今を評価しているなら、どのような過去も否定してはならない。運命は過去の小さな違いで大きく変わる。17年7月18日
午後3時、激しい雷雨が過ぎて行った。
池袋では猛烈な風とともに5センチほどの雹が降って屋根に穴をあけた。
その激しさは走行中の高級外車の数十カ所を凹ませるほどだ。
赤羽では地面が少し濡れ気温が下がったので散歩へ出かけた。
聖路加国際病院名誉院長・日野原重明氏が亡くなった。
氏は胃瘻などの延命措置は全て拒否して自然死を選んだ。
「辛いところはないですか」
終末期に担当医が聞くと「辛いところはない」と首を振られるだけだった。
母にも同じことを聞いたことがある。
母は「良い気持ち」と笑顔で首を振っていた。
高齢者が自然死を選べば、脳内麻薬の多幸感の中で逝くことができる。
7,8年前のことだ。
私が担当している日本生命倫理学会の表紙について「画料を上げなさい」と氏が担当者に進言された。お会いしたことはないが、進言通りに画料は増額されて、以来、親しみを覚えた。テレビで拝見する氏は大変お元気で、いつまでも亡くならないのではと錯覚したほどだ。
今日、訃報を耳にして、人は誰でも死ぬものだと痛感した。
心から合掌。
赤羽自然観察公園の田圃。
夜中に背中が苦しくて目覚めた。
タオルケットが暑かったからかもしれない。
冷たい水で汗を流し、汗ばんだシャツを着替え、再度床に就くと胸苦しさはすぐに治った。
体の不調は日常的に起きている。
食道あたりの不快感、体の節々の痛み、常にどこかが傷んでいる。
しかし、気にはしていない。
それは母の介護をして、老いとは痛くて苦しいことだと学んだからだ。
生活保障がない身なので、生涯現役に努めている。だから、同年齢の知人たちより元気に行動する他、生きるすべはない。残り少ない人生に最後の一矢を報いたいと思っている。
若い頃の自分を思い出すと恥ずかしくなる。
しかし、残り時間は少ない。
後悔すれば貴重な時間が無駄になる。
老いたら後悔したりせずに、好きに過ごすのが良い。
若い頃にもっと勉強していたら、と反省することがあるが、無為に過ごして来たわけではない。
勉強する代わりに、人の数十倍は絵を描き、人の数倍は散歩して来た。
もし、猛勉強していたら、安定した老後を迎えられたが、今の自分はない。
貧乏でも今の生き方が最善だと信じている。
いくら才能があっても絵描きにはなれない。
才能以上に運が必要だ。
もし、自分に運がないと思ったら、今までと違うことをしてみることだ。例えば、家を出る時に右足から出るか左足から出るかだけで、その後の人生は変わる。過去に違うことをしていたら、運命は変化して、今の自分はない。もし、今の自分が好きなら「あの時こうすればよかった」と反省するのは無意味だ。
池袋のサンシャイン通りで見かけた男女。
女性は10代。男性は20代前半だろう。
カップルというより、仲の良い友達関係に見える。
好き嫌いは別にして、どんな格好をしようと自由だ。
原宿ファッションが大好きで日本に住み着いている外人の女の子が「日本は服装が自由だから好きだ」と話していた。彼女の言葉は、このような男の子のことを言うのだろう。
彼は年取ってから、この頃を思い出してどう思うのだろうか。
「平気だ」と開き直るほどでもないし、後悔するほどでもない。
淡々とその歳を生きれば良い。
毎日、電車で出かけている。
土曜は浅草へ出かけた。
以前よりさらに外人が増え、伴って人力車も増えていた。
車夫は若者ばかりで、女性も混ざっていた。
彼らは日に焼け鍛えられた肉体を誇らしげに陽光にさらしていた。
若者たちがその職を選んだのは、江戸の粋を踏襲したファション性にあるのかもしれない。楽ではない仕事を選ぶ若者の多さは、日本のとるべき方向を示しているように思えた。
自由な時間に誰にも支配束縛されない人間関係。
若者たちを惹きつけるのはそのような仕事だ。
時間を犠牲して得られた豊かさでは幸福は得られず、後で後悔する。
幸せにとって、金銭的な豊かさより心の豊かさは大切だ。
AIはこれまでの職種を半減させる。代わりに新しいプログラマーなどの仕事が生まれるが、優秀なものが少数いれば済む職種で、失った員数を埋めるほどの容量はない。重要なのはそれが人として魅力がある仕事かどうかだ。その点、昔ながらの手仕事や力仕事は人間的で魅力がある。
帰りはアメ横に寄ってアーモンドとドライフルーツを買った。
帰りは高崎線を使った。
赤羽までは尾久に停車するだけで早く到着する。
さすがに乗客のほとんどは日本人ばかりで、なんとなくホッとした。
別段、排他的なわけではない。
この安堵感は懐かしさのせいだ。
隣町の十条に安堵感を覚えるのも、同じ理由だ。
5時半に日陰に入る公園のベンチで毎日お茶を飲む。
緑陰の涼風が心地良いが、最近、蚊が増えて閉口している。
今日も数十匹に群がられて、耐えきれずに逃げ出した。
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