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2015年5月 1日 (金)

自分史と重なる朝の連ドラ「まれ」。輪島塗りに見る伝統工芸の問題点。爆買いされるチョークの謎。15年4月30日

夕暮れ後、散歩をしていると西の空に宵の明星が見える。
それは東の空に見える明けの明星と同じ金星で、誰でも真っ先に気付く明るい星だ。

母の終末期のことだ。
夜明け前に目覚めて、母の様子を見に行くと、ベットから半身を起こし、ベランダの夜明け前の東の空を眺めていた。

母の視線の先に一段と明るく輝く星があった。
「あの星は明けの明星だよ」
教えると、
「あれが明けの明星だったの。ずーっと知らなかった」
母は嬉しそうに明星を眺めていた。

明けの明星は4月から年末にかけて東の空に見える。
あの時はすこし涼しかったから、5月初めあたりだ。
それから2ケ月ほどして母は死んだ。
だから、この星を見上げると母のことを思い出す。

年月は不思議だ。
10年20年昔のことでも昨日のことのように思い出す。
記憶は一点に集約されているからかもしれない。
年表にすれば記憶は時系列に並ぶが、現実の記憶は時間差を無視してランダムに記憶の中に詰め込まれている。だから、時間は一瞬で過ぎて行くように感じるのだろう。


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夕暮れの買い物を兼ねた散歩。


連続テレビ小説「まれ」に自分史を重ねて見ている。
「まれ」の津村家が輪島の小さな漁師町に流れ着いたように、終戦直後の昭和20年秋、私が1歳の誕生日を迎える前に、我が家は南九州日南市の小さな漁師町大堂津に引っ越して来た。

きっかけは母の古い知人が「米だけはないけど、それ以外の食べ物なら、魚でも野菜でも捨てるほどある。だからぜひ引っ越して来なさい」と誘ったからだ。

それまで住んでいた北九州は終戦直後の食糧難で、子供を抱えて苦労していた母はその誘いにすぐに乗った。まったく縁もゆかりもなく流れ着いた「まれ」たちときっかけは違うが、田舎へ流れ着いてきた都会者の気分は少しだけ分かる。

夢ばかり追いかけて失敗を繰り返して来た私の父も「まれ」の父親津村徹と重なる。
しかし、母と子供たちの性格は大きく違う。「まれ」母子のように私たちは堅実ではなく、終生夢ばかり追いかけてきた。


今「まれ」では、怪しい経営コンサルタント安西(六角精児)が、輪島塗職人を大挙引き抜いて輪島塗の粗製乱造を計っている。この経緯を見ていると私の職人時代を思い出す。安西は輪島塗が売れないのは高価すぎるからだと考え、安くすれば売れると思っているが、私の経験では、それは経営コンサルトとして分析不足だ。

輪島塗が売れなくなったのは伝統的なデザインにあぐらをかいて、魅力を失ったからだ。現代人が好む魅力的なデザインの輪島塗を作り出せれば、どんなに高価でも日本だけでなく世界中に売れる。しかし、十分なデザイン料を支払えない業界の現状では難しい。

とは言え、昔の伝統工芸の素晴らしさには目を見張る。当時の職人さんには、今なら美術大学に進みデザイナーを目指していたような才能のある人たちが多くいたからだ。

それを「まれ」に当てはめるなら、輪島市が公費で高額なデザイン料を用意すれば優秀なデザイナーはすぐに集まる。しかし、役人にデザイナーを選ぶセンスはなく、多くの自治体での伝統工芸への公費支援は失敗に終わっている。

私が彫金の職人をしていた頃、日本の宝飾品は超一流の出来だったがデザインは三流だった。それはデザイン料が生活できないほどに格安で優秀な人材が集まらなかったからだ。

それでも時たま良い製品を作るお店があった。しかし、すぐにコピーされ利益は上げられなかった。だから、今も日本の装飾品デザイナーたちは職人仕事と製品の直売りで稼いでいる。
・・当時の私は絵描きのための腰掛けで職人仕事をしていたので、デザインには無関心だった。


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夕暮れのギシギシの花。
茎の皮をむいて食べると、シュウ酸を多く含み酸っぱい。


傍のテレビで「所さん大変ですよ・文房具爆買い騒動の謎」をやっていた。
爆買い騒動の文房具とは羽衣(はごろも)社製のチョークのことだ。牡蠣殻を粉末にした胡粉が入っていて、粉が出にくい絶妙な硬さと書き味と堅牢さを実現している最高品質のチョークだった。

去年10月、羽衣社が今年3月に廃業すると発表されると、羽衣チョーク愛用者の爆買い騒動が日本だけでなく世界規模で始まった。

廃業理由は経営者が老齢で跡継ぎがいないことと、売り上げ不振のためだった。今の小学校では子供が減っただけでなく、電子黒板の普及でチョークの需要が激減した。しかし、予備校講師や研究者たちには、広い黒板とチョークは電子黒板では決して得られない使いやすさと魅力があり、慌てた愛用者たちの爆買いが始まった。

米国の数学者たちにも羽衣チョークの愛用者が多かった。
ドラマなどで心地よい音を立てながら数式を黒板に書き込むシーンがあるが、チョークの書き味は脳に心地よい刺激を与え、革新的なひらめきが生まれるようだ。

