十条の富士塚・お富士さんの前夜祭へ行った。16年6月30日
明日は富士山の山開きで、母の命日。
隣町の十条には富士山のミニチュア・富士塚があり、今日30日は前夜祭で大変に賑わう。先日、記入したように十条の彫金名人に弟子入りしたので、富士塚のお参りは50数年、一度も欠かしたことはない。
午後1時過ぎ、住まいを出て赤羽駅へ歩きながら、来週早々、床屋さんが鼠径ヘルニアの手術で入院することを思い出した。明日から暑くなる。その前にすっきりしたいので床屋さんに寄った。先客がいたが大方終わるところで、すぐに始めてもらえた。
調髪してもらっていると、有線放送のスピーカーから倍賞千恵子の「さくら貝のうた」が流れてきた。不意打ちに好きな曲が流れるのはとても心地よい。昭和24年・八洲秀章作曲だが、後年の倍賞千恵子のカバーが一番いい。床屋さんも若い頃からの倍賞千恵子の大フアンで話が盛り上がった。
「倍賞千恵子は芸がと華があって、他の歌手よりずっといい。これが流行った頃は若かった。昭和のあの頃は日本は元気で、日本文化のいいものがいっぱい残っていた」
彼は私より三つ上で、時代を共有している。
だから、昭和30年代の話になると、とても気が合う。
3時前に調髪は終わった。
赤羽駅から京浜東北線で隣の東十条駅で下車した。
広大な東北線を跨ぐ陸橋上の東十条駅の駅舎は上京した当時とまったく変わらない。
陸橋を渡り富士塚への上り坂左手には桜の古木と小さな祠があり、その傍の藤棚の下には縁台がある。風の抜けが良く、蒸し暑くなると近隣の年寄りたちが集まり、縁台将棋などを楽しんでいる。
環七に抜ける富士塚のある通りは拡幅工事中だった。
来年になると、道路奥への富士塚・移転工事が始まる。
いつも大混雑の富士塚への登山道は、時間が早かったので並ばずにお参りできた。高さは15メートルほど。富士山から運ばれた溶岩で斜面は覆われ、合目を記した石碑が段々に並ぶ。
富士塚詣では十条では親しみを込めて「お富士さん」と呼ぶ。
お富士さんの縁日の夜店は長大で昔から大変な賑わいだった。
数年前まで、人混みで旧知の者と必ず出会った。しかし、今日は誰とも出会わなかった。まだ健在な知人は多いが、高齢になって出歩かなくなったのだろう。
上の絵は30年代のお富士さんの思い出を重複させて描いた。
以前は縁日で射的を必ずやった。
射的は得意で、200円5発の弾全部を的に当てて落とし、よく店主に嫌な顔をされた。
十条銀座へ抜けたが、この商店街の賑わいは昔のままだ。
駅前の建物に再開発反対の看板があった。役所は再開発して複合ビルを建て、さらなる集客を狙っているのだろう。しかし、役人の計画で成功した例はほとんどない。彼らに任せていたら、昔のままに元気が良かった商店街をシャッター通りに変えてしまう。
馴染みの酒屋で2リットルのミネラルウォーターとカップ酒を買って、雪峰院境内の墓地にある師匠夫妻の墓へお参りするのがお富士さん帰りの恒例になっている。
隅々まで熟知している裏通りを抜け、5時の閉門前に余裕をもって雪峰院に着いた。
酒好きだった師匠の墓石にカップ酒をかけ、ミネラルウォーターで洗った。
師匠が亡くなったのは昭和51年。56歳の若さだった。
いつもワガママを言って困らせていた奥さんは母より3年早く83歳で亡くなった。
十条に行くといつも昭和の時代を思い出す。
殊に今日は、床屋さんで聴いた「さくら貝のうた」が耳に残っていて、いつになくセンチメンタルになってしまった。
帰りは埼京線の十条駅から赤羽へ戻った。
時間に余裕があったら赤羽駅前の皮膚科へ寄るつもりだった。
最近、もみあげにあるシミがむず痒く、髭剃りする時いつも気になっていたので凍結除去してもらうつもりだった。
皮膚科はいつも大混雑だが、3時からの午後の診療は空いている。
それでも1時間待ちだ。
待ち人数33人の整理券をもらって近所の喫茶店へ入った。
アイスコーヒーを飲みながら、上の縁日の賑わいの絵をき上げるとちょうど1時間が過ぎていた。
皮膚科の医師とは、開業当時からの顔なじみだ。
「いつもの凍結お願いします」
もみあげのシミを指さすと、医師はダーモスコープ=皮膚疾患専用の拡大鏡で悪性かどうか確認し、すぐに凍結処置をしてくれた。
この治療で1週間もすれば消えてなくなるだろう。
明日1日の母の命日を覚えている人は多く、供物があちこちから届いた。
明日から死別して7年目に入る。
1日は十条のお富士さんの本祭で、前夜祭同様に賑わう。
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