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2016年11月 1日 (火)

ディズニーランドのカリブの海賊で感じた死者たちからのメッセージ。16年11月1日

ディズニーランドが楽しいのは死を疑似体験できる場所だからだ。
子供たちはディスニーランドで無意識に死を学び、相対的に生の輝きを楽しむ。

私は開園当時からカリブの海賊が大好きだった。
なぜ好きなのか深くは考えなかったが、ある日突然に理解した。

それはシーズンオフの2月、霙で底冷えのするディズニーランドへ一人で行った時のことだ。期待通りガラガラに空いていて、どの人気アトラクションも並ばずに乗れた。
当然ながらカリブの海賊にも行った。
やはり人は並んでいず、私は一人だけで船に乗せられた。
前後の船も無人だ。入口のバンジョーが寂しげに響く沼地を過ぎると、船は奈落に落ちるように闇に吸い込まれた。
洞窟のような通路各所の宝の山に、おどろおどろしく海賊の骸骨が朽ち果てていた。
突然視界がパッと広がると海賊船が港町を砲撃していた。砲音とともにリアルに水柱が上がった。海賊に襲われた港町では、放火略奪、拷問に強姦に殺人と、ありとあらゆる悪が繰り広げられていた。いつもなら、海賊たちの楽しいげな歌声に合わせて、他の乗客と一緒に浮かれるのだが、前後の船を含めそこには私一人しかいない。その孤独感の中で、ここは死を疑似体験する場所だと強烈に思い知った。そして60代後半の私は、とても遅れて子供から大人になった気がした。

とは言え、今でもカリブの海賊は大好きだ。ただし、好きの意味が昔と微妙に違う。ディズニーランドは子供にも、死は命を輝かせてくれるための大切な出来事だと教えてくれる場所だと思っている。

メッセージを伝えるのは人の死だけではない。ペットの死でも粘菌の死でも舞い落ちる枯葉でもメッセージは発信される。それは生き物でないロボットや車やなどの物の死でも同じだ。2010年6月のはやぶさ帰還時、地上へ一直線に向かう回収カプセルの小さな光跡の傍で燃え尽きた母船の姿に胸が熱くなった。それも死者からの素晴らしいメッセージの一つだ。

現代社会で死生観が曖昧になったのは、あたかも死が自分には関係ないように社会が遠ざけてしまったからだ。絵描きは眩しい光を描くとき、影で表現する。影を描かないと、どんなに明るい絵の具を厚塗りしても画面は光り輝かない。同様に日常生活で死を曖昧にしていては生は光を失ってしまう。ディズニーランドは光と闇で構成され、闇である死によって生が光り輝く場所だ。


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一昨日日曜。対岸河口方面の河岸での催し物。


NHK「プロフェッショナル仕事の流儀・世界が驚いたロボット開発者スペシャル」を見ながら進化する仕事の現場について考えていた。それはアマゾンがしかけた商品の「棚への積み下ろし」のためのロボットの国際大会だ。アマゾンは大量の人手に頼っているその部門を完全自動化したいと考えて、その大会を催した。

結果は日本チームは上位に食い込めなかったが、実用化の評価はトップだった。外国チームは、点数を稼ぐのは巧かったが、荒っぽくて実用化には程遠かった。対して日本チームは肝心のところで商品を落としたりして大減点された。しかし専門家たちには、ロボットアームの商品の扱いが丁寧で繊細で美しいと高評価を得た。

それはそれとして、このロボットが実用化すれば、商品仕分けのプロたちは失業することになる。
昔、商品管理がパソコンでできるようになった時にも同じことが起きた。台東区などの道具やパーツの問屋には数万種の商品を頭に入れている大ベテランがいた。彼らに道具や部品名を言うとたちどころに探し出してくれた。しかし、商品管理がパソコン化されてからは、彼らは普通の店員に配置換えさせられた。


