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2016年2月 1日 (月)

生れ死ぬる人、いづかたより來りて、いづかたへか去る。16年2月1日

去年の夏、知らないうちに同世代の知人が二人亡くなっていた。
一人は胆管ガンで、もう一人は大腸ガン。共に病状は知っていたが、年賀状が来ないのでもしやと案じていた。

一昨日、更に、同窓生の訃報が入った。臨終の場所は郷里の宮崎だった。
彼女は2012年の個展に他の同窓生と連れ立って来てくれた。その時は会えなかったが、芳名帳に元気な署名が残されていた。

20年ほど昔、彼女は江戸川の住まいでお姉さんと暮らしていた。
そのお姉さんが亡くなった時、
「姉がいない部屋は広すぎて、息が止まりそうなくらい寂しい」と嘆いていた。

殊に、同年代の死は寂しい。しかし、いずれ自分も辿る道だ。先に逝った人たちは、老いの道を照らしてくれる先達と思って敬意を払っている。

・・・生れ死ぬる人、いづかたより來りて、いづかたへか去る・・・

訃報を聞きながら、方丈記の一節が思い浮かんだ。


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先日の雪の日の荒川土手。


昨日午後、Eテレで「サイエンスZERO「サイバーセキュリティ・1・サイバー戦争の脅」を見た。チャンネルをそのままにしていたら「こころの時代・宗教・人生・自分を超えて」の再放送が始まった。出演は養老孟司氏。内容はともかく、養老氏の愛猫のまるちゃんがちらりと登場したので、そのまま見続けた。

脳科学を基にした内容はとても面白かった。
養老氏によると、敵であっても死者を供養するのは日本人特有のものらしい。中国などでは、敵であった死者を掘り返して、鞭打つほど激しく憎み続け、供養などあり得ない。

ケンタッキーフライドチキンの日本支社は毎年、鶏供養をしているが、そんなことをするのは世界中で日本支社だけだ。昆虫採集が好きな養老氏自身、虫供養の塚を自宅近くの建長寺境内に建立し、6月4日に虫供養をしている。


彼が元英国人のC・W・ニコル氏に、「日本に帰化して一番良かったことは」と聞いたことがあった。ニコル氏は「宗教の縛りから解放されたことだ」と答えた。ニコル氏によると、神からの束縛なしに自由に考え行動できることは実に爽快らしい。

キリスト教国やイスラム教国では、神と無関係に自分を定義することは絶対にできない。だから、自我の概念は神の臣下としての責任と義務として、神と対立しながら形成さる。人と自然、民族と民族、自分と他人、対立構造は留まることなく広がり、人は翻弄され、心を痛めて行くことになる。

そのあたり、実にユルユルの曖昧な日本では、西欧のような頑迷なほどの自我は形成されず、自由自在に生きることができる。


東洋思想での「自分」とは、内と外の無限に広がる空間の中で、意識のある現在を示す矢印のようなものだ。そして脳は、その時々の都合に合わせて、外界から自分をユルユルに区別している意識器官にすぎない・・・と言ったことを養老氏は話した。

人間の意識は脳が作り出したものだ。そのような意識の在り方は原始仏教にも通じている。日本人はごく当たり前にそのような考え方をしてきた。

しかし、西欧人は現代になってやっとそのような考えができるようになった。西欧の哲学者や思想家が気付いた「自分」とは、情報が通り抜けるチューブのようなものだった。彼らがその事実に気付いた時、茫漠とした神のいない光景に呆然としながら、限りない自由を感じた。


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子供が作った可愛い雪だるま。


米国の脳科学者ジル・ボルト・ティラーの逸話も面白かった。
彼女は37歳の時、脳卒中を起こし左脳の一部が損傷した。その時彼女は、自分と外界の仕切りがなくなる不思議な体験をした。

彼女の著書「奇跡の脳 脳科学者の脳が壊れたとき」からの抜粋。

「からだは浴室の壁で支えられていましたが、
どこで自分が始まって終わっているのか、
というからだの境界すらはっきりわからない、
なんとも奇妙な感覚。
からだが個体でなくて流体であるかのような感じ、
周りの空間や空気の流れに溶け込んでしまい、
もう、からだと他のものの区別がつかない・・・
・・・中略・・・
奇妙ですが、
幸福な恍惚状態に宙吊りになっているよう感じました」

最後の幸福な恍惚状態は臨死体験時のエンドルフィンの放出でも味わうことができる。
危機的状態に陥った時、天使や亡くなった肉親などが現れて助けてくれるサードマン現象も左脳が一時的に働きを止め、右脳が主導権を持った時に現れる現象だ。

