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2016年6月19日 (日)

梅雨の16日、男三人で北鎌倉へ紫陽花を見に出かけた。16年6月19日

急に休暇が取れたとYさんから連絡が入ったので、16日、版画家の菊池君を誘い三人で北鎌倉へ紫陽花を見に行った。天気予報は雨。雨の紫陽花は風情がある。

待ち合わせの2時より40分早く到着した。
下車するとすぐに北鎌倉駅近くの円覚寺へ行った。
一向に雨は降る気配がない。それどころか薄日が差してきた。

Yさんにショートメールを入れると「早く到着したのでコーヒーを飲んでいます。すぐにそちらへ向かいます」と返信があった。
境内でくつろいでいると菊池君からも到着したと電話が入った。
こんな時、携帯やスマホは本当に便利だ。

北鎌倉で下車した観光客のほとんどは紫陽花で有名な明月院へ向かう。
おかげで、円覚寺境内は静かだった。
北条時宗の廟所・仏日庵中庭の茶席で三人で抹茶を飲んだ。
時折さす薄日を避けて魯迅寄贈の泰山木下の席を選んだ。

それから廟所にお参りした。
廟所傍に庵があり入室できる。
庵に上がる時、靴を揃えていると菊池君が話した。
「タイやベトナムでは日本とは逆に、つま先を住まいへ向けてそろえる。外へ向けるのは早く帰りたい意思表示で、主人に失礼なる」
なるほど、国が変われば礼儀も変わるものだ。
感心していると、二人連れの若い女性が「勉強になります」と笑顔で話しかけた。

それをきっかけに彼女たちと言葉を交わすようになった。
二人は頭髪を後ろできちんとまとめ、歯並びがよく健康的な感じだ。物怖じせずに話す雰囲気は、もしかすると仕事は医療関係かもしれない。
彼女たちに鎌倉ではどこが良いかと聞かれたので、この円覚寺が一番だと答えた。


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境内の至る所に紫陽花が咲いていた。
ほとんどは日本在来種のガクアジサイで、楚々として心に染み入る。
日本の寺院には西洋種の華麗な紫陽花は似合わない。
湧水が流れる石垣は苔に覆われみずみずしい。
二人連れとは境内で何度もすれ違い、その都度、短い言葉を交わすのが楽しかった。

Yさんは円覚寺は初めてで、洗練された和の雰囲気に感激していた。
菊池君は、若いころに亡くなった母親と来たことがあると話した。
彼の希望で高台にある国宝の鐘楼へ登った。
「こんなに長い階段を母親がよく登れたな」
菊池君は感慨深くつぶやいた。
そのころの彼は20代で母親は50代。今の私たちよりずっと若く、二人とも元気だったはずだ。


鐘楼脇の休憩所で飲み物を注文した。
置いてあった冷水が美味い。
店の人に聞くと、山の湧水を使っているとのことだった。
持参した魔法瓶を洗って湧水で満たし持ち帰ることにした。
くつろいでいる私たちのすぐ脇までリスがやってきたりして楽しい。

菊池君は外国暮らしが長く、語学に長けている。
外人の女の子に声をかけたり、観音様の石仏を眺めたりしている内に4時になってしまった。

円覚寺を出て、人の流れに従い明月院へ向かった。
人波の中で引っ返してくる二人連れに再会したので、記念に代わる代わる写真を撮った。
70代に入ってから、老いは年々加速している。
それらのスナップ写真を数年後に眺めた時
「あの頃は元気だった」と懐かしく想い返すかもしれない。


期待していた明月院の紫陽花はどれも西洋紫陽花ばかりで風情がなかった。
その上大変な人出にうんざりした。

人波の中で、浴衣姿の二人連れが爽やかに目に入った。
和の鎌倉には浴衣姿がよく似合う。
三人で彼女たちに見とれていた。

「自前かな、借り物かな」
話していると、会話が彼女たちに聞こえたようだ。
気にしている様子なので菊池君と聞いた。
二人は笑顔で、東京から浴衣で来たと答えた。
浴衣姿が素敵だと褒めるととても喜んでいた。

そのように気楽に女性に声をかけられるのは、年を取り下心がほとんどなくなったからだ。若いころは下心ではちきれそうで気楽に話しかけられなかった。


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円覚寺のガクアジサイと観音様の石象。菊池君がスマホで撮影。


帰りは横浜で食事をすることにした。
中華街へ行く予定だったが、雨が降りそうなのでみなとみらい地区のランドマークタワーへ変更した。
天気が悪い日の展望台チケットは飲み物付きで700円と割引料金だった。風景はしっかり見えたので、得した気がした。

273メートルからの横浜港の眺望は素晴らしい。
人影がまばらな展望台でビールを飲みながら軽い食事をした。

暗くなって下へ降りると本降りの雨だった。
ランドマークの高級店舗はどこも閑散としていて採算は取れないだろう。

横浜駅で菊池君と別れた。
Yさんとは赤羽まで一緒だった。
みんな満足して、本当に楽しい小旅行だった。


昨夜は「とっとテレビ」の最終回だった。
「徹子の部屋」のゲストで老いた森繁が「三木のり平も、渥美清も向田邦子もみんな死んでしまった」とつぶやくシーンが心に残った。
去年から今年にかけて、私も次々と知人に死なれたので、彼の辛い気持ちは痛いほどよく分かる。

「親しかった人たちがみんな死を受け入れたと思うと、自分も死ぬのが少しも怖くなくなった」
森繁の後、黒柳徹子がしみじみと話していた。

私の父と姉はとても意気地なしだったが、意外なほどに静かに死を受け入れた。二人にできたことなら私にもできるはずだ。私も黒柳徹子と同じように死は怖くなくなった。


エレベーターホールのツバメの巣作りは順調に進んでいる。
夫婦仲がよく、片方が泥を積み上げている間、片方が手すりで泥をくわえて待っている姿が可愛い。カラスに見つからず、無事に子育てを終えることを心から願っている。

東京北医療センター庭の芝生にネジバナが咲いていた。この花が咲くと母の命日は近い。


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