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2016年1月 8日 (金)

足底筋膜炎や腰痛の治し方と、シンガポールの品のない金持ちと、長生きの意味を問いかけた樹木希林。16年1月8日

去年秋から、散歩中に左の足裏が痛む。
整形外科でレントゲンを撮ってもらうと踵の骨に踵骨棘(しょうこつきょく)ができていた。この棘(とげ)は足底筋膜炎・別名足底腱膜炎に伴うものだ。単純に踵骨の棘が周りを傷つけているのではなく、この棘があると足底筋膜炎を起こしやすいので診断の基準になる。

棘を手術で取り除くと炎症も治まる。しかし、90%の人は1ケ月から数年の間に自然治癒する。
生活に支障をきたすほどほどの患者は内視鏡下で足底腱膜を切り離す手術をする。しかし、手術に至るのは、よほどの重症患者かスポーツ選手に限られている。

足底筋膜炎でマラソン選手から野球選手・レスリング選手まで広く苦しんでいる。マラソンの有森裕子は選手生命を懸けて手術を受け、1995年の北海道マラソンで復活優勝した。欧米では一般人も積極的に手術をするケースが多いが、それは国民性の違いかもしれない。


足底筋膜は足指から踵にかけての腱組織で、足底のアーチを保つための弓の弦の役割をしている。足底筋膜炎は足底筋膜が過度の運動や老化によって傷つき炎症を起こしたものだ。

踵骨棘は過度の負荷によって形成されたもので、負荷が軽減すれば自然に吸収される。

治療法はクッション性の高い靴底に変え、土踏まずが高く形成された靴中敷を使用することでアーチを維持して、足底筋膜への負担を軽減させる。

私はアーチが高いので、一番高いタイプの中敷を使った。大きなスポーツ店なら足底筋膜炎対策のインソールを各種揃えている。


他に、つま先を引き寄せるようなストレッチや、足指を開いたり閉じたりする運動が効果がある。それでも治らない場合は、患部にステロイド剤を注射するが、副作用があるので、早く回復しなければならないスポーツ選手に限られている。

足底筋膜炎の先進医療にドイツ製の体外衝撃波疼痛治療装置「ドルニエエイポスウルトラ」がある。衝撃波を患部に当てるだけで、治療効果は早く現れる。しかし、日本で導入している病院はとても少ない。


症状の特徴は朝歩き始めに痛み、歩いているうちに徐々に消える。
私は51歳の頃、背負子で家具を担いで1キロ離れた赤羽北の住まいに引っ越した。その時、20〜40キロの荷を担いで1日20数往復を1ケ月ほど続けた。その過剰な運動のために左足底筋膜を痛め激痛が起きた。
その時は衝撃吸収材のインソールを使うことで、半年ほどで完治した。

若い頃、左足首を捻挫して重心方向にずれがある。
今回の炎症は、重心を無理に修正したことがきっかけだった。
正しい重心方向を特定するのはとても難しい。様々考えた末、古代人の歩き方に変えれば自然に正常になると想定した。

すべての動物は爪先立ちで歩行している。
踵にも体重をかけるのは二足歩行の人間だけだ。類人猿の場合、直立し静止している時は踵に体重をかけているが、二足歩行時は踵を浮かせている。

健康な人の歩行では、踵は補助的に体重をかけるだけで、大地にしっかり足指を着地させる。しかし、老いるに従いつま先を浮かせ踵に重心をかける歩き方に変化して体の不調を招く。現代では老人だけでなく、子供達もつま先を浮かせた歩き方をして、運動能力に問題を起こしている。
--その状態を浮き指と呼ぶ。

そこで、足指5本でしっかりと地面を捉える歩き方に変えた。
すると、重心位置は自動的に正常化した。足底筋膜炎の治療方法に足指を開いたり閉じたりする運動がある。だから、この歩き方は合理的だ。
本筋からそれるが昔の名力士は踵を浮かし、足指で大地を掴むように歩いて強さを維持した。

5本指で大地を掴むような歩き方をした結果、痛みはすぐに消えた。しかし、いつもと違う筋肉を使うので疲労が多く、歩行スピードが出ない。しかし、足裏ツボが刺激されて内臓の調子が良くなっことは思わぬ効果だった。

その後、足の痛みと疲労は完全消失し、以前のように速歩で長距離歩けるようになった。整形外科医から一生治らないから、杖をつくように言われた。あの診断は何だったのだろうか。医師への不信感が募る。


ついでに、年末に私が苦しんだ様々な痛みの軽減方法。

腰痛
前かがみの姿勢をとると、すぐに辛くなる。
原因は脊柱起立筋が弱って、背中が丸くなっているからだ。
お辞儀をするように、背筋を直線に尻を突きだすように腰を曲げると痛みが生じない。
それは動物の自然な姿勢と同じだ。
その姿勢によって脊柱起立筋が鍛えられ腰痛を防ぐ。

腰痛は背中を丸くした姿勢によって生じる。
ちなみに、腰痛は人特有のもので猿を含めすべての動物にはない。
人の例外としてアフリカの人たちにも腰痛はない。
畑仕事している彼らを見ると、背中を直線にした前傾姿勢で作業をしている。
そのお辞儀をしている姿勢によって腰痛を起こさない。
ただし、時折背を丸くする脊柱起立筋を伸ばすストレッチを加えることも大切である。