母は85歳の時、全身麻酔のショックで心停止に陥った。その時は応急処置で何とか生き返ったが、貴重な臨死体験をした。

それは色とりどりの花々が咲く、この世にない美しい光景で、母は素晴らしい多幸感に包まれ、以後、死への恐怖は薄らいだ。母から臨死体験を聞いても、リアルには思い浮かばなかったが、ジル・ボルト・ティラーの話はリアルで、母の体験がどんなものだったかよく分かった。

人の不幸の原因の多くは、理性的な左脳の進化によってもたらされた。もし、右脳のもたらす多幸感のみだったら、文化も科学技術も発達せず、人類は滅びていただろう。しかし、これからは、医学の発達により、多幸感に包まれながら臨終を迎えられるはずだ。


人は膨大な外界の情報のごく一部しか認識できない。しかも、その情報は曖昧でいい加減で、人は情報を妄想で補い、妄想の中に生きて妄想の中で死ぬ。

死は外の世界には存在するが、自分の内なる世界には存在しない。人は死ぬが自分は永久に死ぬことはない。なぜなら、いつ死んだのか認識できないからだ。それでも死への恐れが存在するのは妄想に囚われた結果だ。


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シジュウカラ。
雪が降ると、郊外から都心へ、たくさんの小鳥がやって来る。


先日のクローズアップ現代で「終末期鎮静」を取り上げていた。
数日から1週間の間に死亡するその措置を、今は7人に1人が受けて旅立つ。

番組に登場したのは、末期ガンの激痛に苦しむ71歳父親と「終末期鎮静」を受け入れた家族。父親は二度と目覚めない強力な睡眠薬で痛みから解放され、深い眠りに入った時、家族は深い悲しみにくれた。

他の終末期鎮を選択した家族は、そのことを後悔していた。
しかし、死んでいく本人を主体に考えるべき事柄で、残された遺族の事情は二の次に考えるべきだ。だから、後悔するから「終末期鎮静」をしない選択は倫理的に誤りかもしれない。遺族は終末期鎮静を選択した結果の後悔を覚悟の上で選択すべきだ。


私は母の終末期、母を必要以上に苦しませないために、効果がなかったタンの吸引をやめた。もし、吸引を続けたら数時間、あるいは数日、延命したかもしれない。母の死を早めたかもしれない休止に後悔がないのは、母と数限りなく看取り方について話し合ったからだ。


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冬枯れの木立の中で、ドウダンツツジの1枚残った紅葉が美しい。


iPodはシャツフルで聴いている。
以前は編集した曲順に聴いていたが、今は飽きてしまった。
シャフルするとラジオで音楽を聴いているように思いがけない曲が始まって新鮮味がある。今日の最初の曲はヨーヨーマのチェロと民族楽器がコラボした「シルクロード」だった。

その曲を聴くと去年の春、奥秩父の友人の別荘を訪ねた帰りの電車を想い出す。その時、夕日の中の満開の桜が過ぎて行く車窓の風景に、民族音楽が心地よく調和していた。

隣のボックス席は、ハイキング帰りのアーリア系の若いムスリムの夫婦が腰掛けていた。スカーフをかぶった20歳くらいの若妻は、ムガール朝の細密画に描かれている王妃のような美しい人だった。

彼女はスカーフの間から一心に車窓の山里の花々を眺めていた。シルクロード東端の日本へ、彼女たちはどのような思いでたどり着いたのだろうか・・・古代に現代を重ねて、夢見るように想いを巡らしていた。

あれから一瞬で1年が過ぎた。
過ぎ去った年月とは何なのだろうか。

年月は自分が眺める外界の事柄で、本当は自分の中には存在しない。一生の長短も他人のことで、自分の中では時間を超越して一生の出来事も記憶も今存在する。荘子が他者と自分を比較するなと言っているのは、他者と自分を比較することの無意味さを示しているのだろう。

思い出の多い人の人生は長く、思い出のない人の人生は短い。
明日死ぬことも30年後に死ぬことも「万物斉同」その意味は同じだ。

上記の奥秩父の別荘の持ち主から電話があった。
その時、
「最近、余命を考えなくなったこ。余命5年も10年も30年も、その価値は大差はなく感じる」
と、余命について話した。

例えば20歳から4歳までの20年間に起きることは、ほとんどの人にとって激動と言って良い。しかし、60歳〜80歳の20年間では、前記の10分の一の変化もない。さらに100歳までの20年間では、ほとんど何もせずに、ただ老いていくだけだ。


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20年前の絵本「父は空 母は大地」のリニューアル版が近く刊行されます。
ロクリン社。定価1800円。
中学教科書に採用されNHKにて映像化された話題作です。


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Goof

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