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2016年1月13日 (水)

50歳から成長できる人とは・・・死は平気だが健康オタクは続けている。16年1月13日

初めて氷点下の朝、初氷を見た。
今年の桜はいつ咲くのだろうか。

母が死んだ年の桜は華やかだった。
「今年の桜は、いつもより美しいね」
死の3ケ月前、母がつぶやいた言葉が忘れられない。
今振り返っても、死別した2010年の桜は生涯で一番華やかだった。
あれから桜の季節を5回迎えたが、どれも薄ぼんやりとした印象しかない。


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緑道公園の蝋梅。


荒川土手を歩くと北赤羽の旧居が見える。
先月から私が住んでいた玄関前通路の灯りが消えている。公団の管理はいい加減で、いつも4,5カ所の灯りが消えている。
その点、都営や区営住宅の管理は行き届いている。それは管理をシルバー人材センター通じての老人たちに任せているからだ。老人たちは本当に律儀で、灯りが切れるとすぐに交換してくれる。

最近、その旧居がくすんで見えるようになった。
季節の所為だけではなく、それは、長く親しんで来た住人たちが次々と去ったことによる。


最近、人生の目標を考えなくなった。
以前は、目標や価値を問われたら、画家としての成功とか、生活の安泰とか、即座に答えることができた。しかし今は、即座に答えられない。

目標はただの通過点に過ぎず、人生の成果が分からないまま最期を迎えることになりそうだ。しかし、自分なりの幸せの定義はある。いつものように散歩道を歩き、冬木立の梢や空を流れる雲を見上げ、小鳥のさえずりに耳を傾け、ぼんやりとベンチに腰掛けてお茶を飲む。それらが何に増して幸せに思える。

若い頃の私なら、一人でベンチに腰掛けているなど、寂しくて息がつまりそうだった。熟年に入ってからも、ホームレスがぼんやりベンチに腰掛けていると、とても孤独に見えた。しかし、今は違う。彼らは寂しそうに見えても、本当はホームレスの自由さや、自然の移ろいの素晴らしさを噛みしめているのだと思っている。


いつも自分の死について考えている。死を、遠い関係ないものとする生き方は、却って生を劣化させる。だから生活も仕事も死を起点にして考えている。

人の死は辛いが、自分の死は恐れなくなった。
しかし、死に至る衰弱状態を恐れている。
だから、健康オタクは変わらない。

検査数値は要注意が多く、まったく健康体ではない。
しかし、巧みに体を管理しているので、見かけ上は健康だ。


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自然公園の古民家。
繭玉飾り。繭玉と言っても色付けした餅だ。
この古民家は、今の我が家近くから移築したものだ。


死んだ姉は中程度の糖尿病だった。同じ体質の私も血糖値が高くなりやすい境界型なので食事には気をつけている。

糖尿病の食事は、昔は総カロリーをうるさく言っていたが、今は少し変化した。腎臓が健康ならタンパク質は糖質を補うように多めに摂っても構わない。しかし、ご飯などの糖質は厳しく制限する。糖質を極度に減らすと、中程度以上の糖尿病でも血糖値はすぐに正常域に入る。

ただし、米国基準では糖質量は1日120グラム以下にしてはならない。糖質をそれ以上に減らすとタンパク質の代謝などに悪影響があるようだ。日本の摂取基準は40年前の医学書に100グラム以下にはしないようにとあった。日米の違いは体格の違いによるものだろう。

私の糖質摂取量は1日170グラムほどで、まだ減らすゆとりがある。
それにしても炭水化物は美味しい。目刺しや漬物や明太子などのおかずで、ササニシキの炊き立てを腹一杯食べたら、どんなに幸せだろうと夢見るくらいだ。

だから、どうしてもたっぷりのご飯やお菓子を食べたい時は散歩前に食べる。1時間、速歩で歩けば血糖値は50〜100mg/dlくらいは簡単に下がる。


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夕暮れの介護施設「さくらの杜」


今年の正月もおみくじは買っていない。
母が死んだ後、6回連続凶を引いてから、おみくじは引かなくなった。

先日、アメリカ暮らしの知人が、生まれた子供の姓名判断で苦労したとメールして来た。アメリカに住んでいるのに、東洋の風習を引きずっているのが可笑しい。

私も昔は姓名判断に凝っていたが、今はまったく気にしていない。
そう思うようになったのは、ニュースに登場する不運な事故者名を片っ端から分析したからだ。たとえば、走行中の車に落石が当たって亡くなった人。狩猟期間中、流れ弾に当たって亡くなった通行人。飛行機事故で亡くなった人。そのような不運な人を2年間に渡って調べてみたが、その殆どが悪運が絶対に寄り付かない良い画数だった。

姓名判断は神社へ詣って幸せを願ったり、お守りを求める気持ちと同じなのだろう。
もし、子供が良い画数の名を貰ったら、悪いことがあっても明日を信じ希望を持つことができる。それが姓名判断の正しい使い方だ。
ちなみに私の画数は、順風満帆大器晩成とある。しかし、順風満帆はまったく外れている。


日経新聞の記事に「50歳を過ぎても成長できる人」があった。
「お前ならば大丈夫」と、皆から期待される人は、「できるかもしれない」と、自己暗示で自信を持つようになる。

今は実力がなくても、努力すれば何とかなると思う人は、努力し続けることができて、いつか本物になる。
50歳に至る前に、そのような生き方を作り上げることができれば50歳を過ぎても成長できる。

決断に迷った時に楽な方法を排除できる人、地道に努力を続けられる人も50歳を過ぎて成長できる。


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