米国製チョークは折れやすく、思考が中断する決定的な欠点があった。
だから数学者には、心地よく折れずに書き続けられる羽衣チョークは、スムーズな思考に欠かせない大切な道具だった。危機感を覚えた数学者たち200人は共同で1トンものチョークを買い入れた。しかし、それでも15年分しかなく、彼らはその後に不安を残していた。

数学者たちのネットに「羽衣チョークはチョーク界のロールスロイスだ」と書き込まれているほどに愛用されて来た。羽衣社の技術を受け継いだ韓国企業がアジアへ売りまくると言っていたが、知的な道具なだけに日本から消えるのはとても残念なことだ。

ちなみに、本日ネット販売で調べると、羽衣チョーク72本入り1箱が1500〜3000円と2,3倍に高騰していた。


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荒川河川敷のゴルフ場へ向かうゴルファー。


先日、AIIBに関する日経記事を読んだ。
日経は良くも悪くも経済至上主義で現実的な解説をする。損得計算だけの合理的説明を期待して読んだら、参加しなかった日本を執拗に無能馬鹿扱いする低次元な内容だった。あまりにも陰湿で感情的な政府攻撃が続くので、筆者の経歴を見たら朝日元記者だった。


朝日記事については、歴史問題で日本政府を非難している欧米メディアが日本外務省からに執拗に攻撃されている、との記事があった。

・・・朝日記事より抜粋
ドイツ有力紙の元東京特派員シュトゥルム氏が今月、離任に際して書いた「告白」記事が話題になっている。
昨年来「日本の外務官僚たちが、批判的な記事を大っぴらに攻撃しているようだ」と彼は指摘している。
米主要紙の東京特派員は、記事中の識者の選定を巡り、日本政府から細かい注文をつけられた・・・などと言った内容だ。

話題になっていると朝日は書いているが、今世間で話題になっているとは到底思えない。記事中にあった「日本が良いとは思えない方向に進んでいる」とは、日本が防衛に力を入れ、歴史問題で中国韓国に政治的に利用されない姿勢のことだろう。

シュトゥルム氏への第一の疑問は、彼が公正に取材して記事を書いたとは思えないことだ。当然ながら、欧米の海外特派員は反日の取材源に頼る訳で、日本政府から抗議を受けるのは当然のことだ。


・・・朝日記事より抜粋
在フランクフルト日本総領事がシュトゥルム氏が所属するFAZ本社を訪れ、海外担当者に1時間半にわたり抗議した。その内容は、総領事が中国のビザ取得が目的だったのだろうと指摘した上「中国からの賄賂が背後にあると思える」と侮蔑的なものだ・・・

対する伊藤恭子・外務省国際報道官の反論。
「報道の自由や表現の自由は最大限尊重しなければならないと思っている。そのうえで、日本の姿を正しく知ってもらうため、事実誤認に基づく報道がなされた場合、客観的な事実に基づいて指摘することはある。(元独特派員シュトゥルム氏の記事については)誤解が生じているのは残念だ。お金の話などをした事実はなく、総領事とフランクフルター・アルゲマイネ社で協議をし、誤解が解消したと聞いている」

本当に侮蔑的な脅迫だったら、欧米メディアなら訴訟も辞さないはずだ。しかし、FAZ本社からの日本政府へ厳重抗議があったなどの顛末は記されてなかった。


朝日新聞は政府から弾圧されている被害者を演じ、欧米ジャーナリストを味方につけている。しかし、朝日は日本国民への加害者であって被害者ではない。朝日は日本の戦後成長の大きな恩恵を受けた裕福な企業で、社員は現代貴族と言われるほどに高給取りだ。捏造記事以来、新聞販売が低迷しているが、莫大な資産のおかげで痛くもかゆくもない。

朝日は戦前、侵略戦争を鼓舞して多くの国民を死に追いやった。戦後は豹変し、反日捏造記事を書いてまで日本を中傷誹謗し続けた。今、歴史を正視していないのは朝日だと国民が気付き始めただけのことだ。

朝日記事だけを読むと、世界中のマスコミが日本を攻撃しているように読者の多くは信じ込むだろう。このような古臭いプロパダンガは止め、公明正大に真実だけを報道してほしい。


私は小学生の頃から60年間朝日を愛読し洗脳され信じ切ってきた。もし、以前の私ならそっくりそののまま上記の朝日記事を信じていた。

母が健在な頃、従軍慰安婦問題で、日本の軍や警察が街を歩いていた少女たちをいきなり拉致して慰安婦にしたとの報道を母が聞いた時「絶対にそんなことはない」と怒っていた。
朝日に洗脳されていた私は「戦前の軍国主義を引きずっているからそんな酷いことを言う」と反論した。今思うと、母の方が正しく、私が間違っていたと後悔している。

激昂しやすい国民性の朝鮮民族の男達が20万もの若い女性たちを拉致されたのに黙認していたとすれば、極めて不自然なことだ。それは半島各地で暴動が毎日のように頻発する事態なのに、そのような記録はない。もしあるなら、朝日はそれを提示すべきだ。


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