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寒くなってやってきたセグロセキレイと荒川土手下を歩く人。


以前、英オックスフォード大学のオズボーン准教授はこれから10年以内に、AIの進化で仕事の半分が失われると発表した。それについて、最近、オズボーン准教授は仕事が失われても新たな仕事が創出されるので、仕事は減らないと補足した。

しかし、創出された仕事が魅力的だとは限らない。
これまでも生産現場の自動化で、多くの技術者が営業へ配置転換された。中には技能オリンピックで金メタルを取った国宝的な技術者が全く関係ない事務職に無理やり配置転換されたケースもあった。
配置転換で見かけ上の失業率は変わらないが、不得意な営業に回された技術職の多くは退職し、一部は韓国、中国へ転職して結果的に日本は苦境に立たされた。


私は昔、彫金職人をしていた。
大変に恵まれた職業で、同じ技術で宝飾品作りをすれば、月10日労働で同年代サラリーマンの3倍は稼げた。その頃、取引先の社長に香港製の宝飾品を見せられた。仕事は荒く下手だったが、ファックス発注で2日後に航空便で完成品が届き、工賃は日本の2割以下だと社長は話していた。

その後にバブルが始まり、香港製の粗雑な宝飾品は土地成金たちに飛ぶように売れた。その頃は業界全体が大沸騰していて宝飾品業界は全く影響を受けなかった。しかし、私は先を読み、景気が良いうちに彫金を辞め、イラスト、デザイン、絵描きへと転職した。

間もなくバブルは弾けて宝飾品業界は凋落し職人の多くが失業した。彼らは慣れない低賃金のタクシー運転手、ビル清掃、倉庫番などに転職した。見かけ上の失業率は変わらなかったが実態は惨めだった。

オズボーンの補正報告もそれと同じだ。
彼はAI化が進んでもサービス業などの需要が増えるから影響はないと言っているが、事務系サラリーマンたちがウエイターに簡単に転職できるとは思えない。腹の出た熟年サラリーマンがウエイターをやっている姿はもの哀しい。


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新河岸川河岸の旧居。
見上げると、まだ母が生きているように錯覚する。


豊洲だけでなく、オリンピック施設問題も停滞気味だ。
ワイドショーに選手が出て、立派な競技場を作って欲しいと言っているのは不自然だ。アスリートたちが実際に競技するグランドやプールに完璧さを求めるのは理解できる。しかし、彼らが箱物を立派にして欲しいと望んでいるのは極めて不自然だ。観客席が安い仮設であっても競技には関係ないはずだ。

今回の小池都知事の指摘で、建設費が100億単位で減っている。もし、減額できた100億を選手強化費に使えば、10年間に渡って、1000人の選手が100万づつ分配を受けられる。日本のアマチュア選手は外国と比べ、とても厳しい生活の中で努力している。それなのに、選手たちが箱物に金をかけることがアスリートファーストだと主張することに偽りを感じる。背後の利権屋たちが彼らに無理に言わせているのだろう。


土曜は在宅看取りについての集まりに出席したあと、渋谷にハロウィーンを見に行った。ピコ太郎の仮装を見たかったが、時間帯のせいか一人もいなかった。驚いたのは、スクランブル交差点の周囲でスマホを構えている外国人観光客の多さだ。

仮装した女の子たちは声をかけられるのを待っているので、片っ端から声をかけて仲良くなった。このフレンドリーな雰囲気で声をかけられない子は可哀想なくらだ。目立った仮装では、水兵服にタイトな黒革のミニスカートの長身の美少年。多分、ヴィスコンティの耽美的な映画「ベニスに死す」を意識しているのかもしれない。人混みを自転車で行く模造ライフルを背にしたSWAT仮装の外国人は、米国だったら射殺されるかもしれない。

8時前に帰路に着いた。本当に渋谷が面白くなったのはそれ以降だったと、帰宅後のニュースで知った。


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Goof

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