少なく、旅行者ばかりだった。年配のイタリア人の二人連れは宝くじ売り場でロトシックスを買って、当たったら何に使おうかと陽気に話してながら歩いていた。

銀座のアップルストアーでパソコンの最高機種のMac Proを操作してみた。
重い画像処理で威力を発する高級機種だが、通常の作業なら私のMacと大差なかった。

iBooksのサンプル、漱石の「こころ」を開くと、明治文学を代表する作品に引き込まれ、一気に20ページほど読んだ。現代日本文学は西欧文学に毒され、冗長過ぎるので読み飛ばしてしまう。しかし、漱石には江戸文学の香気が残っていて、簡素に選び抜かれた言葉の一つ一つが心地よく心に染み入った。

有楽町駅から食材を買いにアメ横へ回った。
素炒りアーモンド3キロと一山500円の大分産生椎茸を買った。
ザーサイ1キロが180円と激安で売っていたが、沢山あり過ぎると、使い切る前に飽きてしまう。
ココナッツは1個200円で売っていたが、銀座の果物屋・百果園と同じ値段では不公平な気がして買わなかった。

銀座同様に雨のアメ横も日本人は少なく、歩いているのは外国人ばかりだった。
上野駅で高崎線に乗った。帰りの車中、秩父から銀座、アメ横と短い間に世界を旅行した気分がした。


絵の代金で、姉への借金を少しだけ返済した。
他にも必要な買い物が残っているので、お金は長居はしてくれず、数日でお足になって消えてしまいそうだ。


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Goof

Mas

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