首の痛み
冷やすと痛みが長引く。
マフラーなどで常に温めると治りが早い。

帯状疱疹
炎症は冷やすとウイルスが元気になって治りにくい。
ウイルスは高体温に弱いので温めると治りが早い。


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荒川土手夕景。


母と議論している夢を見た。
互いに大雑把な性格だが、議論だけはとことん理詰めだった。だから、母はよく元学校の先生と誤解されていた。

母も私も声も大きいので、他人には大喧嘩をしているように見えた。その点、今同居している姉は母ほど頭は良くないので、言い争いすることは皆無だ。

死別してから、明るく優しい母のことばかり思い出す。
だから、言い争っていたことを夢の中で思い出し、無意識にバランスを保っているのかもしれない。


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昨日は七草粥を作った。
七草に五穀米を鰹出汁で炊いたもので、とてもおいしい。

餅は毎日に焼いて食べている。
餅を焼く香りを嗅ぐと、火鉢の炭火を懐かしく思い出す。
今はほとんどの家が洋風化され、昔の障子に火鉢のある部屋は消えた。もし、裕福になったら、昔風に障子や長火鉢のある部屋に改装して、炭火で餅を焼いて食べたいと思っている。


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新河岸川夕景。


先日、探検バクモンスペシャル・世界でいちばんアツい国・シンガポールを見た。シンガポールは嫌いだが、好きな番組なのでチャンネルを合わせた。

予期したように、近代化されたシンガポールの街並みは情感がなく魅力がなかった。シンガポールでの番組テーマは拝金主義しかない。早速、豪邸訪問になった。訪問先は春巻きを作って2000億の資産を築き上げた中国出身の男の豪邸だった。


洋風の豪邸を尋ねると、爆笑問題もスタッフ全員も全員靴を脱がされ裸足になった。家の中に外の汚れを持ち込ませないためだが、迎えた主人の男がしっかり革靴を履いていたことに違和感を覚えた。そう感じたのは太田光も同じで、すかさず「靴履いていて良いのか」と突っ込みを入れた。

日本の金持ちなら、自分だけ靴を履いて客を裸足にさせて迎えることは絶対にしない。あらかじめスタッフ全員の室内履きを用意するのが、先進国での礼儀だ。

男は裸足の客たちに高価な美術品やワインを得々と自慢していた。それは拝金主義のシンガポールを端的に現す、品のない貧しい光景だった。


シンガポールでは、ほとんどの一般家庭で、近隣諸国の貧しい女性たちを低賃金でメイドとして雇うことができる。

家事から解放された主婦は夫とともに働きに出る。
女性が家事から解放されて働ける状況はとても良いことだが、低賃金の外国人に支えられている姿は、どうしても馴染めなかった。
シンガポールは拝金主義の投資家や金持ちたちには大変人気のある国だが、絶対に住みたくない国だ。


人々が生活の安定のために豊かさを求めることは自然なことだ。
しかし、豊かさへの欲求がエスカレートすれば、強欲な拝金主義を生む。その結果、豊かな一生を千回繰り返しても使い切れないほどの資産を得ても満足せず、富を収奪し続けるモンスター金持ちが世界中で増殖することになる。


かって、そのように強欲なヨーロッパがアフリカ・中東の国々を分断して植民地化した。世界地図で定規で引いたような直線の国境線で区切られた国々は皆そうだ。自然な国境線を無視して分断された国々では過酷な民族・宗教対立を生み、現代のイスラムテロを招いた。


6日の北朝鮮の核実験は、それらの紛争に深く加担することになる。
日中韓・米露は表面的には核戦争の暴発を危惧しているが、本意はもっと深刻だ。北朝鮮で開発された小型核爆弾は、やがて武器商人によってイスラム国などへ流出することになる。

今の所、小型核をイスラム国に流出させれば米露中に報復されることを金正恩は十分に分かっている。しかし、北朝鮮のチキンレースのような孤立した外交政策が続けばいずれ誤りを犯す。

その時、イスラム国による核テロが米・ロシアとウイグル弾圧をしている中国で実行される。核テロの破壊力は2001年9月11日のアメリカ同時多発テロの比ではなく、何十万単位の人が死傷することになる。


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紫陽花の黄葉。


新春には100歳以上の人を取り上げた番組が多かった。
長寿の老人たちの言葉は一般人にはほとんど役立たないな。なぜなら、彼らは努力して長生きした訳ではなく、元々長寿の体質で普通に暮らし続けたら100歳を超えていただけのことだ。

長寿に関して、樹木希林が新聞広告で終活宣言をしたことが話題になっていた。
2013年、彼女は全身ガンに侵されていると発表した。


・・・人は必ず死ぬのに、長生きを叶える技術ばかりが進歩して死ににくい時代になった・・死を疎むことなく、死を焦ることもなく、ひとつひとつの欲を手放して、身じまいをしていきたいと思う・・それが彼女の言葉だった。

どのように死ぬかを考えることが大切なのに、世間は長く生きることばかりに注目する。長生きこそが善で、若くして死ぬと世間は人生で敗北したかのように気の毒がる。
若死は気の毒だが、敗北ではない。いかに死ぬかはいかに生きるかと同じで、真の死生観をもっと尊重してもいいのではないか・・・彼女はそう問いかけていた。


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Goof

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