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2016年4月11日 (月)

オリンピック・エンブレム・デザイン候補4作品の当落予想。16年4月11日

4月8日花まつりの日に、東京オリンピック・エンブレム・デザイン募集の最終候補4作品が発表された。
連日、各方面でどれが当選するかにぎやかだ。
市松模様のA案と朝顔のD案はどのアンケートでも人気があり、甲乙つけがたい。


A_comm


A案。日本的な市松模様を基に描かれている。
複雑精緻な作業で描かれていて、手慣れたデザイナーの仕事だろう。
色味の紺は、その地味さがマイナス寄りに評価されそうだ。


D_comm


D案。夏のオリンピックから朝顔を連想したのだろう。
ポストモダンな意外性のある発想で、新鮮さがある。
色合いも鮮やかで、僅差でこれに決まりそうな気がする。


C_comm


風神雷神のC案はどのアンケートでも評価が低い。
何となく素人ぽくて、纏まりと切れ味が悪いのが敬遠されているのだろう。
フリーハンドで描けるので、このタイプの応募が一番多かったはずだ。それで、代表作品として選ばれたのかもしれない。


B_comm


来日している欧米系外国人には、このB案が一番人気だった。
しかし、日本らしさでは、来日外国人は朝顔のD案をダントツで支持していた。そして、外人に一番不人気は市松模様のA案だった。

B案はリオ・オリンピック・エンブレムを踏襲していて、既成のロゴやパソコンのアイコンなどにも多くあり新味はない。
画像ソフトに習熟している応募者に、この系統の作品が多かったはずだ。B案を見て、自分のに似ていると悔しがっているデザイナーは多いだろう。
知り合いのデザイナーやイラストレーターに聞くと、ほとんどが密かにエンブレムに応募していた。

アンケートの予想から、A案とD案が決戦に残り、色使いが綺麗なことでD案に僅差で決まると予想している。
C案は当て馬として選ばれた作品で、もし、これに決まったら大穴だ。
とは言え、審査員たちが密室で決めることで、世間が予想できない結果になるのはありがちだ。

余談だが、本命のD案の朝顔の旭日旗似の花芯に韓国の反日団体が激昂して噛みつくはずだ。
何しろ、子供の図画で放射状に光が描かれた太陽、栗のイガやウニのトゲ、ひまわりの花、瞳の虹彩、打ち上げ花火、自転車のスポーク、傘の骨、ドローンの放射状の腕など、どれも軍国主義のシンボルで、日本の戦犯旗で、ナチスのハーケンクロイツ同様、戦争と侵略を表現している、と攻撃している狂信的な団体だ。ましてオリンピックエンブレムである。異常な執念で攻撃してくるだろう。


番外の批評として・・・
「4作品とも水準が低い。これなら佐野研二郎案のままがよかった」
紫綬褒章を受けた現JAGDA協会会長である著名なデザイナー浅場克己氏は今回の4案を切り捨てていた。

彼は旧エンブレムの審査員の一人で、佐野研二郎氏と仲がいい。
浅場克己氏制作の有名ロゴマークに民主党マークがある。
日の丸を二個くっつけて、ユラユラと描き損なったみたいに下の日の丸を描いてあるあのマークだ。

民主党本部の屋上にある大きなこのマークを始めて目にした時、
「ペンキが剥げて輪郭がギザギザだ。落ち目で修復する金もないのか」
と私は本気で思った。


今回の4作品がプロ好みではないのは確かだ。
何しろ、審査員のほとんどが素人なので、応募者はそれを加味して応募したからだ。


最後の画像は私の応募作品だ。

M_e

M_e2

素人の審査員が多いのを見て、素人好みの明るい図柄にした。
応募最終日の前夜から、泥縄に制作を始め、ネットでの応募後にオリンピックマークを消滅させてしまう凡ミスを犯した。だから、一次の形式審査で落とされたと思っている。
いずれにせよ、予想が当たるかどうか発表が楽しみだ。

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桜を追って、連日、花見に出かけた。
4月8日の花まつりは甘茶かけを兼ねて、しだれ桜で有名な板橋区の南蔵院へ出かけた。
道々の桜吹雪に、過ぎ行く春のはかなさを感じた。


M_7


赤羽のスミレ。
古代から咲き続けている東京のスミレ。
北区界隈で、どこでも観られる。


M_ni


板橋区の区の花ニリンソウ。
古荒川の河岸段丘では、あちこちにニリンソウが群生している。

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最近見た、李香蘭主演映画「私の鶯」は実に不思議な作品だった。

https://youtu.be/GcbLgK9L9Yc

冒頭のスンガリー(松花江)をゆく外輪船。
ロシア正教会の尖塔。
劇場のドレスで着飾ったロシア婦人たち。

戦況が厳しくなって行く昭和18年制作なのに、背景はとても平和なハルビン市街の風景。
映画には白系ロシア人の一流歌手が出演し、演奏は名門・ハルビン交響楽団が担当した。
当時のハルピンの人口は45万。
今の金沢市ほどなのに、層の厚い一流の西欧文化が息づいていたことに驚かされる。

内地では軍国色一辺倒の映画ばかりの時勢に、
似つかわしくない音楽映画が作られたのはとても不思議だ。

映画は全編ロシア語で字幕がつき、出演者の多くは白系ロシア人だ。
しかし、この内容では内地での公開は不可能で上映はハルピンに限られていた。

出演した白系ロシア人も製作スタッフも、李紅蘭を始めとする日本人出演者たちも、それから2年足らずでソ連軍に蹂躙され、シベリア送りになって命を落とした者も多く、助かった者たちも厳しい逃避行の末だった。

この映画を見終えて、
華麗に咲いてすぐに散ってしまう桜の美しさに似ていると思った。


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