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2016年5月25日 (水)

人工知能(AI)の黎明期に、自分の終い方を考えている。16年5月24日

夕暮れの土手道を町並みを眺めながら歩いた。
遠くまで夕餉の明かりが点々と見えて、無性に家に帰りたくなった。
と言っても今の住まいではない。
両親や姉兄たちが健在だった頃の、昔の家に無性に帰りたくなった。

今の住まいの中央にある四畳半の部屋をタンスや仕事の道具類の物置代わりに使っている。埃が少なく乾燥していて、襖を開けて入ると、ほのかな畳表と樟脳の匂いがする。それは母への記憶につながり、遠い故郷のような懐かしさを感じる。


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エレベーターホールのツバメの巣を修復した。
巣材の泥は粘土分が足りず脆い。
先週、ひび割れが入り、あちこち崩れ始めたのでガムテープで補強した。
目の前の荒川河岸は泥の少ない川砂ばかりで巣材には不向きだ。しかし、鋳物用には最適で、それを砂型に使った鋳物業が流域で発展した。

補強する時、鏡を使って中を覗くと卵が6個生まれていた。
ツバメは1〜2日に卵を1個づつ産む。卵は温めないと分化しないので、温め始めてから2週間ほどで一斉に孵化する。夫婦で熱心に温めているので、今週末あたりに雛が生まれそうだ。


18日に同じ年齢の知人が末期ガンで亡くなった。
今年二人目の別れだ。半月前に見舞った時は元気に会話できたのに、あっという間の別れだった。

19日に上尾の自宅に弔問に訪ねた。
ベットに安置された彼女の額に触れると冷たく、はっきりと死を感じた。

今日あたり葬儀が行われる。
大勢の黒服の中で、ザワザワと別れを告げるのは不本意なので、
出席しないと遺族に伝えておいた。

弔問帰り、上尾から小田原行きの電車に乗って新橋で下車し、ユリカモメに乗った。
3年前、彼女と母の小分けした遺灰をお台場の海に散骨したことを思い出したからだ。

日の出桟橋で下車しお台場行きの船に乗った。
船は中国人観光客が多く、日本人は私を含め5人ほどだ。
桟橋ではサミット関連で海上保安庁の職員が完全武装で警備していた。


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中国人グループのリーダーらしい巨漢。
中国マフィアみたいな風貌だった。


そのように毎日出かけている。
近所の散歩だけでなく、電車に乗って上野、銀座、新橋まで足を延ばす。
仕事が嫌なわけではなく、まだ人間らしい生気がある今の日本を味わいたいからだ。

そのようなことを言うと「どこに生気があるのか」と反論を受けそうだ。
しかし、AI(人工知能)化は否応なく進み、人が人らしく生きられる時代は後10年ほどで終わり始める。


4年後の2020年のオリンピクにはAI(人工知能)制御の車の自動運転が認可される。
それには厳しい条件が課せられるが、多くの運転手が失業するはずだ。

肉体の力なら、自然界には人より優れたものが数多くいる。例えばチーターは時速100㎞ほどで走る。カバでも時速40㎞で走る。しかし、世界最速の100m走者ボルトですら時速36㎞を少し超えるのがやっとだ。だから、ひ弱な人類が野生に近づいて行くことに感動があった。

しかし、囲碁がAIに負けたことは歴史的な転換点だ。
単純な計算力や記憶力ではコンピューターは人より圧倒的に優れているが、それは自動車や飛行機と同じ道具としての機能で、敗北感が生まれることはなかった。

しかし、囲碁対戦は人が決して侵されないと信じていた知の分野での敗退だ。
知の世界に君臨していた人類を初歩的なAIが打ち負かしたのをきっかけに、AIは際限なく進化して行くはずだ。


先日、ノーベル賞クラスの物理実験を人工知能が1時間で再現したニュースがあった。
それはオーストラリアの研究チームが開発したAIが、2001年ノーベル物理学賞のボース=アインシュタイン凝縮実験を1時間足らずで再現した。
それを説明するのは難しいが、従来型のコンピュータなら何億年計算を続けても答えは出ないと言うほどの難問だ。それを、AIは人が思いつかない方法を直感で思いついたと言うのだから衝撃的だ。

今、密かに開発が進められているAIの分野にデイトレーダーがある。
AIなら感情も疲労もなく、24時間休むことなく冷静果敢に予測し売り買いして、莫大な利益を上げることができる。そうなれば、天才的なトレーダーでも失職することになる。そのAIを手にするのは企業なのか、国家なのかわからないが、天文学的な富を独占できることは確実だ。

今、沸騰しているプログラマー需要も、10年後にはAIが全面的に参入し、プログラマーは大量失職する。コンピューターを構成するの重要要素のプログラムがAIと相性がいいのは当然のことだ。今、高給を得ているプログラマーたちは、稼げる内に他の技術を身につけて転職を考えたが良いと思う。

未来予測では、現在の職業の半分は10年以内にAIに入れ替わって失われる。その中に、絵描き、音楽家、小説家の一部も含まれる。その頃はAIを使って誰もが、テクニックを修練することなく感性だけで、高度な自分の作品を自由に生み出すことができる。それはデジカメの発達が、映像の大衆化を招いた事象と似ている。

今後10年は人とAIが競い合う。そして30年後のシンギュラリティ(技術的特異点)を迎えると、全ての知的分野で人はAIに敗退する。しかし、AIを万能の打ち出の小槌として使いこなせば、人は究極の幸せを享受できるはずだ。


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ベンケイソウ科のタイトゴメ(大唐米)の外来多肉種ヨーロッパタイトゴメだと思う。
在来種のタイトゴメ(大唐米)の葉はその名と通り米のような形だ。
昔はあまりなかったが最近乾いた石垣などで普通に見かける。
清潔感のある好きな多肉種だ。


もう一つ気になったのは、米ハーバード大学が世界各国でSTAP細胞関連の特許出願したとのニュース。
特許請求の範囲は、細胞にストレスを与えて多能性が生じる方法全てへの請求だ。

特許取得前に共同で行った実験を他に漏らすと訴えられる。
STAP細胞騒ぎが起きた時、小保方氏はハーバード大での共同実験ノートやデータを、理研や早稲田大学の博士論文不正調査に提出できなかった理由はそこにあった。

もし、ハーバードの研究チームが新たな理論を構築したとしたら、小保方氏のアイデアは生き返り再評価される。そうなれば、STAP(刺激惹起性多能性獲得細胞)の概念を寄ってたかって葬り去った日本のマスコミと科学界は大失態を犯したことになる。

科学史は間違いと誤解の連続である。
コペルニクスは地動説で、ダーウィンは進化論で猛烈なバッシングを受けたが後年評価された。近年ではヒッグス粒子が有名だ。当初はヒッグス粒子のことを物理界で話すと詐欺師扱いをされた。しかし、2013年にヒッグスはノーベル物理学賞を受けた。


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ジューンベリーが熟し始めた。
十分に甘く美味しい。

私事だが、このブログが200万アクセスを超えた。
ふと、何万アクセス目に自分は死ぬのだろうかと思った。

日曜日、NHKスペシャル・人生の終(しま)い方、を見ながら、自分の終い方を考えた。
その時、私は遺書を書かないはずだ。
体力に余裕があるなら、いつものように散歩に出かけ、いつものベンチでお茶を飲むだろう。やりかけの仕事があったとしても、それらを優先して放っておくはずだ。
ただし、このブログだけは書き続けるつもりでいる。


昨夜、玄関前に出て、上尾の方向に手を合わせて冥福を祈った。


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Goof

Mas

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